3:【後編】戦慄!! ○○神社で肝試し! 一同を襲った怪異はひとつではなかった――??
【文字数】4344字 【推定読了時間】約9分
Aは山を登りながら、カメラの向こうの視聴者に語りかけていた。
「こないだ彼女と別れたんですよ。なんでかっていうと、おれ事故物件に住んでるじゃないですか。彼女も来たんですけどなんか気持ち悪くなったとかですぐ帰っちゃって。『引っ越したほうがいい』って言われたんだけど、おれ金もないし、そのまま住んでたら、『動画配信とかもうやめて』って言うんですよ。良くないモノに取り憑かれてるんじゃないかって言われて。おれときどきぼんやりしてるらしくて、…目が虚ろになってるとかで、フフフ、それが怖いって。『幽霊と私どっちが大事なの?』って訊かれて。ハハ。……いや、幽霊のほうが大事、とかは答えてないですよ。そうじゃなくて、楽しみにしてくれてる視聴者さんもいるから、すぐにはやめられないって答えただけで。で、『じゃあ付き合ってられない』って。……まぁ完全におれが悪いんだけど。
……っていうわけで、高評価・チャンネル登録お願いします!」
人好きのするような穏やかな声調で、爽やかに微笑みながら彼は話しつづけた。慣れない登山に息を乱しつつも話すのをやめないのは、恐怖を紛らわすためらしい。
そうしているうちに神社に到着した。
ぬいぐるみを回収すると、手を合わせて頭を下げ、戻りはじめる。
また雑談をしながら進んでいたが、帰り道も半分を過ぎたあたりでふと立ち止まった。
「なんか、なんだろ、…足音? 聞こえませんか? 音入ってるかな?」
彼は声を潜めて言う。
最初に登ったときよりも、あたりは一層暗い。
人が減ったからライトも減ったのだ。かつ彼は左手にGプロとぬいぐるみを一緒くたに掴み、右手にはスマホを持っている。スマホには外付けのライトを装着してはいるが、そのほかに照明器具を持つ余裕はない。
こう暗いところでの撮影だとカメラの感度の都合、画質はかなり落ちる。ノイズは増え、彩度は下がっていた。
そのため彼のすこし見開いた目の、白目はひときわ白く、彼の虹彩は本来ライトブラウンなのだが、それが瞳孔ごと真っ黒に写った。
つまりは、目を見開くほどの緊張がありありと映しだされていた。
Aはつと頭を回して森を見、背後を見、そしてピタリととまり、黒目だけを忙しなく動かす。
眉宇を曇らせ、唾を飲み、声量を落として言う。
「なんか……後ろ? 前? どっから聞こえてんだろ……。どっからも聞こえてる気がする。やばい気持ち悪い。えー……音してるよねぇ?」
Aは耳をそばだてる。
たしかに、水の滴るような、「ぺちゃ」というような音がかすかにしている。
それは土や落葉の上に落ちる音ではない。おそらく石段に落ちている。
音は一定の間隔で続いていたが、だんだんに早くなる。
「ぺちゃ……ぺちゃ……」だったのが、「ちゃ…ちゃ…ちゃ、ちゃちゃちゃ」と、早く、そして大きくなっていく。
それはたとえば裸足で石段をくだるような――、
あたかも、何かが近づいて来ているような――。
Aはよろめくように後ろ脚を引き、そして、高い声を聞く。
――ァ…ァ…ア…ア…キャ…キャ、キャキャ、キャキャキャキャ!!!――
Aが身を引き攣らせたのは一瞬だった。
すぐに踵を返して石段を駆け下りはじめる。
「ちょちょちょ、やばいやばいやばい……!」
