① 姫の突撃
「とつげきーーー!!」
カンカンと剣の音が響く、王宮内の訓練場ににてもにつかない少女の声が響き渡る。
どこで手にしてきたのか小脇には人形を抱え、手にした木刀を掲げて練習する騎士たちの足元で木刀を振り回し走り回るのは、この国の第一王女――6歳のアリザ。愛称はリズだ。
「わぁっ! アリザ様?!」
「え? アリザ様?!」
「とつげき!」
騎士たちの驚きの声にも楽しそうに木刀を振り回し、向かってくる。リズはこうしてたまにやってくる。それも決まってノアが討伐に出かけた日。
「わぁぁー! アリザ隊長の一撃、強すぎるー!」
「⋯⋯くっ、ここまでとは⋯⋯! これ以上の戦線は不可能だ!」
誰かひとりのやられた声を合図に、屈強な騎士達が次々と、大げさに頭を抱え地面に転がっていく。お転婆で自由奔放なリズを楽しませるための、彼らなりの全力の『お付き合い』だ。
「えへへ〜、私のかち! まだ、みんなとっくんが足りないぞ〜」
小さな隊長が白いひつじの人形『モコちゃん』を抱え、ふんぞり返って見せる。騎士たちは「さすがはアリザ隊長! もっと特訓します!」と頭を下げる。彼女がその場にいるだけで、殺伐とした訓練場の雰囲気が一気に明るく喜びに満ち溢れるのだ。
と、その時。訓練場の大きな扉が、重々しい音を立てて開いた。
「――ただいま帰還した」
冷徹王子と称される低く冷たい声。
討伐から帰還した、この国の第一王子であり、リズの父親――ノアだ。ノアの後ろには、討伐に同行または先に場を収めに行っていた精鋭たち。だが、その姿は一様にボロボロでヘトヘトだった。ノアの戦闘力が規格外すぎるので、ついて行くのに必死すぎて命を削る羽目になるのだ。
「あ! おとーしゃま!」
お父様の姿を捉えたリズは嬉しそうに、パタパタと駆け寄っていった。
「⋯⋯リズ、また居たのか」
頭を抱え呆れ混じりに言う、父を他所にリズはボロボロの騎士たちの姿を捉えると、拳をぐっと握る。
「たいへん! みんなボロボロ、元気にしなきゃ⋯⋯!」
正義感の強い小さな隊長は、母親のミラローズ譲りの『癒し』と『浄化』の魔法を発動させた。まだ、コントロールは未熟だか、『みんなを助けたい』という純粋な想いが、父親譲りの底なしの魔力が一気に引き出した。
「えいっ!」
小さな両手を広げた瞬間、凄まじい光りがドカンと広がっていく。訓練場全体に広がった光りが騎士たちの泥まみれな姿も、傷もみるみる塞がり、息も絶え絶えで重かった身体も一気に軽くなっていく。
「⋯⋯おっ、治った?」
「さすが、アリザ王女殿下」
6歳児の放った魔法はその場にいた全員を完全に一斉癒しという驚きの結果を起こす。
そして、その光は近くにいて、無傷でピンピンしていたはずのノアの体も容赦なく包み込む。
「⋯⋯はぁー」
光の収まった中心で、ノアが盛大にため息をついた。
魔物討伐での疲れは皆無なはずのノアも、日々のちょっとした疲れや、毎日のミラローズへの看病(という名の魔力供給のスキンシップ)による寝不足までもが、強制的にスッキリとリセットされてしまったのだ。
「⋯⋯まったく、加減というものを覚えるんだな、リズ。⋯⋯ほら、戻るぞ。お母様が心配している」
ノアはいつものように、リズのドレスの後ろ襟を、ひょいと掴み上げた。モコちゃんを抱えながら、空中で足をバタバタさせる。
「わぁぁー! 離してー、おとーしゃまー!」
ちょっと楽しそうに声を上げているリズは、この父に構ってもらえるときを楽しんでいた。
持ち上げられ、楽しそうにしていたリズの顔がニッと笑い、父親の図星をつく名ツッコミを入れる。
「心配してるのは、おとーしゃまのほうでしょー」
「⋯⋯⋯、」
「おかーしゃまが心配してるんじゃなくて、おとーしゃまが早くおかーしゃまとベタベタしたいからでしょー!」
核心を突かれた、ノアは一瞬だけピクっと眉を動かし、気まずそうに視線を逸らした。
だか、否定はしない。無言のままあからさまに城へ戻る足を速める。
襟首を掴まれゆらゆら揺れるリズはしっかりモコちゃんを小脇に抱え、凄まじいスピードで回路を進む父を見上げながらニヤニヤとしながら心の中で笑っていた。
(おとーしゃま、わかりやすーい!)
急ぐ足が速まるのは、お母様のいる場所に近づいている証拠だ。
やがて見慣れた扉が見えてくる。そこに、待ちきれないとばかりに扉を押し開けた。それと同時に掴んでいたリズの襟首を離し中へポイッと入れ、ノアはなんの躊躇もなくミラの元へまっすぐ向かう。
「ミラ、ただいま。無事だった? なんもない?」
「大丈夫ですよ。おかえりなさいノア様、リズ」
専用の場所になっている図書館の定位置で本を読んでいたミラローズが、パッと顔を上げ微笑んだ。その顔を見た瞬間ぎゅーと腕の中へ閉じ込める。肩口に顔を埋め愛おしそうに笑って言う。
「ほんとに、なんもない?」
「ふふっ⋯⋯大丈夫ですよ? 」
ミラローズは呆れつつも、甘えたな夫の頭を愛おしそうに撫でる。
一方ポイッと下ろされて床に着地していたリズは、両親の抱擁を眺めながらも、キッズスペース(自分の)まで来るとこれ以上ないほどニコニコ笑いながら言った。
「ほらー! リズのいったとおりじゃない!」
「なんのお話かしら? リズ」
「おとーしゃまが、リズをエサにしておかーしゃまとベタベタしたかっただけなんだよー」
「リズ⋯⋯!」
少し手を緩め顔を上げたノアは低く、決まりの悪そうな声を上げる。
くすくすと笑い声をあげミラローズは愛おしい夫の頭を撫でていった。
「⋯⋯ふふっ。ノア様ったら、リズにそこまで見透かされているなんて。かわいいお父様ですね」
バツが悪そうな顔をしつつも観念したようにミラの肩口に額を押し当ててぎゅーとミラを抱き込んだ。
部屋の隅で見ていたクロエもその親子の微笑ましい光景に思わず口元に手を当ててくすくすと笑った。
お転婆をして、お父様に捕まって、大好きな両親の元へ帰ってくる。
コントロールはまだ未熟で、たまに周りをびっくりさせてしまうけどリズの周りはいつも、この温かい家族の笑い声と幸福に満ち溢れている。
『幸運の姫の自由奔放な気ままライフ』はまだ始まったばかりだった。




