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私立人道学園  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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12/12

罠

 昼食を食べた後、山下の指示により全員が寮へと戻された。自習とのことである。

 自習と言われても、いったい何をすればいいのだろう。テレビを観ていたら、怒られるのだろうか……そんなことを思いつつ、仕方ないので人道学園のパンフレットを見ていた。

 と、そこで先ほどの会話を思い出した。


(この学園は、デボン共和国と深い繋がりがあるようなのですよ)


 先ほど、灰谷が言っていたことだ。

 念のため、パンフレットを隅から隅まで見てみた。しかし、デボン共和国のことはどこにも書かれていなかった。写真もチェックしたが、それらしき外国人の姿などない。

 これは、どういうことなのだろう。

 

 その時、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 開けてみると、見知らぬ若者がいる。ジャージ姿で、年齢は二十歳前後だろうか。髪は短く、頬がこけている。ただし、目には異様な光が宿っている。

 若者は、その怖い目で天城を正面から見つめ、口を開く。


「あのう、君が天城光一くんだよね?」


「はい、そうですけど……」


 そうとしか言えなかった。いったい何者なのだろうか……と考える間もなく、若者は天城の腕をつかんだ。


「ちょっと来てくれるかな。山下先生に、大至急つれて来るように言われたんだ」


「えっ、僕をですか?」


 いきなりの行動に、天城は目を白黒させながら尋ねた。


「うん、そうなんだ。じゃあ、行こうか」


 有無を言わさぬ勢いだ。しかも力は強い。半ば引きずられるような状態だったが、天城はなおも尋ねる。


「ちょっと待ってください。山下先生が、僕に何の用なんですか?」


「さあ、俺は聞いてない。なんかね、プライベートな事情だから言えないんだって」


「プライベート?」


「なんだかよくわからないんだけど、とにかく大事な用なんだって。だから、すぐに来てよ」


 言いながら、天城を引きずるようにして進んでいく。その強引すぎるやり方に、天城は困惑しつつも答える。


「わ、わかりました」



 男に連れられ、天城は山の中を歩いていく。


「あの、山下先生はどこにいるんですか?」


 しかし、若者は答えない。それどころか、歩くスピードがさらに速くなっているのだ。このままでは、見失ってしまう。


「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! もう少しスピードを──」


 緩めてください、と言おうとした瞬間、天城は石に躓いた。バランスを崩し、思い切り転倒する。

 呻き声をあげながら、膝を押さえた。だが、すぐに顔をあげる。このままだと、若者の姿を見失ってしまうかもしれない。

 その瞬間、愕然となる。若者の姿は、どこにもないのだ──


「す、すみません! どこですか!」


 叫んだが、若者はどこにもいない。


「すみません! 僕はここです!」


 もう一度叫んだが、応える声はない。姿を現す気配もない。

 天城は立ち上がり、周りを見回した。もはや、自分がどこから来たのかもわからない。

 完全に遭難してしまったのだ……。


 なんだよ、これ?

 