舌をもつれさせて言い、録画や手ブレなどそっちのけで、左手のGプロはただライトとして使い、右手のスマホでの撮影をやめ、電話をかけた。
車内で待機していたBが、Aからの電話をとってスピーカーにする。
「なに?」
『エンジンかけて! ドア開けて!』
Aが叫んで音が割れる。
「え? なに? どうした?」
Aの必死の大声に、後部座席のBはすぐさまドアを開け、カメラも運転席から外を向く。
カメラはさまよい、すぐに山の闇のなかにごく小さな白い点を見つけた。
小さな白い点は葉陰に明滅しながら激しく揺れて近づいてくる。
「あれ外、光……は、A?」
彼らの見ている先で、その光がなおも激しく揺れる。
『ッア!!』
ひどいノイズが入り、光が消えた。
Aが話さない。
Bは焦る。
「おい!」
『……………ハッ…、ンぐ…、早く!! エンジンかけて!!』
「かけろッ。」
Bがスタッフに言って、スタッフはすぐにカメラをBに渡すと、キーを回した。
エンジンがかかったのとAが飛び込んできたのはほとんど同時で、Aはすぐさま振り返り背後を凝視しながら勢いよくドアを閉めて叫ぶ。
「早く出してッ!!」
「待て!」
Bは叫ぶと、Aを覗き込んだ。
「撮れた?」
「……はぁ?」
唖然としたAの反応にBは、Aを押し戻しながらドアに手を伸ばそうとする。
「どけ。」
Bは片手にカメラを構えていた。
「なにしてんの早く逃げないと!」
Aは、ドアを開けようとするBの体を必死に掴んでとめる。
「撮れたから! もう撮れてるから車出して!!」
Aは嘘をついたが、彼の必死の形相にBはあっけなく騙された。
「え? マジ?」
Bからは力が抜け、スタッフは車を発進させた。
Aは窓から目を離せないまま身を隠すように後部座席で体を低くしたものだから、結果、直前まで揉みあっていたBの太腿へと頭を乗せることになる。
それをBに真上から撮影される。
Aの顔にはまだ恐怖がこびりついているが、Bは呼気を弾ませて笑ってしまう。Aが一応は無事に帰ってきた安心感と、怪奇現象を撮影できたという満足感を土台に、膝枕をしている状況がおかしかった。
「なに? なにがあったんだよ。」
BはAの強張る表情、荒い息遣い、胸元で組まれて激しく震える手、汗に濡れて色の変わったシャツの首元を写した。
Aは息を呑んで、すこし迷ってから、口を開く。
「なんかあの、…足音、笑い声も……ハァ、…どんどん近づいてきて、」
と、しどろもどろに言ったところで諦めた。
「もうあとは録画確認して。ちょっと……、いまは無理。」
Aの両手に機材はない。車に入ったときに後部座席の足元に投げ入れてしまったのだ。
Bはそれを見て、気づく。
「……ぬいぐるみは?」
「え?」
Aが上半身を捻って足元を確認する。
手を伸ばしてスマホの通話を切ったり、Gプロを拾ったりして、そしておもむろに、また膝枕の態勢に戻る。
「落とした?」
Aはへらっと笑いながらBに問い、Bは呆れる。
「知るか。つかいつまでそうしてんだよ。エンディングもそれで撮るつもり?」
「はい、ということで、検証した結果ですが――」
と、Aはいきなりに外向けの顔を作って、膝枕をしたまま、カメラの向こうの視聴者に語りはじめる。
「今回の心霊スポットもマジでヤバいです。
いい子も悪い子も大人も子供も、行ったらダメだぞ!
