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ほだされません! 勝つまでは。  作者: 津南 優希
後日談の章 全7話(※企画の趣旨とは別のもの)
28/28

7 あきらめなくていいのなら

「不法侵入、よ……」


 のどの奥から絞り出すような声が出た。

 どうして追って来たんだろう。綺麗な女の人と一緒だったくせに。


「すみません、家に入ってしまったら出て来てくれなさそうだったので……」


 後ろ手に閉めた扉の前で、呼吸を整えながらジェイドが言う。


「待っていると言ったのに、遅くなってしまいすみませんでした」

「……もう、いいわ」


 そうだ、もういい。

 最初から、ほんの少しでも何かを期待した私が馬鹿だったんだから。


「別に怒ってないしなんとも思ってない。でも、あなた達の悪ふざけに付き合ってるほどヒマじゃないの」


 ふい、と顔を背けると私はそのまま書類部屋に足を向けた。

 ジェイドと話すことなんてない。

 鍵をかけて閉じこもられるとでも思ったのか、ジェイドは私のすぐ後を追って部屋に入ってきた。


「悪ふざけとは何ですか?」

「アルフォンス様とからかってたんでしょ、私を」

「彼が何を言ったかおおよその予想はつきますが……釈明の機会は与えてもらえますか?」

「だから、もういいわよ」

「良くありません。誤解されたままでは困ります」


 誤解? 何が誤解だって言うんだろう。

 私がこの目で見たんだから、事実じゃない。


「困らないでしょ? あんなに綺麗な子と会う予定があるんなら、別に私なんて誘わなくても良かったじゃないの」

「ヒスイさん、ティルトレット様を見たんですね?」

「名前なんて知らないけど、見たわよ! だから何?!」


 何に私は怒ってるんだろう?

 本当は怒るよりも泣きたいだなんて、絶対に認めてあげない。


「あの方はアルフォンスの妹君で……明日、この王都を出立されるんです」

「……出立?」


 急に話が変わったような違和感を覚えた。

 王子の妹ってことは……王女?

 そんな人があんな場所にいるだろうか……いるかも。兄弟がびっくり非常識な王子だもの。


「ご結婚が決まって、王都を出られるんです。最後に国民に紛れて聖ギビングデーのイルミネーションを見ておきたいと仰って。私が急遽、アルフォンスに案内を頼まれたんですよ」

「案内……」


 結婚するの……?

