高橋美羽
「ナツちゃん」
ふと気がつくと、門のそばに、美羽が立っていた。
めずらしく、のりのきいたプリーツスカートと、黒い靴下をはいて、半袖のブラウスに赤い帽子をかぶっている。樟脳のにおいが、ぷんと鼻につく。
肩をいからせて、ぎろりと、はげしい目でこちらを睨む。
「どうしてくれるの。……莉子を、どうしたの」
「あれは、莉子ちゃんじゃない。」
菜月は首をふった。高橋家の窓をちょっと確認する。明かりは消えている。
「だって、……」
叫びかける美羽に歩み寄り、耳許に唇を近づけて、そっと、ささやく。
「……あなたの莉子ちゃんは、ほら、むこうにいるでしょう?」
いいながら、指をさす。
ダースが、え、と小さくつぶやいた。美羽が目をあげると、そこには、魔女がいた。少し離れたところで、ぽつねんと立って、こちらを見ている。
「どうして、……」
「……ねえ、あなたには、あの魔女の顔がどう見えるの?」
「どうって……、」
美羽は、不安げに首をふった。質問の意味がわからない。
「莉子の顔。でしょ? どういうこと?」
「そう……」
菜月はちょっと暗い顔をして、目を細めた。
やはり、そうだ。
魔女に顔がなかったのは、羽島莉子の顔を知らなかったからなのだ。
私の目にうつる魔女は、私が生み出した怪異。
美羽が見るそれは、美羽が、──
「ねえ、ナツちゃん、一緒にいこうよ」
「いいえ。」
菜月はふたたび、きっぱりといった。にべもなく。
「わたしは、行かない。」
「それじゃ……わたしは、どうなるの」
美羽の瞳に、ふたたび怒りがともった。ちいさく、手をふるわせて、
「行くなっていうの。私にふつうでいろっていうの。私はふつうじゃいられないの、わかってるくせに。……ナツちゃん、責任とれるの?」
すこしずつ、声が小さくなっていく。
菜月は、美羽の肩ごしに、さきほど指さしたほうを見た。魔女がいるはずのところだ。
そこには、何もいなかった。いや、菜月には、見えなかった。
答え合わせをするように唇をかんで、菜月は、そっと美羽の頭に手をあてた。
「……とれないよ」
かるく膝をおって目線をあわせる。
じっと、美羽の瞳を、いや、美羽の瞳にうつる自分の姿をみつめて。
「責任なんか、とれない。わたしは、わたしのことを決めたんだから。行くか、行かないかは、あなたしか決められないの。」
それから、しばらくの沈黙。
菜月の頬から、涙がほろりと落ちた。
「ずるいな、ナツちゃん。」
美羽は、小さくつぶやいた。それから、
「莉子、ごめん。わたしは行かない。」
そう、きっぱりと言った。
魔女は、かなしげにゆらいで、消えた。




