第12章 追跡馬券生活 27
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券と底辺の仕事をこなすサバイバルの日々を綴ってゆく」
4 愛と欲望と裏切り
その7
同窓会なんてものはただ一時、席を同じくしたというだけの同世代の男と女が、卑しい眼をして生存確認と現在の立場を競い合う、ただの品評会に過ぎない。そんなことはなんとなくではあるがわかっていた。だから出席するのもおこがましいのだが、俗世間を味わうということもたまには悪くない……杉田はそう考えて出席を決めた。
だが、過去の同級生たちの自慢話などまるで頭に入ってこなかったし、さらには、女たちの自慢気に我が出世人生を語る男たちを見る目は恐ろしく冷ややかだった。
そんな同窓生たちに注がれる酒はあまりにも不味く感じた。
(今回限りだろうな。同窓会なんて……)
杉田はコップに注がれたビールを苦笑いで返し、一気に飲み干すと同時にトイレに行くと見せかけて会場を後にした。会費は前もって払ってある。少し夜風に当たって、同窓会なんかよりもさらにめんどくさい、夫婦げんかの機嫌取りをするしよう……そう考えていた。
外に出ると、河川敷の夜風は熱くもなく、寒くもなく、心地良い風紋を杉田にもたらした。
(あー、そういえばシャン子はどうしてっかな?)
別れた恋人、明広に今日プレゼンとされた仔猫のことが気になった。シャン子というのはパンダ模様から連想して付けた仮の名前だ。
すぐ近くの立体駐車場に停めていた杉田の軽自動車の中ではシャン子がみゃあみゃあと鳴いていた。
「ミャア子に名前、変えた方がいいかな……」ぶつぶつ言いながら車のドアを開け、シャン子のゲージの扉を開けると、仔猫は杉田に飛び掛かり、必死に胸にしがみついた。
「お、おいおい。これからお父さんはさ、めんどくさい仕事があるんだから……お前はここで。て、イヤなのかい。しかたねえよなあ……」
胸にしがみついて離さない仔猫を、杉田はお守り変わりに連れていくことにした。
背広の内ポケットに入れておけば面倒なことはあるまい。ほんの軽い気持ちだった。
「ねえ、お願いだから別れて」
優香はうまく誘い出すことに成功した草野に切り出した。計画通りの路地裏の喫茶店の中だった。狂死狼はすぐ近くで待機しているハズだった。
「いや~何を言ってんの? なんで分かれなくちゃいけないの俺達さあ? こんなに愛し合ってるっていうのに」
「どこが? あんたにはこれまで、とことん痛めつけられた。自分がしたことすら覚えてないの? サッカーでよくあるオーバーな痛がる姿でもあんたに見せつけないと、何も信用しないってわけ?」
「まあまあ、落ち着けよ優香。俺はこれまで、警察官ていう立場を悪用してだな、お前と言う犯罪者を匿ってきた。そんないびつな暮らしの中でさ、時々はお前の存在に腹を立てて少々突ついたこともあったさ。それは謝るよ。けど、それは……おまえを愛してるからだ……わかるだろうそれくらい」
少し収まってはいたが、草野の身体の、奥の深い方からくる異常は、またしても彼を苦しめ始めていた。
「愛を試すのには少しの傷みぐらい……当然だろう?」
真剣な眼差しで見つめる草野を優香は恨みのこもった眼で見つめ返した。
「……子供が出来たの。4か月になるかな。産んでもいい?」
虚を突かれた草野は動揺した。そのまま沈黙した。
「…………いや、その、う、うまく言えないけどさ。なんていうか…………堕胎してくれ」
うすうす感じてはいたことだった。あらためて優香の口から聞くと、どうにも動揺が収まらなかった。体内の危険シグナルのせいもあった。
「頼む、今は俺には……育てられない」
「愛してるんじゃないの? わたしを……」
「いや……その、とにかく……」
優香は席を立った。投げつけるように会計の金をレジ前で支払い、そのままドアを開いて外に出た。
草野が追いかけてくるかどうかをなるべく振り向かないようにして気配を感じ取ろうとした。
「おい、ちょっと。待てよ、おい」
草野の動作はいつもとは違って緩慢に見えた。しぶしぶと追ってくるように見えた。……それともどこか具合が悪いのだろうか……もしかしたら、自分たちの計画に気づいているのかも知れない。それでも追ってくるのならばそれは計画の通りだ。
優香の足はすずみを求めているかのように河川敷の方へと向かった。
草野はよろけながら、その後をついていった。
物陰に隠れながら狂死狼は、つかず離れず二人の後を追った。
杉田はほろ酔い加減で口笛を吹きながら河川敷の方へと向かった。
胸ポケットのシャン子がみゃあみゃと鳴いていたから、前に通販で買ったチューブ入りの猫のおやつを与えた。それっきりシャン子は上機嫌で鳴きやんだ。
優香の後を追う草野の表情はゆがみ、突然、悲鳴に似たうめき声上げた。
同時に、ふらふらとよろけて河川敷の暗闇へと堕ちていった。
続く




