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第203話 『依頼人の素性』

「さあさあお二方とも。お疲れのところ申し訳ありませんが、応接室でアリス(・・・)様がお待ちです。どうぞこちらへ」


 言って、微笑をたたえたマーリン女史が歩き出した。


 ……今、アリスって言った?


 いやまあ、彼女の容姿を知らない市井の人々ならばともかく、ギルマスクラスの人間がクロディス伯が男性だと信じるには無理があるか。



 地下から長い階段を上り、ギルドの地上部へ出る。


 そこからさらに二階へと通された。


 王都魔術師ギルドの地上部は、オルディスのそれと比べると古めかしい雰囲気があった。


 というか、床も壁も年季が入っている。


 壁の漆喰は剥げ落ちている箇所があるが、補修はしないのだろうか。


 まあ、これも味と言えば味だが。


 歩いている廊下は板張りだが、経験劣化のせいか深みのある茶色をしている。


 王都は古くからある都市なので、ギルドとしても伝統を重んじているのだろう。


 等間隔で並べられた木製の棚の上には美術品らしき壺が並べられているが、よくよく見れば魔法陣が刻まれていた。


 これは……封印魔術だろうか?


 壺は陶器製だから、破損を防ぐための強化処理だろうか。


 だがそれだと封印術式なのはおかしい。


 そんなことを考えていたら、マーリン女史に声を掛けられた。


「ふふ……ブラッド様、その壺が気になりますか?」


「あー……いや、すまない。刻まれている術式が気になってな」


「その壺には怨霊(レイス)が封じられております。うかつに触って割らぬよう、お気を付けくださいね」


「レ、レイスか……」


 触れなくてよかった。


 まあ、封印されているなら害はないのだろうが……


 そう思うと、壺が禍々しく感じられるのだから不思議なものである。


 しかしそんな物騒なものを、なぜこんな場所に。


「ああ、君はあまりここに来ないから詳しくないか。これは侵入者対策だよ」


 答えてくれたのは隣を歩くカミラだ。


 なぜかドヤ顔をしているのがイラッと来るが、こういう時は素直に頷いておくに限る。


「なるほど……さすがは王都魔術ギルドだな。賊に対する情けも容赦も、欠片もない」


「ふふ、当然ですよ。ここまで侵入できるのならば、相当な手練れです。そんな者たちに手心を加える必要はありません。オルディスもそうでしょう? ね、カミラ?」


 確かにここはロビーのように誰でも立ち入れる区域ではないから、その理屈は分からないでもないが……侵入者の迎撃用にレイスをけしかけるのは、殺意が高すぎるだろ。


 そしてそんなとんでもないことをサラッと話すマーリン女史に、完全に雑談のノリでカミラが応じる。


「うむ。オルディスの魔術師ギルドも、最重要区画には視線を合わせると石化の呪詛を付与する石像がさりげなく配置されていたり、即効性の麻痺毒を撃ち込む小蜘蛛などを放していたりするからね」


