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第207話 魔族との晩餐 上

 クロディス家の上屋敷は、旧市街の奥まった場所にひっそりと(たたず)んでいた。



 この地区は王国貴族たちの上屋敷が立ち並ぶ超高級住宅街だ。


 王城や各行政機関にほど近く、当然ながら多くの貴族たちが住んでいる。


 それゆえか、旧市街にあっては比較的広々とした道幅と大きな建物が立ち並んでいる。


 その中にあって、クロディス家の屋敷はその他の建物に比べるとこじんまりとした佇まいだった。


 敷地の広さだけなら、オルディスの自宅より狭いかもしれない。


 そして建物は古く、落ち着いた外観をしていた。


 もっとも王都では新しい建物ものよりも古い建物の方がずっと価値がある。


 古いということはつまり、それだけその建物に歴史が刻まれているということだからだ。



 屋敷の前に着いた馬車を降りると、黒服の女性が出迎えてくれた。


 メイド姿ではなく、男性の執事が着用するような黒服である。


 男装の麗人……とでもいうのだろうか。


 艶やかな黒髪を後ろに結い上げており、顔立ちは怜悧で整っている。


 すらりとした体格も相まって一見して女性なのか男性なのか判断に困ったが、声は明らかに女性のものだった。


「ブラッド様、カミラ様、ようこそお越しくださいました。私、家令のクレアがお二方のご案内を務めさせて頂きます」


 彼女は美しい所作で一礼したあと、すぐに後を続けた。


「アリス様がお待ちです。どうぞ、中へ」


「よろしく頼む」


「ふむ、それでは行こうか」


 彼女に連れられて、屋敷の扉をくぐる。



 外観から想像したとおり、上屋敷の内部もコンパクトな造りだった。


 廊下は大人がギリギリすれ違える程度の幅で、天井も低い。


 内装も伝統的な……悪く言えば古めかしいデザインである。


 調度品の類も王国の伝統的な様式に(のっと)ったものが多い。


 総じて、重々しい雰囲気だ。


 これが歴史の重み……という奴だろうか。


 これらはアリスの趣味とは異なる気がするが、賓客をもてなすのならば下屋敷よりもこちらの方が良いだろうな、とは思った。


 俺たちのような庶民はともかく、多くの貴族は格式や伝統を重んじるからな。


「ふむ、なかなか古くて良い建物だね。伝統建築ならでは歴史の重みを感じることができる」


「お褒めに(あずか)り光栄です」


 建物の廊下を歩きながらカミラがそんなことを呟き、クレア氏は涼しげな口調で応じている。


 さすがに皮肉と受け取ったわけではないだろうが、彼女の表情からは感情を読み取ることができなかった。


 ただ、彼女の雰囲気がなんとなく和らいだ気がする。


 自分の職場が褒められたので、機嫌を良くしたのだろうか。



 とはいえ、俺としても伝統的な建築様式や調度品にはもちろん敬意を払っている。


 一級の職人が造り上げたものに、新しいも古いもないからな。


 まあ、長期滞在する前提ならば下屋敷の開放で質実剛健さが好みではあるが。


「やあ、さっきぶりだね」


 応接間に通されると、さっそくアリスが出迎えてくれた。


 部屋には彼女一人だ。


 まだ魔族の姫君は到着していないらしい。


「ごめんね、兄さま、カミラ殿。まだ先方の到着は少し後になりそうなんだ」


 アリスが苦笑しつつ謝ってくる。


「構わんさ。まだ予定時刻より前だし、そもそも相手は魔族の姫君というくらいだから、高貴な身分なんだろう? ならば俺たちより早く来られても困る」


 俺とカミラはまだ、依頼人の素性を知らされていない。


 魔族の姫君とは聞いているが、それだけだ。


 おそらくは、お忍びでやってくるからだろう。


 今回はさる魔族の高貴な方々と、アリスの紹介のもと職人と依頼人というある種対等な立場で顔を合わせ、一緒に晩餐を共にするという状況だ。


 だから、あえて待ち合わせの時間は同時刻にしたと聞いている。


 とはいえ、それはもちろん建前だ。


 さすがに俺たちが異国の姫君を待たせるわけにはいかないので、アリスも気を使って早めに下屋敷まで馬車を回してくれていた。



 もっとも、俺たちが待っていた時間はそう長くなかった。


 三人でソファに座り三十分ほど雑談していると、先ほどのクレア氏が賓客の到着を告げにやってきた。


