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第206話 クロディス家、別邸

「それでは、お迎えの馬車が到着しましたらお呼びいたします。それまでの間、ごゆるりとお過ごしくださいませ」


 今日から滞在する客室に通された俺たちに、フレッド氏が一通り設備の説明をしたあと退出した。



 ――三階建の屋敷の内部は、立派な外観とは違い質素な造りだった。


 正面玄関をくぐると出迎えるのは三階まで吹き抜けのエントランスホール。


 ホールには談話用のソファとテーブルがいくつか設置されているが、美術品の類はほとんど置かれていない。


 豪華さを感じたのは、ホール脇に設置されたコンシェルジュデスクくらいだろうか。


 階段や廊下は広々としており、床や壁などは年季が入っているもののしっかりしている。


 おそらく、鎧姿の騎士や兵士たちが大勢で行き来しても大丈夫なよう、そもそも館の躯体(くたい)が頑丈に建てられているのだろう。



 俺たちが案内されたのは、三階の客室だった。


 室内にはダブルベッドと執務机、それに化粧台が(しつら)えられている。


 部屋の設備としては、シャワー付きのバスルームとトイレ、それにウォークインクローゼット。


 特にウォークインクローゼットは武器や鎧も置けるような広々としたやつだ。


 一方、美術品といえばベッドサイドの壁面に絵画が掲げられているが、それくらいである。



 透明なガラスがはめ込まれた窓は、かなり大きめに取られている。


 おかげで夕方だというのに、部屋の中はまだ魔導灯を点けなくても明るかった。


 部屋の空気を入れ替えようと窓を開くと、庭園が眼下に広がっていた。


 朝などは気持ちの良い目覚めが期待できそうである。



 総じてこの客室は落ち着いた内装で、長期滞在でも居心地よく過ごせるよう考えられているようだ。


 かといって、ただ質素というわけではない。


 よくよく見れば、置かれている調度品はどれも一級品ばかりであることが分かる。


 特にベッドのシーツやブランケットは素材からして相当な高級品だ。


 普通の宿屋と比べるのはさすがに失礼かもしれないが、トレスデンで宿泊した高級ホテルのスイートルームと比べても遜色ない手触りだった。


「ほう……この部屋の内装は、アリス殿の監修よるものかな?」


 カミラも気づいたのか、シーツを撫でながら驚いたように声を漏らした。


「どうだろうな? 別邸自体はあいつが生まれる前からあると思うが」


「調度品はどれも新しいものだね。それに新品という意味だけでなく、いわゆる王国の伝統工芸や魔道具とは少し趣が異なるように思えるね」


 カミラは魔道具製作の一環として、冒険者用の衣服などもデザインしてオルディスの店に卸している。


 そう言う意味では、彼女の目利きは確かだろう。


 それについては俺も同感だ。


「だとすれば、アリスが当主になってからいろいろと手を入れたのかもしれないな」


 アイツは旧態依然とした王国の伝統があまり好きではないようだしな。


 もっとも、クロディス家自体が武人気質なので、その延長線上なのかもしれないが。


「いずれにせよ、普通の騎士や兵士でも気兼ねなく滞在できるよう、あえて華美な装飾は廃しているんだろう」


 敷地内にある練兵場などを見れば、それとなく察せる。


 それが俺にとっても心地よかった。


 貴族の豪華絢爛さが苦手というわけではないが、平民生まれの俺としては、長期滞在する宿は質素な方が落ち着くのというが人情というものだ。


「いずれにせよ、しばらく滞在するならありがたい心配りだね」


「そうだな。……その心配りに応えられるよう、俺たちも歓迎に見合う仕事をしなけりゃだな」


 と、部屋のあちこちをカミラと調べていると。


『ふああ……あっ、ご主人! さては王都に到着しましたね!?』


『そろそろ出してマスター! あーし王都見たいんだけど!』


 セパとレインの騒がしい声が頭の中に響き始めた。


 まだ寝ぼけた声だが、そろそろ魔導鞄(マジック・バッグ)から出してやった方がいいだろう。


 ケット・シーは反応がないのでまだ寝ているようだが、このまま魔導鞄の中で放置するわけにはいかないので出してやることにする。


『…………』


 案の定、ケット・シーは気持ちよさそうに寝たままだ。


 とりあえずベッドの上に運んでおく。


『あれ? ここはどこですかご主人』


『どこかのお宿ー?』


「あー、ここはアリスの家の別邸だ。王都なのは間違いないぞ」


 セパとレインはというと、魔導鞄から出たとたん部屋のあちこちを探検し出した。


 ひとまず二人にも状況を説明してやる。


 ちなみにセパ、レインとケット・シーは俺たちの隣の部屋を割り当てられている。


『なるほど……ということは、まずは屋敷の内部を把握する必要がありそうですね! それではご主人、我々はお屋敷の中を探検してまいります!』


『探検、行ってきまーす!』


「仕事中の人たちの迷惑にならんようにしろよー」


