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2:【前編】戦慄!! ○○神社で肝試し! 一同を襲った怪異はひとつではなかった――??

【文字数】4325字 【推定読了時間】約9分




 真夏の夜、山の(ふもと)である。


 無秩序に生い茂った(やぶ)と、葉陰に覗く闇を背景に、青年がひとり立っている。


 仮に、彼をAとする。


 短い黒髪に、マスクはしているが目元だけで端正とわかる顔立ちだ。

 頭は小さく背は高く、贅肉のない、長距離ランナーに近い引き締まった体型をしている。

 戦隊ものでいえば迷わずアカレンジャーといったような、爽やかな印象のある青年だ。


 だからこの薄気味悪い雰囲気には馴染んでいない。

 本人にもその自覚があるのか(いわ)く言いがたい表情をしている。楽しみではあるが気後れもしているような、どっちつかずの微妙な顔だった。


 その顔にカメラを向けられている。


「みなさんこんばんは~!」


 と、カメラの画角の外からやけに明るい、若い男の声が入った。

 Aに言ったのではない。

 この動画の視聴者に向けられた挨拶だ。


 Aもカメラに向かって「こんばんは~。」と言いながら小刻みに手を振る。手の動きは元気だが表情は硬いままだ。


 そんなAの様子は度外視して、姿を見せない男が言う。


「私たち【怪奇現象の被害から青少年を護る会 活動報告チャンネル】は、心霊スポットを体当たりで検証、マジでヤバいのか調べ、全国の青少年が悪ふざけで行っちゃわないように注意喚起している、とっても健全なチャンネルです!」


 わざとらしい、作ったような陽気な声だ。バラエティー番組のナレーションさながらである。


 仮に、彼をBとする。


 カメラで撮られていないBは司会進行及びディレクターで、撮られているAは演者といったところだ。


「今夜も元気に恐れ(おのの)いていきましょ~!」


 この挨拶は動画開始時に必ず言う、彼ら特有の決まり文句だ。

 Bの無暗にテンションの高い声に、Aは簡単にファイティングポーズをつくって軽く上下に振ってみせた。


「今回の心霊スポットは○○神社。

 □□県□□市にある有名な心霊スポットです。

 △△山の中腹にある○○神社ですが、▼▼年前に起こった山崩れで頂上までの山道が寸断、現在は途中から閉鎖されているとのこと。その後なだらかな別ルートがつくられたのもあり、旧山道は現在ほとんど使われておらず、中腹にある○○神社に参拝する人もほとんどいなくなっているそうです。

 山崩れの際には死傷者が出ており、これまで肝試しをした人から幽霊の目撃情報が数多く寄せられている、曰くつきの心霊スポットです。」


 Bはすこし声のトーンを変えておどろおどろしいニュアンスをもたせる。仰々しい言い振りで、かえって滑稽に聞こえた。


 Aは浅く相槌を打ちつつ聞いていた。

 カメラのやや右側後方、Bの声のする方にAの体は向けられているが、視線はなにか考えるようにすこし俯き、途中幾度か、眉間に細かく皺がピク、ピクと刻まれていた。


「今夜はこちらで肝試しをします!!」


「いやだよ!」


 いきなりにAがはっきりと断る。

 その情けない(さま)に、Bは無邪気な笑声をあげた。


 そこで映像は切れ、低い効果音とともに静止画が表示される。

 ○○神社の写真にタイトルの字幕が入れられたものだ。今回の動画のサムネイル画像と同じ画像でもある。


 これはいわゆる心霊動画であり、彼らはその配信者なのだった。




 遭難や滑落の危険がすくない山だから登山客は多い。そのため麓には広い駐車場が造られていて、整備も行き届いている。彼らも普通の登山客と同様ここまでは車で来ていた。

 だがここからが普通ではない。

 なだらかな新しいルートの、その真裏に位置するかつての山道を登る。


 旧山道は駐車場の奥まった場所、端からじかに上へ延びている。

 幅一メートルもない石造りの階段だ。

 道としては崩壊寸前の様相で、急勾配の石段はところどころで欠け、枝葉が頭上を塞ぐほどに左右の森が迫っていた。

 そこをたどたどしい足取りで登っていく。

 

