第12章 追跡馬券生活 21
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券と底辺の仕事をこなすサバイバルの日々を綴ってゆく」
3 シンクロの行方
その8
保護猫を物色する優香をよそに、狂死狼はここへやってくる人たちを見るともなしに観察の眼を向けていた。さほど数多くはないが、絶え間なく訪問客はやって来た。親子連れ、カップル、独り者、老若男女様々だった。観察していると皆、かなりの関心を示すものの里親となるのは簡単なことではないようだった。ゲージの猫の前でじっと考え込む者や声を掛けたりする者は多かったが、すぐに引き取りたいとはならない。それはそうだろう。素性の知れない保護猫がいくらかわいいと思ったところで世話をするのは簡単なことではない。また来ますと言って大抵の訪問客は何も決めずに帰ってしまう。また、この子が欲しいと決めたところで様々な手続きや審査もあり、今日すぐに持ち帰るなどということはないようだった。
そんな中で黒と白のまだら模様の仔猫に優香の足が止まっていた。仔猫は小さな体を小刻みにふるわせてミーミーと泣いていた。
「この子に決めた」優香が言った。
「はあ? いいのかそんな簡単に決めて」狂死狼が覗き込もうとすると、背広を着た男がさえぎろうとするのだった。「あ、その子は……一応、俺が……あのう」
「え、もしかして先約?」優香が訪ねた。
「いや、その……そうしたいんですけどね。よしよし元気だったかい?」そう言って男は仔猫に声を掛けた。
狂死狼はその男の雰囲気にとある独特なものを感じた。まだ若いようだが普通のサラリーマンではない気がした。
「じゃあ、もう引き取る手続きを?」
「いやあ……実はまだ飼う資格がなくて。そんなんじゃ何も言えないんだけど……うーん、いや、すみません」
「じゃあ、この子、私が保護しても」
「はあ……そうですねえ。どうにもなりませんよねえ」
未練たらたらの男は杉田と名乗った。警察署に勤めてるのだという。思った通りだ。狂死狼が感じたモノは正しかった。警察官独特の目つきや態度が一般人とは異質なものを備えているからなのだろう。
「とても気に入って育てたいのはやまやまなんですけど、独り者のワンルーム賃貸じゃ飼えないんで引っ越しも検討しながら今日様子を見に来たんですけどねえ……。まあでも早い者勝ちですから。諦めるしかないかな」名残惜しそうに仔猫を見つめていた。
「どうする?」
「うーん。そうね、じゃあ三日間考えてみて、そちらももし、飼える状況になってたらその時にまた話し合って決めましょう」
「あ、ありがとうございます。じゃあ連絡先を交換しましょう。決して怪しい者じゃありませんので」そう言って杉田は警察手帳を開いて見せた。どう考えても怪しいのはこっちの方なのに、その時は二人とも怪しさを微塵も感じさせない演技でやり過ごした。
三日後というのは優香の同棲相手、草野の殺人計画の日だった。
その後何も手掛かりがつかめない笠浦は元ヤクザの親分、井原源太の墓を訪ねることにした。かつて杉田の父親を些細なことから殺した張本人だ。獄中で肺炎を患い6年前ほど前に獄中死していた。
さすがにメンツを重んじる裏世界の住人だと感じる。その墓は、廻りを威圧するほどの大きなもので威厳を感じさせるものだった。きれいに清掃されていた。きっと手厚い寄付が寺に供与されているのだろう。
笠浦が近づくと、墓石の前に一人の年老いた男が手を合わせていた。その顔には見覚えがあった。警察署で何度も資料を見返した顔だ。まさしく昇を誘拐して殺したあの男だった。当麻重則。こんなところで会うとは……俺の捜査勘てのもまだまださび付いちゃいないな。笠浦はそう考えながら、逃げられないように廻りを確認しつつゆっくりと近づいた。
薄汚れたホームレスのような格好だった。捨てられた猫のように小刻みに震えている。
「あんたこんなところで何を。もう遅いかも知れないが、一刻も早く戻らんと、ムショに逆戻りだぜ」
「ああ……ううう……」うつろな目で老人は振り向いた。
「名前は? 自分の名前が言えるかい」笠浦は訪ねた。
「あうあう……あああううう」
老人はその反応も、みすぼらしい身なりも、かなり人として怪しいものだった。とにかく保護するしかないだろう。笠浦は警察署へと連行することにした。
続く