 でもあの人がジェイドを見る目は、ただの案内人に向けたものじゃなかった。

 ジェイドは、それを知ってたんだろうか。


「ジェイドは、それで良かったの……?」

「……意味が分かりません」

「だから、王女がどこか別の人のところにお嫁に行っちゃって、ジェイドはそれで――」

「ヒスイさん」


 私の言葉を遮ると、額に手をやった彼はため息を吐いた。


「良いも悪いもありません。私は一国民、彼女は王女です。住む世界が違います。貴方の考えているようなことはありません」

「でも――」

「これでも自分では温厚な方だと自負しているんですが……」


 私の言葉を遮ると、ジェイドは一歩前に出た。

 少しだけ周囲の気温が下がったような、不穏な気配を感じる。


「あまりにも分からず屋だと、そろそろ少し怒るかもしれませんよ?」

「?!」


 涼しい声でそう宣言したジェイドが、もう一歩前に出る。

 私は思わず後退した。その綺麗な笑顔のまま怒るとか、ちょっと怖い。


「だ、誰が分からず屋よ?」

「分からず屋ですよ。私の気持ちを知っておきながら、その発言はないと言っているんです。私がパートナーに望むのは、あなただけですよ」


 面と向かって言われるのは二度目だ。

 今私はどれだけ赤い顔をしているんだろう。銀色の瞳に射すくめられて、逃げられない気持ちになる。


「だ、だって……」


 そのことについて、ジェイドと話すことを避けてきた自覚はある。

 いつか、どこかのタイミングでちゃんとしなきゃいけないと思いながら。

 こうやって無神経に、先延ばしに遠ざけてきたのは私だ。


「だって……無理なの!」


 でも、もうそんなことは出来ないと思えた。

 言わなくちゃ。もっと早くに伝えなきゃいけなかったことを――。


「私は、みんなと一緒にここにいたいの! 家を継ぐのよ! 嫁になんて行けないの!!」


 痛む胸の原因(わけ)なんて知らなくていい。

 私は家を継いで『ピース』のオーナーになる。それだけ分かっていたら十分だ。

 だからジェイドの気持ちには応えられない。『ブランズハック』に嫁ぐなんて、あり得ない。


「当然でしょう。私はあなたと『ピース』を引き離そうなどと思っていませんよ」

「へ?」


 別段驚いた風でもなく、淡々と返すジェイドに目が丸くなった。


「お父上と話し合ってはいます。経営のことはもちろん、未来の王都トップブランドの在り方についても」

「……え? なんの話?」


 寝耳に水のような話題を返されて、呆けた顔で聞き返す。


「あなたのお父上はまだ隠居されるような年ではないでしょう。それでも10年先、20年先のことは今から考えなくてはいけない。私の祖父のように、ある日突然オーナーがいなくなることだってあり得るんです。そんな時にお父上以外『ピース』を回すことの出来る人間がいない現状は、あまり良い状態とは言えません。それでなくとも最近の『ピース』は業績が落ちてきていますから、何か対策を練らないことには経営自体、先行きが不安でしょう」


 それと、私が嫁に行く行かないはなんの関係があるのか。


「……もうちょっと端的に説明してくれる?」

「将来的に王都トップブランドとして、うちと経営を統合したらどうだろうという話です」

「と、統合?」


『ピース』が? 『ブランズハック』と?

 その唐突な二文字を聞いてすぐに「ああなるほど」と頷けるわけがなかった。

 ますます目を丸くして、彼の続ける説明を待つ。


「『ピース』が他ブランドに対抗するために方法はいくつかありますが……色々な方面から検討した結果、現時点ではそれが良いだろうと。まだ具体的には何も決まっていませんが、お父上とも話を進めています。いずれにせよヒスイさんの意見も大切ですから、勝手に決まってしまうことはありませんよ。安心して下さい」


 説明された内容は一応、飲み込めたと思う。

 経営の一本化。要するに、ブランド同士の結婚みたいなものだ。


「ですから、ヒスイさんの嫁ぎ先が競合相手のうちであったとしても、ヒスイさんが将来『ピース』のオーナーになったとしても、何ら問題はありません」


 さも周知の事実のように言い切ったけど……

 どこからそんな発想が出て来たわけ? パパと話が進んでいるってどういうこと?!


「わ、私聞いてないわよっ?!」

「言ってませんからね」

「パパからも聞いてない!」

「ヒスイさんの意思も大事なので、もう少し話を詰めてから時機を見て話そうと仰っていましたが」

「今聞いちゃったわよ?!」

「言ってしまいましたね」


 いくらなんでも統合だなんて大きな話、頭になかった。

『ピース』と『ブランズハック』が同じ経営で、別のブランドとしてやっていくということ??

