第202話 『魔術師ギルドふたたび』
出発日の朝。
諸々の準備を整えたあと、カミラと待ち合わせてオルディス魔術師ギルドに向かった。
入口で俺たちを出迎えたのは、先日対邪神結界で俺たちの行く手を阻んだ(?)おっさん職員ことスターク氏だ。
彼は俺の顔を見るなり苦笑とも驚きともつかない微妙な表情でこう言った。
「き、貴様……まさか魔女殿どころかクロディス伯のお知り合いだったとは……そういうことは先に言ってくれ。先日も、彼の名を出してもらえば、もう少し柔軟な対応ができたのだぞ」
「そう言われてもな……」
今度は俺が苦笑する番だった。
そもそも、オルディスの魔術師ギルドでアリスの名を出すという発想がなかったし、仮に思いついたとしてもそんなカッコ悪いことをするわけがない。
まさか、『俺はアステル殿の知り合いだぞ、頭が高い!』などと言わせるつもりだったのか? 笑止千万である。
「くふふ……君がアステル殿の名前を出して威張り散らしている様子を想像すると……かなり笑える絵面だねぇ」
「おいやめろ想像させるな」
カミラがクスクス笑いながらそんなことを言うせいで想像してしまっただろ……
ありもしない自分の姿にダメージを受けてしまい、げんなりする。
というか完全に精神攻撃の類だろこれ。
『ぷーくすくす……ご主人が女の子の名前を出して威張り散らしている様子……ありえなすぎて逆に面白い絵面ですね……!』
『ごめーん……あーし全然想像できないや……』
と、さらに聖剣状態のセパとレインが会話に乗っかってきた。
こいつら……拾わなくていい会話に参入してくるな……
『……セパ、お前は到着まで封印な』
『そんな理不尽な!?』
『当たり前だ!』
はあ……
まあセパはいつも通りではあるが、なんだか力が抜けてしまった。
「さて、冗談はこのくらいにしておこうか。スターク君、転移魔法陣の準備はできているね?」
「もちろんだ、魔女殿。地下の転移魔法陣はすでに待機状態だから、いつでも王都まで飛べるぞ」
「うむ、上出来だ。さっそく乗り込むとしよう」
「……おっと、そうだ。二人ともちょっと待ってくれ。例の邪神も一緒なんだよな? よもや、忘れてきたわけではないだろう」
俺とカミラがギルドの地下へと進もうとしたところで、スターク氏から待ったがかかった。
「ブラッド、構わないかい?」
「もちろん、構わんぞ」
カミラが訊ねてくるので、俺は頷いた。
それから魔導鞄の中から首輪を取り出した。
首元に聖剣があしらわれた、小さな首輪だ。
『…………』
ケット・シーは……どうやら今は眠っているらしい。
アイツは猫の邪神だからか、それとも魔力を温存したいからか、一日の大半を寝て過ごしている。
まあ下手に起き出しても面倒だから、このままにしておくが。
「これは首輪だろう。……いや、貴様は聖剣錬成師だったか。なるほど、そういうことか」
一瞬、スターク氏が怪訝な表情になり……すぐに合点がいったように頷いた。
「他の聖剣たちも魔導鞄の中だが、検査が必要か?」
「いや、二人は知っているから別に構わん。……そうか。あの邪神は、今はこっちが本体なのだな。少し、見せてもらっても構わないか?」
なぜかスターク氏が真面目な顔つきで、そんなことを申し出てきた。
一応、持ち込む荷物は先にすべて申告してあるが……あくまで書面上だ。
実際に検査が必要ならば拒否する理由もない。
とくに今回は、ほぼ無害な存在とはいえ邪神を王都へ連れて行くわけだからな。
「構わないが、変なことをしてコイツが怒っても責任は取らんぞ」
言って、ケット・シーの首輪を差し出す。
「そんなことをするものか。腐っても俺はギルドの副長だからな。矜持というものがある」
スターク氏は片眉を上げつつそう言ってから、懐から取り出した白手袋を着用し、モノクルを右目に嵌めたあと、慎重な手つきで首輪を受け取った。
というかこのスターク氏、どうやらギルドのナンバー2だったようだ。
そりゃ、先日は偉そうな態度だったわけだ。
「ほう……これはまた……精巧な造りだ。意匠も凝っているし、邪神の神格を収めるだけの魔力容量も確保できている。間違いなく聖剣の要素を兼ね備えているな。それに、極めて高いレベルですべての要素がまとまっている。……これは技量の差か? それとも素材の精度がいいからか? いや、適切な術式によるものなのか……うーむ……」
彼はしばらくそんな感じで首輪を検めていたが、やがて満足したようだ。
先ほどとは打って変わって、まるで王家の財宝を扱うかのような丁重な手つきで、首輪を俺に差し出してきた。
「……すまない、俺は貴様を見くびっていたようだ」
言って、スターク氏は俺に向かって軽く頭を下げた。
先ほどの尊大な態度はなりを潜め、神妙な態度だ。
「お、おう」
そんな変貌ぶりに、俺は少々戸惑いを覚えつつそうとだけ呟く。
そんなにこの首輪に感銘を受けたのか?
