第204話 『王都散策 上』
魔術師ギルドでの打ち合わせは、雑談も含め小一時間で終了した。
このあとアリスは王都内の屋敷に馬車で戻り、今度は魔族の姫様と打ち合わせをするそうだ。
その後、俺とカミラはクロディス家の王都別邸にて彼女と夕食を共にし、そこでいろいろと話を聞くことになっている。
貴族や王族が誰かに仕事を依頼するときは、自分の家に招き食事や茶会など和やかな雰囲気の中で進めるそうだ。
……もっとも、和やかなのは客側だけなのだろうが。
少し考えてみれば分かるが、ホストを務める方は貴族だろうが王族だろうが、当の本人のみならず家来や使用人など総出で客をもてなすことになる。
高貴な立場である以上、絶対に粗相があってはならないだろう。
立ち振る舞いや雰囲気づくりなど、様々なことに気を配らねばならないはずだ。
アリスは俺の前ではそういう貴族の気苦労をあまり語らないが、大変だろうことは想像に難くない。
気楽だがそこそこの暮らしの庶民と、気苦労が多いが贅沢な暮らしができる貴族。
どちらがいいかと言われれば、俺には分からない。
庶民の暮らしも悪くない……というのは知っているが。
「それじゃあ兄さま、カミラ殿、またあとでね」
彼女は迎えに来た馬車に乗りこむと、見送る俺たちに軽く手を振り、すぐに出発してしまった。
「さて……しばらく時間が空いたな」
アリスを乗せた馬車が街路の向こう側に消えたところで、俺は呟いた。
俺たちはクロディス家が所有するに別邸のうちの一つに宿泊させてもらうことになっている。
そして今日は、その別邸にてフォーマルな服に着替えてから、迎えに来た馬車でクロディス家へ向かう手筈になっていた。
しかし今はまだ昼前。
夕食までかなり時間がある。
「とりあえず、街で昼食をとってから別邸に向かうか」
「いいね、そうしよう。少し街を見て回っても構わないかい?」
「賛成だ。俺も久しぶりに王都に来たからな」
◇
「マーリンさん、世話になった。またオルディスに戻る際、よろしく頼む」
「それじゃあマーリン、また数日後に会おう」
「ふふ……お二人とも、王都を楽しんできてくださいね」
俺たちはマーリン女史に別れを告げ、魔術師ギルドを後にした。
ギルドは大通りから一つ奥に入ったところに位置しているせいか、道を行き交う人はまばらだ。
通行人は若い魔術師が多い。
そういえば、魔術師ギルドの裏には魔術学院の敷地が広がっているんだったか。
「久しぶりの王都だね。十年ぶりだろうか……何もかも、変わった……ような、変わっていないような……」
カミラが通りを懐かしそうに見回しながら、しみじみと呟く。
「この辺りは王宮近くの旧市街だからな。お前がオルディスに移住した頃からそう変わりはないと思うぞ」
この辺りはあまり来たことがないから俺も詳しくは語れないが、再開発で建物が取り壊されていないのなら、周囲の建物はどれも、少なくとも数百年は経っているだろう。
「そういえば、君の元職場はこの近くだったかな?」
ふと、カミラが顔を上げ周囲を見回して言った。
気づけば、魔術師ギルドからかなり離れた場所を歩いていた。
この辺りはまだ旧市街の気配を残しているが、ちらほらと新しい建物も見られるようになった。
こういうエリアは、聖剣錬成師や魔道具師が工房を構えていることが多い。
歴史ある旧市街には古くから魔術師が住んでおり、必然的に工房付きの空き物件が少ない。
そこに新興の職人が入り込む隙は、ほとんどないというわけだ。
必然的に、比較的歴史の浅い職業である聖剣錬成師や魔道具師は新市街寄りのエリアに固まることになった。
『ザルツ聖剣工房』は、そんな通りの一角に店を構えていた。
そうと分かれば、徐々に記憶がよみがえってくる。
ひたすらパワハラに耐えながら聖剣を錬成する日々。
ろくに休日も取れず、多忙ゆえ仕事中は食事もろくにとれず、激務とパワハラで消耗した後輩や同僚たちは次々と倒れたり辞めてゆき――
思い出したらだんだん腹が立ってきたな。
とはいえ、だ。
「……そういえば、この辺りだったか」
「へえ、意外とあっさりした反応だね」
カミラが意外そうな表情で、そう応じる。
自分から話を振っておいてそれはないだろ……と思ったが、自分でも不思議なくらい落ち着いていた。
もちろん諸悪の根源であるザルツの野郎に対する怒りはあるし、次に出会ったらもう一度ぶん殴ってやろうと思ってはいるのだが……
まあ、クビになるときには完全に吹っ切れていたからかもしれないな。
それに……その頃にはセパがいたからかも知れないな。
アイツは確かに余計なことばかり喋るしすぐ調子に乗る最悪な聖剣だが、彼女のその存在そのものに癒されていたのかもしれない。
「……いやいや、そんなことはないか」
「何を一人でブツブツ呟いているんだい……」
おっと、心の声が漏れていたらしい。
「何でもない。そういえば、この辺に聖剣工房があったはずだが……」
何でもないふりを装って、俺は周囲を見回した。
実際、この辺りに元職場があったはずだ。
あったはずなのだが……
「なあカミラ……俺の元職場が見当たらないんだが」
周囲をいくら探し回っても、『ザルツ聖剣工房』の看板は見当たらなかった。
「君が分からないのなら、私に分かるわけがないだろう」
「それはそうだが……おかしいぞ。看板がどこにもない」
一応記憶通りならば、目の前の古びた建物がそうなのだが……
どう見ても、今店を出しているのは普通の魔道具屋だ。
それも、大商会直営の店舗のようだ。
これはどういうことだ……?