 AもBも多少緊張はしているものの、割に落ち着いていて、周りの様子や私感など実況を怠らなかった。

 ときに姿の見えない野生動物の気配に怯えたり、また、ふとした合間には男子大学生の仲間内らしい、打ち解けた冗談や軽口を挿んだりもしている。

 エンターテイメントとしての体裁を保ちつつも、怖がりながら、面白がりながら、先へ進んでいく。

 これが【怪奇現象の被害から青少年を護る会】――略称【怪会(カイカイ)】のやりかたなのだった。


 神社までの行き道ではとりたてて何も起こらなかった。


 異変が起こりはじめるのは、そのあとからだった。




 彼らは中腹まで登り、背の低い鳥居の向こうに小さな祠を発見する。


 成人男性を二人並べたくらいの大きさで、苔むしたところはあるが掃除された気配はある。完全に放棄されたわけではないようだ。その証拠に、萎びてはいるが白菊が一輪、台座に供えられている。


 鳥居をくぐったところで、BはAにぬいぐるみを渡した。


 それは丈三十センチほどで黄色く、なにかの動物を模している。

 手作りをした撮影兼雑用スタッフはテディベアだと言い張っているが、彼が不器用なせいでひどく不細工なものができあがってしまったのだ。鼻の凸起(とっき)は歪み、片目の縫い付けが緩いからやや垂れ下がり、どこもかしこも縫い目が荒く布が引き攣るようになっている。

 とはいえ、いくつもの肝試しスポットで使われてきたから馴染み深いもので、『Cちゃん』という愛称さえあり、最早このチャンネルには欠かせない大切な仲間になっていた。


 そんな『Cちゃん』を祠の台座に置いて、彼らは引き返す。


 帰り道を半分も来たところで、ふと、AとBがほぼ同時にとまった。

 そして顔を見合わせる。


「……聞こえた? なんか聞こえたよね?」


「聞こえた。」


 先頭のAと後続するBを、それから周囲を撮るためにカメラが左右に振られる。


 これまでカメラは基本的にAに向いていて、Bについてはハンディーカムを構えた後ろ姿が写り込んでいるだけだったが、ここでようやく顔が写った。


 唇は薄く、口は横に広い。茶髪で、長めの前髪を分けて、切れ長の目を覗かせている。顎や首に骨が浮いて見えるほどの痩身だ。耳にピアスをつけるのはいつものことで、動画ごとに形は様々だが、必ず青だった。

 総じて(さか)しく気の強そうな、曲者じみた印象の青年である。


 いまは緊張しつつも目を輝かせている。

 口角があがるのにともなって上の歯が現れる。歯並びはよく、白い。彼の特徴的な大きな口で表されるのだから、当然に笑みは際立った。“ニヤリ”という擬態語に打ってつけの笑顔だ。

 こうして笑うのは、Bが異変を心待ちにしていたからだった。


「後ろ、女?の声? キャッキャッキャッ……みたいな、」


「あっち、なんか引きずるみたいな、ずるずる…って、――え? なんて?」


 BとAとがほとんど同時に言って、そして困惑した。


「マジかよなんであっちだって、」

 と前にいたAは焦りながら森のなかを指し、

「後ろだよ。ちょうど、神社のあたり……」

 と後ろを歩いていたBは背後へハンディーカムを向ける。


 息を殺す静寂のなか、カメラがじわりと動いて周囲を撮っていく。

 まずは前方のA、それから森の暗がり、B、後方の階段、その上方、最後に闇のなかにあるだろう神社を写してとまる。


 闇だ。


 下には石段の灰色、左右は草木の緑色や茶色で、そうして周囲を彩られている真ん中には、ただ闇がある。


 もちろん照明機材で照らしてはいるが、いかんせん持ち運びができる程度の、手のひら(だい)の撮影用ライトと懐中電灯だけなのだ。夜の暗さには敵わない。


 凝視してもなにか視えるわけではない。


 ただ、闇の向こうから何かがふらりと現れるのではないか、周囲の葉陰の隙間から何かがこちらを見ているのではないか――、そういう不安に囚われて、視線を離さずにはいられなかった。


