第230話 王都ダンジョン潜行⑥
男と女の素性は案外簡単に判明した。
男の方は半年ほど前に王国軍を除隊したあと所在が分からなくなっていた元魔術工兵で、名前はルーカス・ルジェフ。
魔剣持ちの組織では、『ルドラ』と呼ばれていたそうだ。
ルドラはとある古代文明で信じられていた、暴風雨を司る神の名だそうだ。
もっともコイツは組織の中では珍しく、魔剣を所持せずに組織の為に陣地構築や罠の設置などを担当していたようだ。
王都周辺のダンジョンに築いた拠点や罠はだいたいコイツの仕事らしい。
どうやら防御系の結界魔術を装備品に仕込んでいたらしく怪我そのものは大したことがなかったので、目を覚ましたあとは必要最低限の治療を受け、衛兵隊に引き渡された。
そこで奴はあっさり計画を白状したらしい。
奴の自供により判明した情報を元に別のダンジョンを捜索したところ、最奥部に構築された拠点が発見され、そこから王都の主要施設へのテロ計画のために準備していた攻撃系魔術の魔法陣や罠に使用する備品類などが見つかった。
これにより魔剣持ちどものテロは未遂に終わったそうだが……残念ながら、組織の幹部とされる連中は取り逃がしてしまったらしい。
一方、セイレーン族の少女は『ガルーダ』と呼ばれていた戦闘要員だ。
見た目は魔族の美少女なのだが、元々は隣のトレスデン共和国で悪名高い盗賊団に所属し、賞金首を掛けられていたそうだ。
どこで覚えたのか凄まじい剣の技量を持ち、嵐のような両手剣による攻撃はさながら『剣舞』のようだったという。
さらに彼女が所持していた魔剣の性質は斬りつけた相手の『魂』を身体から剥離するというもので、要するに刃が掠ったら最後、たった一撃で致命傷を与えるという強力なものだった。
ちなみに彼女の名前は不明。
盗賊団に拾われた時には単に種族名である『セイレーン』と呼ばれており、賞金首を掛けられたときには『怪鳥』とか『剣姫』という二つ名で呼ばれていたらしいが。
余談だが、彼女は尋問するでもなく自分からペラペラしゃべったそうだ。
魔剣持ちの組織がどれだけ強大か、どれだけ崇高な目的で動いているか、どんな任務を帯びているのか、それから自分の持つ魔剣の価値だとか自分がどれだけ組織に忠誠を尽くしているかなどなど……
そんなことを、自分を誇示するようにずっと喋り続けていたらしい。
もちろん裏を取る必要があるだろうが、おかげで組織の内情や現在動いている作戦の概要などが出て来るわ出て来るわで、衛兵たちが大慌てで調書を作成したそうだ。
……セイレーン族のことを悪くいうつもりはないが、コイツはアホとしか言いようがない。
それはさておき、二人は王都周辺のダンジョンを巡って、その『核』を盗むことが任務だったらしい。
実際、『ルドラ』の所持していた魔導鞄からはダンジョンコアがいくつか出てきたようだ。
その中には、俺たちが担当した『王都近郊第二寺院遺跡』、ダージ氏らが担当した『第四地下街区遺跡』のコアもあった。
ダンジョンコアの実態はほとんど解明されていないが、少なくともダンジョン内部の環境を制御しているのは間違いない。
一説によれば古き神々の一部だったとか、精霊が変異したものだと言われているが、とにかく、連中は封印瓶や魔剣などをつかってダンジョンからコアを切り離し回収して回っていた。
ダンジョンコアを盗まれたダンジョンは、徐々にその力を失ってしまう。
正確には失いつつも、かろうじてダンジョンとしての最低限の機能は維持されるのだが……狩った魔物が再生しない、狩っても素材を落とさない、アンデッドばかり……特にレイスが大量発生するなど、どんどんと環境が悪化していく。
極めつけは、ダンジョンの最奥部に妙な魔物が出現するようになったことだ。