「…………」


 オルディスの方もなかなかに殺意が高い。


 俺は魔術師ギルドの深淵に触れたような気がして、ひとり身震いをした。


 もっとも、冒険者ギルドも重要区画にはダンジョン由来の罠を仕掛けていると聞いたことがあるから、まあどこも似たりよったりなのだろうが。




 ◇




「さあ、到着しました。アリス様はこの中でお待ちです」


 そんな危険地帯をさらっと通過したあと。


 マーリン女史がとある通路の真ん中にある扉の前で足を止めた。


 何の変哲もない扉だが……ここも不法侵入者がドアを開けると異空間とかに放り込まれたりするのだろうか。


 もちろんマーリン女史が開いたのでそんなことはなく、扉の先には普通の応接間が広がっているだけだ。


 そしてそこには、アリスがいた。


 彼女はソファに腰掛け優雅に紅茶を飲んでいたが、俺たちが部屋に入ると顔を上げ、嬉しそうな様子で手を振ってきた。


「やあ、兄さま。ひさしぶりだね。元気にしてた?」


「おう。お前も元気そうでなによりだ」


「クロディス伯に置かれましては、ご機嫌麗しゅう――」


「あぁ、カミラ殿。この場には関係者しかいない。格式ばった挨拶は不要だよ」


 カミラが膝をつき、王国貴族に対する礼をしようとしたところで、アリスが手で制する。


「……ではお言葉に甘えて。……アリス殿、久しぶりだね」


「うん、久しぶり。君も元気そうで何よりだ。さあ、二人ともソファに掛けたまえ。少し長話になるからね」


 アリスは機嫌良さそうな様子でそう言うと、俺たちに着席を促した。


 二人でソファに腰掛けると、どこからともなくメイドが出てきて、俺たち前に紅茶を置いた。


 よく見ると、手の関節が人間のそれではない。


 自動人形(オートマータ)だ。


 メイドは紅茶を置くと静かに礼をしてから、部屋から出て行った。


 それを確認したのち、アリスが話を切り出した。


「さて、長旅のところ悪いんだけど……挨拶も済んだことだし、早速本題に入ろうと思うんだけど……いいかな?」


「もちろんだ」


「うむ」


「それでは、私は席を外しますね」


 マーリン女史がそう言って退席しようとするが、アリスが手で制した。


「君も同席してくれ。魔術師ギルドとの打ち合わせは別に機会を設けるつもりだけど、概要は先に伝えておきたいからね」


「……承知いたしました」


 マーリン女史が俺の隣に着席した。


 一瞬カミラがムッとした表情を見せるが、すぐに元に戻る。


 ……俺は二人に挟まれる格好で両手に花といった状況だが、どうにも居心地が悪い。


 マーリン女史にはできればカミラの隣に座って欲しかったが……さすがに今さら言い出すわけにもいかない。


 そんな様子を興味深そうな様子で眺めていたアリスだったが、すぐに真面目な表情になり、話を切り出した。


「さて、何から話そうか……と言っても、難しいことはないんだけどね。……我が国は先の大戦の後、一部の魔族国家と交流を始めていることはすでに周知の通りだと思う」


「そういえば、そんな話は聞いたことがあるな」


「まあ、かつての敵国とはいえ未来永劫いがみ合うというのも不毛だからね」


 俺とカミラがほとんど同時に頷いた。


 冒険者ギルドや商工ギルドでは、職員たちがそういう話をしているから俺も知っている。


 まあ、個人的には悪くないことだと思っている。


 もし魔族国家に行くことができるようになれば、人族の国では手に入らない素材があるかもしれないからな。


 アリスは俺たちの顔を見回した後、話を続けた。


「うん。確かに人族と魔族は昔から戦争ばかりしてきたけども、それは過去の為政者たちの都合によるものだ。終戦後に即位した次代の魔王は、そんな過去の因縁を断ち切ろうとしている。お互い歩み寄ればより良い未来が築けると、そう考えているそうだ」


 もっともアリスはその後、『魔族国家は代替わりの影響で情勢が不安定だから、しばらくの間は我が王国にちょっかいを掛けられたくないのが理由の一つだろうけどね』と付け加えていたが。


 もちろんそれもあるだろうが、そもそもお隣のトレスデン共和国なんかはだいぶ前から魔族と共存しているからな。


 魔族国家が理由もなく人族と敵対する意味もないし、王国もずっと人族至上主義みたいな政策を掲げていても仕方ないわけで。


 まあ、時代の流れというやつだろう。


 彼女がさらに続ける。


「……で、そしてそんな『国際交流』の一環として、我がクロディス家には魔族の姫君が我が滞在していてね」


 ……なるほど。


 アリスが、俺に視線を向ける。


 それから俺がすでに察していることを理解したらしくニヤリと笑ってから続けた。


「兄さまには、その姫君に聖剣を錬成してほしいんだ」

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