 そして息をひそめる。

 夏の虫の鳴き声や弱い風にこすれる葉音が合わさって生じるざわめきのなかに、先ほど聞いた異音を探して耳をそばだてる。


 しばらくそうしていたが、やがて異常なないようだとBがスタッフを振り返った、そのとき――


「ぅあ!!」


 Aが叫ぶ。

 激しく仰け反り、腕を薙ぐように大きく振った。

 その様子にBも驚き体を硬直させる。


「エッ!? なになになに!!」


「虫ッ!」


 一拍の間のあと、途端に冷静になったBが声をあげて短く笑った。




 それから彼らは無事に山を下り、駐車場でオープニングと同じ構図をとる。

 藪を背景にしたAのニーショットだ。


「はい! では今回の心霊スポットですが」


「ちょちょちょちょちょ、」


 Aが言いはじめた締めのセリフを、Bが強めに遮る。


「え?」


「ぬいぐるみ取りに行ってよ肝試しなんだから。」


「……え?」


「え? ってことはぬいぐるみ置いていくつもりだったの? 山を荒らすってこと? そんなことしたらコメント欄が荒れるって! 『これだから最近のYTuberは』とかって書かれちゃうよ!」


 Bは大袈裟な口調で非難した。


「いやぁ…またこの階段行って戻ってってことでしょ? もう無理だってぇ…疲れたしぃ、足元も危険だったしさぁ。明日、明るくなってからまた()よ? 今日はもう帰ろ?」


 Aはだらしない苦笑いを見せつつも、声はかすかに震えていた。


 そんなAに、Bはいきなりに低く鋭い声で言う。素の声だ。


「えっと、…わかってない? 現状の撮れ高ほぼゼロだよ。最初に肝試しって言ってるしオープニング撮りなおすみたいな茶番して視聴者騙すよか素直に肝試ししたほうがいいよな?」


 Bの脅迫まがい問いかけに、Aは大いに引く。


「……えぇえ~?」


 そういうわけでAは、左手には自撮り用のアクションカメラ――Gプロと、右手には周辺を撮るためのスマホを持って、ひとりで肝試しをすることになった。







 Aが肝試しをしているあいだ、Bは車の後部座席でそれまでに撮れた映像を確認していた。


 その様子にカメラが向けられている。


 Bは手元のタブレット端末で動画を再生し、先ほどAとBが別の異音を聞いた場面で停止させる。


「地図見せて。」


 Bが言い、スタッフが旧山道の略地図を画面に表示してスマホを差し出す。


「声がしたのってこの辺だよな。」


 Bが指をさす。


「ってことはさ、Aは引きずるみたいな音、森のなかから聞こえたって言ってたけど、違くて、その先、森を越えたここ、くだったほうの道だったのかも。」


 Bは、地図上の、「く」の字に折れた道の先へ指を動かす。


「……なんかさ、もしかしたら、……気持ち悪いこと想像しちゃうんだけど、……オレが聞いた女の声、…その女から追われてて、くだって逃げてた、とか。こう……這いながら。」


「え…じゃあヤバいのは神社じゃなくて――ってことすか?」


 それまで沈黙を守っていたスタッフが思わず、というふうに声を出した。


 Bが思案顔で黙り込む。

 Bは怖いもの見たさから楽しんでこういうことをやっていて、かつディレクターとして撮れ高に気をかけてもいたわけだが、ふと熱を冷ました。そういう顔をしていた。


「……A、遅くね?」




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