まあ、コイツは最近得た技術などもしっかり用いて錬成したのもあって、それなりに自信作ではあるが。
『スタークは元聖剣錬成師だったのだよ』
俺の耳元で、カミラがそう囁く。
……なるほど。
ならば、この首輪の出来栄えに理解を示すのも納得である。
そう思うと、この前の偉そうな態度もなんだか許せてしまうな。
となると……もしかしてあの対邪神結界、人造精霊の行動を抑制する術式を応用して編み出したのだろうか?
だとするならば、スターク氏も人並外れた知識と技量を持っていることになる。
……意外と、彼とはうまい酒が飲み交わせるかもしれないな。
◇
オルディス魔術師ギルドの地下には、禁域を含め複数の地点を繋ぐ転移魔法陣が存在する。
それらは必要に応じて起動させ、使用することになっている。
「あれが王都行きの魔法陣だ。二人ならば定員制限にも引っかからんから、一緒に乗ってしまって構わんぞ」
スターク氏が指し示した先には、淡く光る魔法陣があった。
『極彩峡谷』行きのものと比べると一回り小さいが、数人が同時に乗れるほどの大きさだ。
その周囲には数人の魔術師が控えている。
彼らが魔力を注いで魔法陣を維持しているのだ。
「…………」
魔術師たちは俺たちと目があうと、軽く頭を下げてきた。
俺も彼らの集中を切らさないよう、無言で軽く頷くだけに留める。
カミラもその辺はよく分かっているのか、同じように軽く頷いただけだ。
「よし、すぐに乗り込もう」
二人して、すぐさま魔法陣に乗りこんだ。
俺も彼女も魔導鞄に荷物のほとんどを収納しているから、魔法陣からはみ出すこともない。
「転移術式、発動用意」
「用意よし」
「カウントダウンを始める。王都側に魔力信号を送れ」
「了解。カウントダウン開始。十、九、八……」
魔術師たちが作業を進めていく。
王都側も同様の手順を行っていることだろう。
別に普通の転移魔法陣はここまで物々しくはないのだが、重要拠点へ飛ぶ転移魔法陣は、防衛上の問題から必ず人の手によってコントロールできるよう、このように面倒な手順をこなす必要があるそうだ。
「カミラは十年近く王都を見てないんだったよな」
「そうだね。転移魔法陣の中継地点としてなら王都はたまに行くけども……街の様子は、あまり見ていないかも知れないね」
「じゃあ、仕事が落ち着いたらいろいろ見て回ろうぜ」
「ふふ、良いアイデアだね。ぜひともそうしよう」
「三、二、一……転移開始」
俺たちが会話している間にも、魔術師たちがカウントダウンを進めてゆく。
やがて目の前が真っ白な光に包まれ――
直後、先ほどとは様子の異なる地下空間が目の前に現れた。
どうやら無事転移が完了したようだ。
「ブラッドさん、カミラさんですね」
辺りを見回していると、横から女性の声が聞こえた。
見れば、俺たちの側にローブを着込んだ若い女性……少女が立っている。
歳は十四、五くらいに見えるが……耳が尖っている。エルフだ。
「やあ、マーリン。十年ぶりかな。君も変わらないね」
「ふふ、そうでしたっけ? つい半年ぶりだったような。……最近はあまり時間の感覚が分からなくて、違っていたらごめんなさいね」
マーリンと呼ばれた少女がクスクスと笑い、それから俺に身体を向けると軽く頭を下げた。
「ブラッド様、ようこそ王都へ。私は王都魔術ギルドの長をしております、マーリン・フォープラと申します」