「移転でもしたんじゃないかい? 君の元工房主は、性格はともかくやり手だったのだろう?」
「いや、聖剣工房は工房内の環境構築がかなりシビアだ。施工にも金がかかる。ザルツは放蕩野郎で設備に金を出すタイプじゃない。移転なんて、よほどのことがない限りするとは思えん」
「ならば君の記憶違いで、もう一本向こうの通りだったりとか……あるいは、そのよほどのことがあったか」
「どうだろうな……お、あれはロナルド聖剣工房の看板だ」
そのまま一ブロックほど進んだところで、馴染みのある看板が見えた。
このエリアは大小多くの聖剣工房が軒を連ねている。
その中でも俺のようなはぐれ職人にも好意的な工房がいくつかあった。
ロナルド聖剣工房は、俺が古巣をクビになったあとも親切にしてくれた工房の一つだ。
華美さと質実剛健さの両立を目指し、王家や貴族の為だけではなく戦場を駆けまわる騎士や歩兵たちのために『本当に使える聖剣』を錬成し続ける実力派の工房だ。
結局、当時聖剣ギルドの長も務めていたザルツの圧力がかかり俺を雇い入れる話はなくなってしまったが、それでもこの看板を忘れるわけがない。
「とりえず、あそこで聞いてみよう」
「そうだね、それがいいだろう」
◇
「ブラッド、ブラッドじゃないか! 元気にしてたか!?」
大きな声で出迎えてくれたのは、工房主のロナルド・スミスだ。
壮年に差し掛かり人生を深く刻み込んだ顔の皺が、満面の笑みでさらに深くなった。
ロナルドは懐かしそうな様子で、それでいて少しばかりバツの悪そうな笑みを浮かべながら、俺たちを工房内に招き入れてくれた。
「……それで、お前は今なにをやってるんだ? 風の噂じゃ、郷里の実家で引きこもっているって聞いたが」
工房奥の応接間に通され、設えられたソファに三人で腰を下ろす。
しばしの雑談の後、ロナルドは辛抱堪らずと言った様子でそう切り出してきた。
雇用を断ったのをよほど気にしていたのか、それとも単に俺の近況を知りたかっただけかは分からないが……
「おい誰だそんな根も葉もない噂を流したヤツは」
「おいおい怒るなってただの噂だって! ……それにしても、ずいぶんと良い面構えになったな。やっぱり、そっちの超美人の嫁さんのおかげか? この野郎ちゃっかり幸せを掴みやがって!」
「いや、カミラはそういうのじゃ……」
「ふむふむ! ロナルド殿と言ったかな! 随分と見る目がある御仁とお見受けする!」
「だからお前は少し静かにしてろって!」
「ガハハ! やっぱりあんたは転んでもただじゃ起きねえヤツだと思ってたぜ! 心配して損したな!」
俺とカミラのやり取りを見て、ロナルドが嬉しそうに笑う。
「まあ……元気にやってるよ。今はオルディスで自分の工房も持てたからな」
「そうか……! ……ブラッド、お前上手くやったんだな」
しみじみとした口調でそう言ってから、ロナルドはテーブルの上のコーヒーを一口飲んだ。
心なしか、俺を見る目が優しくなった気がした。
まるで父親が息子を見る目だった。
少しばかり、背中がむず痒くなった。
「その……あの時は悪かったな」
ロナルドが、コーヒーに口を付けたままそう言った。
複雑な気持ちが浮かんだ顔を、カップで隠したかったのかもしれない。
「あんたは自分の工房を守ろうとしただけだ。別に気にしてない」
「そう言ってくれると……俺も救われる」
しばし、沈黙が流れる。
居心地の悪さは感じなかった。
……と、そうだ。
ここを訪ねた目的を忘れていた。
「そう言えば、さっきあっちの通りを歩いてきたんだが……元職場がきれいさっぱりなくなっていた。どこかに移転でもしたのか?」
「ん? ああ、『ザルツ聖剣工房』か。お前の古巣なら、半年以上前に潰れちまったぞ」
…………マジで?