 そんなことが、可能なのだろうか。


「出来ますよ」


 私の思考を読んだかのように、彼は毅然と言い放った。同時に伸ばされた腕が、私の左手をからめとる。

 強い力は異性のものだ。引き寄せられたことで一気に距離が縮まった。

 うろたえる私の顔から視線を外さずに、ジェイドは続けた。


「あなたが望んでくれるのなら、何でも出来ます」


 繋がれた指先にかかる熱が、私から言葉を奪っていく。

 急激に上がってきた心拍数に邪魔されて、余計に何と返していいか分からない。

 逃げるように身を引こうとしたら、彼の反対の手が私の腰を抱き寄せた。


「ちょちょ、ちょ、近い……!」

「クッキー、アルフォンスから受け取ったのですが……私のもので間違いないですか?」


 ジェイドは抗議の声を完全に無視して、どこから取り出したのだか小さな袋をちらつかせる。


「い、いつも色々教えてもらってるし、ごちそうしてもらってるし……そのお礼だからっ!」

「それだけですか?」

「それ以外に何があるっていうのよ?!」

「一枚だけ入っていた、羽の意味は?」

「……っ!」

「わざわざ忍ばせなくても良かったんですよ?」

「~っ……ほ……本当に、意地が悪いわ……!」


 確かに未練がましく一枚だけ入れた。

 自分の気持ちを少しだけ認めてあげたくて、うやむやに出来る程度の精一杯の告白のつもりだった。

 でもそれを、こんなタイミングで正面から突きつけなくてもいいじゃないの。


「もう一度言います。私はあなたを『ピース』から引き離す気などありませんよ」


 なら……

 それなら、あきらめなくてもいいんだろうか。


 今までみたいに『ピース』のみんなとだけじゃなく、ジェイドとも一緒にいられる……?

 ずっと、彼の気持ちには応えられないと思っていたのに。

 私、どっちも選んでいいんだろうか。


「……私、結婚した後も……ここで仕事してていいの?」

「私は昔から『ピース』で頑張っているヒスイさんが好きなので。あなたが家業を続けていく手伝いが出来るのなら、私もうれしいですよ」

「……昔からって、いつからよ」

「そうですね、その話をすると長くなりそうなので……その前に」


 傍らのデスクにかさりとクッキーの袋を置くと、ジェイドは空になった手で、私の頬を包みこんだ。腰に回された手にも、逃がさないとばかりに力がこもる。

 全力で走った後のような心臓が、いっそう跳ねた。


「そろそろ、ヒスイさんの本当の気持ちを聞かせてもらいたいのですが」

「え……? いや、あの」

「私と一緒に歩む未来は、想像出来ませんか……?」


 ジェイドの問いに、胸の内で出口を失った言葉がぐるぐると巡る。

 ちゃんと答えなきゃいけないのに――。


 銀の瞳が近付いてくる。息が触れそうな距離に。

 数秒先に起こることを予想して、私は目を瞑りかけた。


 その時。

 前触れなく、部屋のドアがガチャッと音を立てた。


「!」


 反射的にジェイドの胸を押して、勢いよく離れる。

 開いたドアからは、テールグリーンのツバ広ハットがのぞいた。


「あらぁ、電気が点いてると思ったら、ヒスイちゃん帰ってたのね~」

「っママ……!」

「あらあら、ジェイド君も一緒だったの? もしかして私、お邪魔だったかしらぁ?」


 うふふ、と笑いながら部屋に入ってきたママに、ジェイドが礼儀正しく礼をして挨拶する。

 ちょ、何なのその涼しい顔は?! 私だけなのこんなにうろたえてるのは?!