 その時、天城は思い出した。入学早々、急斜面から落ちた。いや、正確には落とされたのだ。

 あの時は、灰谷がきてくれた。だが、今回も来てくれるとは……と思った瞬間、後方から草を踏みしめる音が聞こえてきた。

 振り返ると、やはり灰谷だった。


「やっぱり、こうなりましたか」


「は、灰谷くん……」


 安堵のあまり、天城はその場で崩れ落ちる。本当によかった。もし灰谷が来てくれなかったら、完全に迷子状態になっていた。


「ひとりでは戻れないでしょう。さあ、立ってください。一緒に寮に帰りましょう」


 言いながら、灰谷は手を伸ばした。半ば強引に、天城を立たせる。

 その時、天城の口から言葉が漏れた。


「これって、どういうことなの……」


「どういうこと、と言いますと?」


「知らない人が、僕を呼びにきた。山下先生が呼んでいる、だからついて来いって言われたんだ。だから、言われた通りについて行った。そしたら、いきなり……」


 呟くような口調で、今起きた出来事を伝えた天城。

 すると、灰谷はくすりと笑った。


「まだわからないのですか? 間違いなく、あなたを狙っている者がいるのですよ」


 その通りだ。灰谷に言われ、ようやく事の重大さが飲み込めてきた。

 思わず、大声で尋ねる。


「ね、ねえ! 僕はどうすればいいの!?」


「さあ、どうしましょうかね」


 灰谷の返事は呑気なものだった。どうでもいい、と思っているらしい。

 天城は顔を歪める。


「そんな! 他人事だと思って──」


「はい、間違いなく他人事ですよ。あなたは、僕にとって他人です。そのあなたに何が起きようが、僕にとっては他人事です。違いますか?」


 灰谷の言葉は間違いではなかった。しかし、その正しさが逆に気に入らない。天城は、なおも喚き散らす。


「じゃ、じゃあ、なんで僕を助けてくれたの!? 他人事だなんて言うんだったら、助ける必要なんかなかったじゃないか!」


 その時、灰谷は溜息を吐いた。


「呆れた人ですね。助けてもらった恩人に、そんなことを言うんですか」


「ご、ごめん」


 天城の勢いは消え失せ、すぐに謝っていた。確かに、灰谷の言う通りなのだ。

 灰谷は、これまで何度も自分を助けてくれた。そんな人間に、駄々っ子のような感情をぶつけてどうする……。


「ひとつ教えてあげましょう。神は、自ら助くる者を助く……という言葉があります。これを覚えておいてください」


 そう言うと、灰谷は学園があると思われる方角を向いた。


「とにかく、今は寮に戻りましょう。このまま山の中にいたら、確実に死にます」


「でも、学園には僕を殺そうとしてる奴がいるんだろ? そんなところに戻ったら──」


「では、このままひとりで下山しますか? そんなことをすれば、待っているのは確実な死ですよ」


 その言葉に、天城は黙るしかなかった。確かに、灰谷の言う通りなのだ。

 ここは山である。天城には、山歩きの経験などない。ましてや、下山など不可能だ。

 そんな天城の心を見透かしたかのような言葉が飛んできた。


「今のあなたには、寮に戻る以外の選択肢がないのです」


「そうみたいだね」


「ひとつだけ忠告しておきましょう。下手に騒ぎ立てると、かえって命取りになりますよ。ここはおとなしく、何も気づいていないバカのふりをして、やり過ごすんです」


 灰谷の言葉に、天城は頷いた……が、そこでひとつの疑問が浮かんだ。


「ねえ、君はなんでここに来たの? この学園の何を知っているの?」


「前にも言いましたが、時期が来たら、僕にわかっていることをお話ししましょう。しかし、今は無理です」


「そ、そうか……」


「その代わりに、もうひとつだけ教えてあげましょう。向こうは、あなたを事故死させるつもりのようです。つまりは、いきなりナイフを出して後ろから刺したり、襲いかかり首を絞めて殺すようなことはしてきません。これは断言できます」


「本当に?」


「はい。ただ、あなたが下手に騒いで事を大きくすれば、向こうもヤケになって襲ってくる可能性があります。だから、下手に騒ぐなと僕は言っているのですよ」


 そう言うと、灰谷は急に足を早めた。これ以上は話したくないのだろうか。

 どんな思惑があるのかは知らないが、このままだとまた迷子状態である。天城もまた、歩くスピードを早めた。どうにか、彼のペースについていく。

 思ったよりも早く、学園へと戻ることができた。




 その夜、天城はなかなか寝つけなかった。

 目をつぶると、様々な映像が浮かぶ。見たこともない男、山の中、そして灰谷……。


(あなたを狙っている者がいるのですよ)


 彼に言われた言葉が蘇る。では、誰が狙っているのだろうか?

 今のところ、一番怪しいのは山下だ。そもそも、あの急斜面から落ちた時……帰ってきた天城を見る目は異様だった。なぜ、お前が? とでも言わんばかりの様子だった。


 山下が、自分を狙っている。

 何のためかはわからないが、事故に見せかけ殺そうとしているのだ。おまけに、協力者までいるらしい。

 

 どうすればいい?


 わかるわけがなかった。頭の中を、様々な考えが駆け巡る。だが、どれひとつとして確証のないものばかりだ。

 そんな状況にもかかわらず、天城は眠りに落ちていった。山歩きで、疲れていたせいだろうか。

 天城は、泥のように眠った。











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