そいつは影のような形をしていて、普通の武器では傷をつけることすらできない。
しかしその影からの攻撃は俺たちに届く。
まるでレイスのような魔物だが、レイスよりも存在が希薄で神聖魔術も効かないやっかいなヤツだったらしい。
カミラの見立てでは、その影の魔物はダンジョンコアが無理矢理『還流する龍脈』から切り離されたせいで現世に滲み出た『幻影』ではないか……とのことだが、精霊魔術に疎い俺にはその理屈がよく分からなかった。
いずれにせよ、その『幻影』が出現したダンジョンがすべて封鎖されてしまったので確かめようがない。
レインやセパならどうか試してみたかったが……こればかりは冒険者ギルドが決定したことなので仕方ない。
――依頼達成の報告のあと、アレイスター氏に呼び出されて受けた説明をざっくり整理すると、まあこんな感じだ。
「……『ルドラ』も『ガルーダ』も、もし正面から連中と戦っていたら君たちとて危うかったかもしれないな」
冒険者ギルド3階の執務室から窓の外を眺め、アレイスター氏がそう呟く。
それから執務室のソファに腰掛ける俺とカミラを見て表情を変えると、満足そうに頷いた。
「だが、お手柄だよ。彼らは幹部格ではないが、いずれも衛兵隊の賞金首だったからね。君たちとダージ氏、そしてマーレ氏には依頼報酬とは別に、数日以内に賞金が支払われるだろう」
「そいつはありがたいな。だが……それを伝えるためだけに、ここに呼び出したわけではないよな?」
「もちろんだ」
アレイスター氏は執務机から書類を取ると、俺たちの対面のソファに座った。
「衛兵隊が『ルドラ』に対する尋問を実施した結果、敵の本部が判明した。今はまだ明かせないが、とある貴族の別邸だ。まあ、我々も怪しいと踏んでいた者だがな。現在、冒険者ギルド、衛兵隊、そして貴族有志で制圧部隊を編成している最中だ」
「なるほど、ようやく証拠が固まったというわけだね」
カミラの言葉に、アレイスター氏が『うむ』と大きく頷く。
「君たちには、有志連合が編成する選抜部隊に参加してほしい。これはギルドからではなく、有志連合……の、さる貴族による指名だ。強制はできないが、ぜひいい返事を期待している」
さる貴族、とアレイスター氏は明言を避けたが、十中八九アリスだろう。
いずれにせよ、別邸に戻ればすぐに判明することだ。
もっとも仮に彼女でなかったとしても、否、と言うつもりはない。
結局この問題が解決しなければ、おおっぴらにケット・シーの秘宝を探しにダンジョンに潜ることなどできないからな。
というか、奴の示すダンジョンのコアを盗まれ封鎖されてしまったら目も当てられない。
「わかった。依頼は受けよう」
「恩に着る」
アレイスター氏が言って、ローテーブルの向こう側で深く頭を下げた。
「これまで、その貴族はなかなか尻尾を掴ませなかった。しかし、今回の作戦で得た成果で我々もようやく踏ん切りがついたというわけだ」
「それにしても、ずいぶんとあっさり自白したもんだな」
「なに、奴の古巣は『プロ集団』だからな。衛兵隊が連中に引き渡すと脅したらあっさり口を割ったそうだ」
アレイスター氏がそう言って、ニヤリと笑う。
「そういえば、『ルドラ』は王国軍の魔術工兵だったな」
魔術工兵は陣地構築や築城などが主任務だが、いわゆる『特殊任務』を命じられることが多いと聞いたことがある。
敵地へ潜入しての偵察や破壊工作、場合によっては要人の拉致、尋問、拷問、それに暗殺などに関する心得もあるというわけだ。
そんな元同僚の手管を知っていれば、さっさと自白したくというものだろう。
「話はそれだけだ。作戦実行の期日は私から追って知らせる。今日はご苦労だった」
――別邸に戻ると、案の定アリスが待っていた。