『もちろんです!』


『はーい!』


 二人がどこで覚えてきたのか敬礼のポーズを取った後、バタバタと部屋を出て行った。


 一応、屋敷は他の部屋を含めて自由に使っていいと言われている。


 フレッド氏には(あらかじ)めセパとレイン、それとケット・シーのことも伝えているので、彼らの邪魔をしない限りは問題ないだろう。


 というか俺も屋敷の内部は気になるし、明日にでも探検……ではなくて設備を把握しに行かなくては。


「さて、私たちは私たちで準備をしないとだね。晩餐のための正装は準備しているかい?」


「もちろんだ」


 俺は魔導鞄(マジック・バッグ)をポンと叩いた。


 さっさと着替えてしまおう。




 ◇




「……驚いた。まるで貴族みたいだね」


 晩餐のため正装に着替え身だしなみを整えた俺を見て、カミラが目を丸くしている。


「仕事柄、貴族とか大商人と会食の機会はあったからな」


 なんだかんだ、聖剣錬成師は立場の高い人々と接する機会が多いからな。


 それゆえ晩餐などに出席できる服は持っているし、どのように振舞うべきなのかもだいたいは分かっている。


 まあ、それも王都に居た頃の話だし貴族の子弟のように幼少から教育を受けたわけではないので、礼儀作法については付け焼き刃ではあるが……


 そこはまあ、失礼のない程度に振舞えれば問題ないだろう。


 アリスは当然のこと、先方もこちらが平民であることくらいは伝わっているだろうからな。


 それよりも、だ。


「お前、そんな服持ってたんだな……」


「失礼だね君は。私だってそれなりにこういった機会に接することはあったさ」


 言いながらも、自慢げにその場でくるりと回転してみせるカミラ。


 その艶姿に、俺は思わず見とれてしまった。


 彼女が身に着けているのは赤を基調とした肩出しのドレスだ。


 服の赤は彼女の白い肌を際立たせており、ほっそりした首元に輝く銀製のネックレスが彼女の美しさをより一層引き立てている。


 いつもは下ろしたままのふわふわの赤髪は後ろで一つにまとめており、そのおかげでいつもの気怠い雰囲気はない。


 逆に可憐さと怜悧さが共に際立っているように思えて、女性は髪型一つでこれほどまでに印象が変わるものかと妙に感心してしまった。


「いや、悪かった。その……綺麗だな」


「なっ……!? ふ、ふん! 今さらおだてたって何も出ないよ!」


 思わず正直な感想を口にしたら、カミラがボッと顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。


 おい可愛いなコイツ。


 別に意趣返しのつもりはなかったのだが、そういう反応をされるとこちらもからかい甲斐があるというものだ。


「ブラッド様、カミラ様、お休みのところ失礼いたします」


 コンコンと部屋の扉がノックされた。


 声はフレッド氏のものだ。


 気を取り戻して、ひとつ咳払いをする。


「カミラ、そろそろ出発だ」


「わ、分かっているとも!」


 扉を開くと、果たしてフレッド氏が立っていた。


「本邸行きの馬車が準備できました。間もなくのご出発となりますので、正面玄関までご案内いたします」


「分かった。カミラ、行こうか」


「う、うむ。……そうだ、セパ君とレイン君は連れてかなくてもいいのかい? そこのケット・シー君は、さすがに留守番だろうとは思うけど」


「聖剣組は留守番だ」


 俺は言った。


 セパとレインは屋敷の探検が終わったらしく、二人に割り当てられた部屋で寛いでいる。


 ケット・シーは俺たちの会話を聞いていたのか、ベッドの上で丸くなりつつも一瞬ピクリと耳を動かしたが……それ以上の反応は返ってこなかった。



 たしかにカミラの提案通り、聖剣たちを晩餐に連れて行くことは先方に対する強力なデモンストレーションにはなるだろう。


 だが、さすがにセパもレインもフォーマルな場に連れて行くのは難しい。


 なぜなら、二人とも貴族相手に相応しいテーブルマナーを身に着けていないからだ。


 まあ、今後こういう機会が増えるのならある程度教育した方がいいかもしれないが……この手の教養は、一朝一夕で身に付くものでもないからな。


 少なくとも今回は留守番だ。


 ケット・シーは……そもそも猫を晩餐に連れて行くのは、さすがにマナーうんぬん以前の問題だろう。


「今日はあくまで顔合わせだ。後日、機会があればもう少しカジュアルな場で彼女たちを紹介する方がいいだろう」


「それもそうだね」


 カミラも、一応聞いてみただけのようだ。


 彼女は特に食い下がる様子もなく、すまし顔で『では、行こうか』と歩き出した。


「では、ご案内いたします」


 俺たちはフレッドの先導のもと、正面玄関へと歩いていく。

※余談ですが、コミカライズ第1巻と2巻のamazon在庫がかなり少なくなってきているようです。

 もしご購入を検討されている方はお早めにどうぞ!

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