フェリザイ奪還-2
2月5日 0731時 コソボ共和国 プリズレン
国境を越えたアルバニア陸軍と傭兵部隊の混成機甲部隊が轟音を立て、E851ハイウェイを進軍していた。ここはまだ戦場にはなっていなかったため、時折、通り過ぎた村や町の住人たちは何事かとこちらを怪訝そうな顔でしきりに見たり、中にはスマートフォンで写真を撮る者もいた。しかし、コソボ共和国の中で、セルビアの支配を受けていない場所は、もはやここしか無い状態だった。プリズレンの市内やその近郊では、セルビア軍から逃れて難民化したコソボ人が波のように押し寄せていた。コソボ政府やコソボ治安軍は、この街に司令機能の大半を移し、住民に対応していた。しかし、国土の大半を支配された状態、しかも、NATOからの支援も受けられない状況では、そこでできることなど、たかが知れていた。
ここからフェリザイへ行くには、南を通るルートと北を通るルートがある。プリズレンに到着した混成地上部隊の車列は、交互にそれぞれ南北へ分岐するルートへと分かれた。その途中で問題の地対空兵器の陣地が確認されているため、そこで最初の交戦になるはずだ。これらを排除次第、司令部に連絡を取り、航空部隊の援護を受ける事になる。しかし、戦車部隊はZSU-23-4と9K33―――NATOコードネーム、SA-8"ゲッコー"―――の自走式発射機以外に航空機に対する対抗手段が無いのが問題だった。航空戦力は、傭兵部隊を除けば、コソボ治安軍とアルバニア空軍が保有するごく僅かなMi-8"ヒップ"やAn-26"カール"という状況のため、貴重な航空機を気安く危険な任務に投入するわけにはいかなかった。しかし、一機だけ、彼らを援護している航空機があった。
2月5日 0734時 アルバニア ティラナ・リナ空港
スペンサー・マグワイヤと高橋正は、MQ-9のコンソールに座り、無人機のカメラから送信されてくる画像を確認していた。兵装はAGM-114LヘルファイアとGBU-12だ。リーパーは赤外線カメラ、光学カメラとISRレーダーによって地上の様子を捉えている。彼らは地上部隊と無線でやり取りをしているので、先行して偵察し、敵が待機指定そうな場所を知らせることができる。
「こちら"ドロイド"。そこから東に進んでくれ。今のところ、敵は確認できていないが、地雷が埋められていたり、ゲリラが隠れている可能性もある。残念ながら、埋められている地雷まではこのラジコン飛行機ではわからない。慎重に進んでくれ」
『了解、"ドロイド"。恩に着るよ』
マグワイヤはトラックボールを動かし、カメラをズームさせた。モニターには白黒の赤外線画像が表示されている。この無人機の赤外線センサーは、大人一人程度の熱源ならば簡単に探知できるので、ゲリラが潜んでいても見つけることは可能だ。
「なあ、スペンス。ちょっと先行して、対空兵器を探し出すのはどうだ?ジャマーも内蔵しているし、チャフ・フレアディスペンサーも取り付けておいただろ?」
高橋が提案した。確かに、無人機を使えば、デコイとしてミサイルを相手に発射させ、位置を探ることもできる。
「いや、ミサイルや対空砲はどれだけ配置されているかわからないから、そんなリスクは冒せない。それに、例え撃墜されずに生き残れても、自走式の発射機だろうからすぐに逃げられるだけだからやめておこう」
エプロンに並んだF-16CJやミラージュ2000などに対レーダーミサイルが搭載され始めた。航空作戦が本格的に始まった場合、まずは敵の防空網を壊滅させておく必要がある。既にセルビア軍がコソボ国内に移動式の防空レーダーを持ち込んでいることは確認済みで、航空機で侵入する場合は、それらを破壊しておく必要がある。
「セルビアの防空網だが・・・・」
ミハイル・ケレンコフがその場にいた傭兵パイロットたちに話しかけ始めた。
「多分、対空ミサイル用の移動式標的探知レーダーをそのまま使っているだろう。レーダーサイト自体はそれほど多く無いはずだ。だが、移動式の方が神出鬼没だから厄介だ」
「だが、AARGMを発射した場合、ミサイルに気づいてレーダーを切り、更に移動するとなると逃げ延びるのは難しいはずだ」
ジェイソン・ヒラタが反論する。
「ああ。確かに、HARMやAARGMになると、撤収にかかる時間なんて問題にならない程の速さだから、逃げることはできないだろう。問題は、奴らが最初からレーダー波を使わず、こちらに気づいたときだけレーダーを照射してくることがあるということだ。そうなると、破壊するのは難しいし、なによりこっちが逆にSAMにやられる」
「なあ、無人標的機ばら撒き作戦はどうだ?この前、UAEでやった時みたいに。今回は輸送機が2機あるから、もっとたくさん飛ばせるぞ」
ジョン・グラントが口を開いた。
「何だ?そのばら撒き作戦とやらは・・・・」
ボンダレンコが怪訝そうな顔でグラントを見た。
「輸送機から無人標的機をたっぷり投下するんだ。制御コンソールも輸送機に持ち込んで、飛行機からドローンを操作する。そうすると、奴らは無人機に気を取られるはずだ」
「それで、どうなったんだ」
「まあ、あの時は無人標的機を対艦ミサイル代わりにも使ったからな。その時、敵は騙されてくれたが、今回はどうだか・・・・・」
「最初は効果はあるかもしれんが、それに気づかれたら今度は、奴らは対空兵器を隠して、逃げてしまう。そうなると、本末転倒だ」
ケレンコフがそう指摘した。
「やはり、地上部隊がある程度対空兵器を排除してくれるのを待つしかないか。だが、本当にそんなやり方が効果があるのか?」
ハンス・シュナイダーは今回の対空兵器の排除する方法には、かなり懐疑的だった。
「アルジェリアで一度あるぞ。寧ろ、対空陣地というのは、機甲部隊やゲリラの攻撃にはびっくりするくらい弱いぞ」
ボンダレンコはそうシュナイダーに返した。




