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会社帰りに読む怪談  作者: 怒れる布団


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1夜、赤丸ちゃん 深夜のオフィスロボット

 深夜、時計の針が午前二時を回った頃。昼間は十人ほどの社員が働くオフィススペースだが、この時間は当然ながら二人の姿しか残っていなかった。


 LEDの青白い光が煌々とフロアを照らし、書類をめくる音とキーボードの打鍵音が薄く響いている。


 部長の岡部と、年若い新入社員の山田。


  どちらも疲れた顔をしていたが、まだ帰れそうにない。今日は徹夜かと山田が自嘲気味に笑う。


 その時、部屋の入口から、コロコロと小さな車輪の転がる音がした。振り向くとそこにいたのは、


『癒し系ロボット、赤丸ちゃん』


だった。赤い服を着て丸い体をゆらり、ゆらりと揺らしながら、山田達の方へ進んで来る。


 そのロボットは社員の仕事を助けるのではなく、愛着を育むためのものだった。そのため、可愛らしさを強調する起き上がりこぼしのようなフォルムと大きな丸い瞳。抱き上げれば幼児のような重さで、日中は社員のストレスを癒すために愛嬌を振りまく可愛い存在。


 だが、夜間は充電器に繋がれているはずだった。


「お仕事お疲れさま」


 赤丸から妙に愛らしく、甘えるような声が流れた。

 山田は耳を疑う。

 このロボットには、音声機能は搭載されていなかったはずだが?


 赤丸がスイスイと着席している山田の足元へ近づいてくる。いつもは気にならない機械音が妙に耳障りだった。


「あのね。あのね。今日はね、カイコさんのお願いを言いに来たんだよ」


 山田の足元から、ウルウルとした瞳で語りかけてきた。

 しかし、先ほど可愛らしく聞こえたその声は、甲高く耳障りな高音へ変化しているように思えた。


「……カイコさん?」


 呟きながら山田は右前にいる部長を見やる。

 だが部長は、驚いた事に柔和な微笑を浮かべていた。

 その顔色は、緑色に見える。

 山田の背筋に氷のような冷たさが走った。


「カイコさんはね、いつも怒ってるよ。だって、カイコさんがいるのに、みんなが勝手に扉を開けて荷物を入れるから、奥にくっつくしかないんだって」


 赤丸のイルカのヒレのような手が、山田の後ろの白いキャビネットの下段を指さした。

 そこには、よく使われる平凡な正方形の収納扉が並んでいる。


「……部長」


 助けを求めるように呟く。

 部長は変わらない笑みを浮かべたまま答えた。


「山田、気にするな」


 妙に抑揚のない声。


「幻聴だ」


「……え?」


「たまにある」


 山田は言葉を失った。

 何が、幻聴なのか。

 部長の顔を染めていた緑色は、ワイシャツの襟元にまで滲み出しているように見えた。


 山田は立ち上がることもできず、呆然と部長を見つめた。

 赤丸は続ける。


「カイコさんはね、もう、勝手に開けないでって言ってるよ」


 先ほどまでユラユラと揺れていた大きな瞳は今はもう真っ暗になっていて、更に甲高い声で山田に語り続けた。


 フロアには、心臓の鼓動とPCの機械音だけが残る。

 やがて。


「……あ、出てきた」


 ロボットがぽつりと呟いた。


 その声は耳を塞ぎたくなるほどの高音にまで変化して……


 次の瞬間。

 キャビネットの下段から、


 ギィ……


 と、ゆっくり扉が開く音が響いた。

 部長は大きく目を見開くが

 口元の微笑みだけは凍りついたように消えなかった。


 山田は振り向くことができなかった。


 終わり

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