夜あるく女
こっそり外に出ると、あたりの灯はもう消えていた。
住宅にあかりがないのはともかく、街灯すら消えている。停電だろうか、と思う。それとも、たまたま蛍光灯が切れたのか。
月と、星あかりしか見えない。ほんとうの夜だ。
足元に気をつけながら、細道をしばらく歩いて、大通りに出る。車は一台も走っていない。どころか、信号が止まっていた。ますます、おかしい。
「……いやあな気配が、濃くなって来たよ」
えっちらおっちらと、膝関節をまげずにコミカルな足取りで先をあるくダースが、ちいさくつぶやく。
いったい、なんなのか。
そういえば、この子はいつから家にいたのだっけ。思いだせない。
暗くてよくは見えないが、舗装された歩道を、ぬいぐるみが短い足でちょこちょこ歩く光景は、やはり異様である。
そうだ、と思いついて、菜月は凪色のプリーツスカートのポケットから、スマートフォンを取りだした。これが明かりになるはず。
つかない。
電源が入らないのだ。
何度か試してから、ため息をついて、ふたたび前に目を向ける。風がごうごうと音をたてる。5月だというのに、やけに寒い。もっとちゃんとした上着を着てくればよかった。薄手のカーディガン一枚では、鳥肌がたちそうだ。
ここは、どこだろう。
あたりを見回してみる。暗いせいもあるが、知っている道とはとても思えない。ざわざわざわ、となにかがざわめく音がする。
くすくす、くすくす、と笑い声が。
ダース、と声をかけようとして、思いとどまった。笑い声は、幾人もの声がいりまじったようで。
「風が、笑っているだけさ。」
と、少しそっけない声で、ダースがいう。
菜月はこわくなって足を速めた。前をいくダースは、歩幅が人間の半分もないくせに、ずいぶんと進むのが速い。
理屈にあわないことばかりだ。
菜月はこめかみをコツコツと叩いた。集中したいときの癖だ。
……ふつっ、ふつっ、と、なにかが細くなって切れるような感触がする。
ふりむくが、何もない。けれども、感じた。
たしかに、ここでなにかがいま、切れたのだと。




