わたしの
前回とはうってかわって、夜は静かだった。
街灯はちゃんとついていたし、家々の窓からはあかりがもれていた。風が笑うことも、手が歩くことも、星が落ちてくることもなかった。
それでも、今夜は特別な夜なのだと、菜月は知っていた。
大通りをしばらく下って、それから両脇に塀のせまる生活道路へ。宵っぱりの声がひびく居酒屋の前をぬけて、住宅街。高橋の本家は、すぐそこだ。
すたすたと無造作に足を進める菜月にたいし、ダースのほうは少し緊張しているように見える。もちろん、ぬいぐるみが汗をかくわけもないが。
そうして、
ほどなく、魔女の姿がみえた。
本家の大きな平屋の、いかめしい門の前に、黒い、ゆがんだ柱が立っている。すこしずつ近くに寄っていくと、それが、女の姿にかわっていった。
顔のない魔女。
門のむこうからもれる窓のあかりは、明るい。誰かが、まだ起きているのだろう。あたりに人の気配はない。
「待っていてくれたの?」
菜月は傲然といった。肩のふるえをこらえながら。
魔女は顔のない顔で微笑した。ふしぎと、それはたしかに微笑であった。
「ええ。あなたを。」
「ありがとう。でも、……」
とんとん、とこめかみを指で叩いて、菜月はこたえた。
「わたしは、行かない。」
「本当に?」
意外そうに首をかしげて。
「ほんとうに。」
「なら……、」
すっと、魔女は手をかざした。ぎんいろに輝く月を背負って。
ダースが硬い声で、ささやく。
「菜月、ぼくに命じてくれ。戦えるように……、」
「いいえ。」
菜月は、もう知っていた。
「それから、魔女、あなたも。」
この魔女は、自分が生み出した怪異なのだから、
「もう、消えなさい」
ただ、命じればいいのだと。
「もういいの。私は、ここでまだ頑張るから。だから、今は消えなさい。大丈夫だから。」
「菜月!」
ダースが悲鳴をあげた。菜月は、すっと両手を広げて、二歩、あゆみ寄った。
魔女の影は、ほろりと黒い涙をこぼして、
菜月の胸のなかに、消えていった。