「ママ、パパと出かけてたんじゃ……?」

「パパなら馬車で待ってるわよ? ディナーに行くのにタイピンを忘れたって言うから、途中で引き返して取りに来てあげたの。ああ、やっぱりここにあったわ」


 そう言ってデスクの上に乗っていた銀製のタイピンを取り上げる。

 その横に置いてあるクッキーに目を留めて、振り返ったママがいたずらっぽく口角を上げた。


「ふふ、良かった。ジェイド君に羽飾り、ちゃんとつけて渡したのね?」

「え?」

「え、じゃないわよぅ。ヒスイちゃんたら、せっかく用意したクッキーに意地張って羽飾りつけてなかったじゃない? だからママがそれ、置いておいてあげたのよ」

「え、じゃあこの羽飾り……ママが……?」


 置き去りにしたはずの羽飾りが、デスクの上に一枚。

 その瞬間にピンときた。壁を振り返って、カレンダーにある今日の日付を指さす。


「もしかして、このカレンダーのハートマークもママが?!」

「そうよ? ヒスイちゃんがお仕事に夢中で大切な彼を忘れないようにって。可愛いでしょ?」


 空いた口がふさがらない。


「……なんで……わざわざ、そんなこと……」

「あら、娘にはじめて出来た彼氏だもの。パパはちょっぴりクヨクヨしてたけど、ママは全面的に応援したいじゃな~い」

「……」


 会計に関してはどこまでもシビアなこの母親が、40歳を過ぎてなお普段はこんな感じの乙女であることが未だに受け入れがたい。


「ママ……あのね」

「あら、お礼なんていいのよ。それじゃ邪魔者は消えるわね。ジェイド君、ゆっくりしていってね~」

「あ、はい」


 さしものジェイドも気の利いた挨拶が思い浮かばなかったみたいだ。ママはニコニコしながら部屋を出て行った。


 バタン、と閉まったドアに脱力感がこみ上げてくる。

 嵐かなんかだろうか、あれは。


「賑やかなお母上ですね……」

「そうね……」


 むしろ身内の恥か。


「それにいつ見ても美しい方です。10年前とあまり変わらないように見えます。ヒスイさんの外見はお母上譲りですね」


 美しいと褒められたことよりも、10年前という単語に疑問が湧き上がった。

 そんな前からママを知ってるってことは……


「そう言えばジェイドって……いつ頃から私のこと知ってるの?」

「ヒスイさんが6歳の頃からですね」

「え」


 何か今、聞かなければ良かったようなことを聞いたような。


「……6歳?」

「ええ」


 そんな頃から私を見ていたって……


「……それ、もしかしなくとも危ない人じゃない?」

「いえ、そういう対象として意識したのはあくまでヒスイさんが成人してからなので、正常かと」

「……モフモフ好きで、幼女好きとか?」

「信じていないんですね」


 疑いの眼差しを受けて、ジェイドは少しだけ肩を落とした。

 

「本当に、違いますから」


 落ち込んだような気配を感じて、なんだか笑いがこみ上げてきた。


「へえー、じゃあそのあたり、詳しく聞かせてもらおうかしら」


 この話題では、私の方がジェイドより優位に立てそうじゃない?


「いいですよ。少し長くなりますが……ヒスイさんがこの後の時間も私にくれると言うのでしたら、いくらでも」


 そう言って差し出された手を見て、やっぱり敵わないかも、と思い直す。

 そして、はじめて素直になろうとも思った。


「"この後の時間"は、今日のこと? それとも――?」


 問いかけながら、彼の手に自分の手を重ねた。

 さっきよりも優しく引き寄せられた体が、大きな腕の中に収まる。


 照れくさかったけれど、ためらいがちに伸ばした手を彼の背に回した。


「もちろん、この後のヒスイさんの人生のことです」


 耳元で聞こえた答えに、小さく笑って温かい胸に顔を埋めた。


 しょーがないなあ……。

 もうこれは、ほだされてあげるしかないみたい――。



 -Fin-



後日談編、これにておしまい。


2話に分けるかどうかといった長さになりました……(すまぬ)

いや、本当もうこれがセオリーになりつつあるね……?(反省→学習→改心無)

「糖分!」と「その後!!」のリクエストはなんとか消化出来たでしょうか。


次回作はファンタジー畑に戻る予定です。女性向けの恋愛要素入りなのに血なまぐさかったりダークだったりするかもしれません(それしか書けない)。

連載開始日は未定。詳しくは活動報告にてお知らせしていきます。多分(雑)。


いつも作品を追って下さっている方、後日談編にまでお付き合いくださいまして、

大変ありがとうございました!<(__)>

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― 新着の感想 ―
[良い点] うさぎ妖精様のエッセイから読ませていただきました。 いつも明るくて前向きなヒスイさんに元気をもらい、有能な人物ながらヒスイさんのことが結局どうしようもなく好きなジェイドさんににまにましなが…
[良い点] ほだされたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
2020/02/22 23:11 退会済み
管理
[良い点]  おまけも読み終わりました。最後に完全に絆されましたね。素敵な物語でした。
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