6、到着音
営業から戻った私は、いつもと変わらない夕方のオフィスビルへ足を踏み入れた。
いつもと違うのは降りる階だけだ。
今日から部署異動となり、私の勤務先は二十七階の最上階になった。
エレベーターに乗り込む。
平日の午後六時だというのに、中は思ったより混んでいた。
このビルのエレベーターは低層階用と高層階用に分かれている。 私が乗った高層階用エレベーターは十七階までノンストップだった。
十七階、到着音とともに扉が開く。
若い女性が四人降りた。
十九階ではスーツ姿の男性が三人。
二十一階はスーツ姿の男性が一人。
気付けば、エレベーターに残っているのは私と、帽子を深くかぶった男だけだった。
男は異様なほど汗をかいている。
冷房の効いた社内なのに、額から首筋へ汗が流れ落ちて不愉快だった。
二十二階。
誰も乗ってこない。
二十三階。
誰も乗ってこない。
扉が開いては閉まり、開いては閉まりを繰り返す。
誰も乗ってこないのにとまるのはおかしいと思い、私は何となく行き先表示を見た。
点灯しているのは二十七階だけだった。
私が押したボタンだ。
いや。
二十七階のボタンは最初から点灯していた気がする。
後ろの男が押したのだろうか。
そう思って振り返ろうとした、その瞬間。
男は私の真後ろにいた。
背筋が凍った。
首筋に息がかかるほど近い。
帽子の影で顔は見えない。
男は何かをぶつぶつと呟いていた。
聞き取れない。
けれど言葉ではない何かのようにも聞こえる。
私は思わず訴えた。
「離れて!」
声が震える。
男は反応しなかった。
数秒後、ゆっくりと顔を上げる。
そして――。
目があった。
眼球が飛び出しそうなほど見開いた大きな目。
男は何も言わず、エレベーターの隅へ移動した。
私はそれ以上後ろを見なかった。
早く着いてくれ。
震える手を押さえつけそれだけを考えていた。
やがて到着音が鳴る。
二十七階。
扉が開いた。早く降りれば良いものを、私は癖で「開」ボタンを押してしまった。
後ろの人が降りるまで待つために。
だが、降りない。
数秒。
十秒。
男は動かない。
不審に思い、私は振り返った。
男はエレベーターの隅に立ったまま、じっとこちらを見ていた。
その口元がゆっくり歪む。
「二十八階行こう」
かすれた声を聞き、私は凍り付く。
このビルは二十七階までしかない。
男が一歩近づいた。
「二十八階行こう」
その瞬間、閉まりかけた扉が視界の端に映った。
私は反射的にドアをこじ開け、無我夢中で、廊下へ転がり出た。
直後。
エレベーターが締まり、数秒して上階に着いたと思わせる到着音が鳴った。
終わり