PEACE!!」
Aはピースサインを作りながら、いつもどおりに動画を締め括った。
ここで画面は真っ黒になる。
そこに白の字幕が入る。
『後日、ぬいぐるみを回収するべく、撮影スタッフが単独で現地を訪れた。』
それに続く映像に記録されているのは、昼の明るい山道と、かまびすしい蝉の声と、スタッフの息遣いだけだ。
スタッフは一言も話なさず、あとの説明はすべて現地の映像と音と、字幕だけで行われている。
ほどなくしてぬいぐるみは見つかった。
石段のわき、木の根元に落ちていた。
ただし片足がない。
まるでもぎ取られたかのように、付け根から千切れていた。
スタッフは神社まで行って、さらにその上、『立入禁止』の立て札があるところまで行って、また戻って、幾度か往復を繰り返し、すこし森にも入ってしばらく探したが見つからなかった。
日が傾いたところで断念した。
雲のない空に夕焼けの鮮やかなグラデーションができて、それを背景に山は黒いシルエットを聳えさせる。
『引きずるような音、女の笑い声、追いかけるような足音、
そして、足の無いぬいぐるみ――。』
Aが転倒しかけたときの、大きくブレたシーンがスローで挿入される。
『撮影後、このとき何が起こったのかAに確認してみると、
危うく転倒しかけた、と答えた。
何かに足首を掴まれたみたいだった――と。』
低く長い効果音が入る。
『ぬいぐるみは、Aの身代わりになった――?』
片足の無いぬいぐるみが写される。
『もし、ぬいぐるみを落とさなかったとしたら、Aはどうなっていたのだろうか?』
再び画面が真っ黒になる。
『今後、もしここでぬいぐるみの片足を発見したのなら、どうぞ供養してあげてください。
ただし、ここでの肝試しは決してお勧めしません。』
その字幕を最後に、動画は終わった。
大型ディスプレイは真っ黒になり、二つの人影をぼんやりと映した。
AとBだ。
やがて、次の動画視聴への導入になるように画面に別の動画のサムネイル画像が並んだところで、Bは大型ディスプレイにデータを飛ばしているノートパソコンを操作しはじめた。
全画面表示を解除し、画面をスクロールさせていく。
AとBはいま、Bの両親が所有する別荘にいる。
彼らは広々としたリビングの大型ディスプレイの前、ローテーブルを挿んでラグに胡坐をかき、一週間前に投稿した最新の動画を見ていた。
ローテーブルには遅い夕食――ピザやフライドチキン、アルコールの缶などが散らばっている。
Bが上半身を捻って操作しているノートパソコンは、二人のすぐ後ろ、L字型のソファーに置いていた。
Bはコメント欄を見はじめた。
彼らのチャンネルは、動画の視聴回数もチャンネル登録者数も、大学生が個人のアカウントでやっていて、かつ心霊系のものとしては異例の多さを誇っていた。
コメント欄も賑わっていて、それも好意的なものが多かった。『これ学生のクオリティかよ。こだわってんな』だとか『Aくんかっこいい憑きあって♡』だとか『金髪坊主のスタッフさん、貴重なお声ありがとうございます』だとかそういうものだ。
非難もあるにはあるが、『祟られろ』だとか『呪ッテヤル』だとか『いつか必ず天罰が下る』だとかいったそれらしいワードが踊っているものについてはむしろいい雰囲気づくりになるからそのままにしてある。
Bはスクロールする手をとめると、ぽつっと、素の声で言った。
「つまんねぇ、最悪だよ。」
隣にいたAが苦笑いする。
「だから、音は入ってたって。」
撮影中にAが言った『撮れた』というセリフについては、撮影後すぐにBが確認したから帰りの車中で既に散々揉めていた。幽霊の“姿”は撮れなかったが、“音”は撮れた、ということで一応の決着はついたのだが、Bの溜飲は下がらないままだった。
彼が本当に撮りたいモノは、今回もまた撮れなかったのだ。
呑気に缶ビールに口をつけているAを見て、Bは溜息をつく。
「おまえマジ、幽霊の一体二体、憑かれてこいよ。」
Aは口元で微笑し、眉宇を曇らせた。
今夜は遅い夕飯を取りながら動画の反省会をするということで、AはBに呼ばれていた。
しかし毎度のことだが反省会とは名ばかりで、今夜もろくなことにならないだろうとは、Aはうすうす感づいていた。