「アリス様、アソ様とドウジ様が到着いたしました。少し早いですが、食事の準備はすでに整っております」


「意外と早かったね。それじゃクレア、彼女たちをここまでご案内してくれ。食事の前に、まずはお互い挨拶が必要だからね」




 ◇




 魔族の国家は決して単一ではない。


 現在は魔族の国家群をまとめ上げる魔王が存在するが、かつては種族ごとに国家が存在し、それぞれの王や氏族の長などが自分たちの領土を治めていた。


 人族の感覚で言えば、帝国制というほど強固ではないが、国家間でゆるい繋がりのある連合王国制、あるいは連邦国家制といった状態がしっくりくるだろうか。


 各国の規模も様々だ。


 かつて大戦を繰り広げた主たるベルザール魔王国は君主制で、我がアステリア王国に匹敵する規模と軍事力を持っていた。


 しかし大半の国家はせいぜいオルディスなどの地方都市と同程度か、そもそも領土らしい領土も持たず遊牧民的な暮らしをしている種族も多い。


 それらは王国にとって取るに足らない……とまではいかないが、国を脅かすような規模ではなかった。


 そもそも魔族は人族と獣人族よりもずっと種族間の身体的な差異が大きく、生活様式や文化が国家間で大きく異なる。


 それゆえ、同じ魔族とはいえ異種族間で統一した国家を形成するのが難しかったのだ。


 それでも先の大戦では、ベルザール魔王国の先代魔王ベルゼブブが数多の魔族国家を強引にまとめ上げ、己の野心のため王国や周辺諸国に攻め込んできたのだが……


 結果はすでに歴史に刻まれたとおりである。



「お初にお目にかかります。私は(オーガ)族の氏族長オンラの長女、アソと申します。こちらは我が夫、ドウジです」


「氏族長オンラの長女アソの夫、ドウジと申す。此度(こたび)は我が妻アソの剣、宜しくお頼み申す」



 応接間に通されたのは、二人の鬼族だ。


 一人は小柄で年若い女性、もう一人は天井に届きそうな巨躯の、二十代半ばと思しき男性。


 女性――アソ氏の身長はカミラと同じくらいだろうか。


 異国情緒たっぷりの伝統衣装を着こなし、たおやかな立ち振る舞いからは彼女が高貴な身分であることが(うかが)える。


 長く美しい黒髪に、色白の肌、金色の瞳。額には角が一本生えている。


 金色の瞳と角は典型的な鬼族の特徴だ。


 もっとも彼女の顔立ちは可憐で、人族だとしても相当な美少女である。


 年頃は、おそらく十八、九と言ったところだろう。


 もっとも魔族は容姿と年齢が一致しないので、実際の年齢は分からないが。



 彼女の隣に立つ大柄な鬼族……ドウジ氏はアソ氏の夫だそうだ。


 赤銅色の肌、額から生える立派な一本角、金色の瞳。口元には鋭い牙が覗いている。


 総じて精悍な顔立ちの美丈夫だ。


 身長は2メートル以上あるので、少し動くたびに天井に角が刺さりそうになりこっちがヒヤヒヤする。


 彼については、一般的な鬼族のイメージそのものと言ったところだろうか。


 彼もまた男物の伝統衣装を着こなしており、その武人然とした出で立ちはなかなかの迫力だった。


「アソ殿、ドウジ殿、遠路はるばるよくぞ来てくれたね。歓迎するよ。こちらが聖剣錬成師のブラッド・オスロー氏、隣が精霊魔術師のカミラ・オストラヴァ氏だ」


 アリスが二人に俺たちを紹介してくれる。


「ブラッドだ。今日はよろしく頼む」


「ブラッド殿、この度はよろしくお願いいたします」


 俺の差し出した手を、アソ氏が柔らかな笑みを浮かべながら、やんわりと両手で握る。


 ……彼女はやんわりと握ったつもりだったようだ。


 だが俺は内心冷や汗をかいていた。


 彼女の握る手が、まるで万力かと錯覚を覚えるほどの握力だったからだ。


 次に挨拶をしたカミラも、彼女の握力に笑顔のまま頬を引きつらせていた。


 女性とはいえ、さすがは鬼族。


 人族とは根本的に膂力が違うようだ。


 ちなみにドウジ氏の方がそのあたりの加減が上手いのか、普通に握手できた。



 それにしても、依頼人は夫のドウジ氏ではなくアソ氏なのか。


 もちろんアリスからは、依頼人は魔族の姫君と聞かされてはいたが……


 魔族や獣人は女系の種族が多いと聞いていたが、鬼族もそのようだ。


 いずれにせよ、俺のやることは依頼人の求める最高の聖剣を錬成することだ。


 鬼族の姫君がどんな聖剣を欲するのか、ワクワクするな。

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