1.父の死
父の再婚は、はっきりと言って最低だった。
継母となったカルシア、義妹となったクーレリア、二人は凡そ良い性格とは言えない者達だった。他者を見下す彼女達のことを、私は家族などとは思えなかった。
「……アルティナ、そこにいるか?」
「ええ、お父様、ここにいます」
「カルシア、クーレリア、どこだ……」
「ここにいますよ、あなた」
「お義父様……」
父の再婚から一年が経った頃、父の病が発覚することになった。
余命半年、それを聞かされた時には流石に驚いた。それに、とても悲しかった。
再婚相手を見定める目がなかったとはいえ、それでも父は立派な人だったといえる。
民のために身を粉にしていたし、民からも慕われていた。私も貴族としてそうなりたいと、思っていたのだ。
その父の命が、今亡くなろうとしている。私はその事実に、打ちのめされていた。
とはいえ、父の死に目にはきちんと立ち会っておきたかった。これが最期なのだから、きちんと別れを告げておきたい。
「私は幸せ者だな、これ程の人達に見守られながら、逝けるのだから……」
「お父様、そんな……」
「アルティナ、心配するな。私が死んでも、オーヴァン伯爵家は問題ない。お前がいるからな。それに、二人もいる……」
父は苦しそうにしながらも、私に話しかけてきた。
その論に同意できる訳ではないが、今は黙っておく。父にはこのまま、再婚相手と連れ子が温かな人だと思ったままで、いて欲しかったから。
今になって事実を告げるのも、酷というものだ。この二人もきっと、父の前では猫を被ることだろうし。
「カルシア、すまなかったな。結婚して早々、お前を残して逝くことになるとは……」
「いいえ、お気になさらないでください。短い間でしたが、あなたと夫婦として過ごした時間は、とても楽しいものでした。私にとって、掛け替えのない日々です」
「オーヴァン伯爵家のことを頼む……お前ならばきっと、アルティナを正しく導いていけることだろう。私はそう、信じている」
「もちろんです」
私の予想通り、義母であるカルシアはお父様の言葉に頷いていた。
当然のことながら、彼女にオーヴァン伯爵家を任せるなんてことはない。そんなことをしたら大変なことになる。
お父様が何故、カルシアの本性を見抜けなかったのか。それはよくわからない。
いつもは鋭いはずなのだが、愛情という熱に浮かれてしまったとでもいうのだろうか。
「クーレリア、お前にも謝らなければならないな……父親として、私はお前に何もしてやれなかったといえる」
「いえ、そのようなことはございません、お父様。お父様の愛情というものを、このクーレリアはよく理解しております」
「そう思ってくれているというならば、私としては嬉しいものだな……」
お父様は、妹のクーレリアにも話しかけていた。
彼女は、目に涙を浮かべている。ただそれが本心からのものなのかはわからない。
クーレリアはカルシアによく似ている。見た目も中身もだ。
そんな彼女にも、当然オーヴァン伯爵家の事柄に関わらせてはいけない。その辺りに関しては、私がこれから目を光らせていかなければ。
「……使用人の皆も、ありがとう。君達の支えがあってこその、オーヴァン伯爵家だ。これからもどうか、家族を支えてやってくれ」
「旦那様……もちろんです」
「ええ、後のことはどうかお任せください」
お父様は、使用人の皆にも言葉をかけていた。
私が幼少期の頃から仕えている人達は、父に各々返答していた。当然のことながら、色々と思う所があるのだろう。
それを聞きながら私は、義母と妹の方に視線を向けた。
二人は何かを話している。それが少し気になった。また何やら、悪だくみでもしているのではないかと。
「アルティナ……お前は本当に、立派になったものだな。あちらで色々と土産話ができた。聞かせてやらなければな、娘の成長を……」
「お父様……」
お父様は、目を瞑りながら呟いていた。
それは私に向けたもの、という訳でもないような気がする。ふと零れた言葉というか、無意識に思っていることを口にしたといった感じだ。
お父様の命が、尽きようとしている。
それを理解した瞬間、こみ上げてくるものがあった。
しかし私は、これからのオーヴァン伯爵家を背負っていく身だ。気を強く持たなければならない。これからのためにも。
「お父様、オーヴァン伯爵家のことはどうかお任せください。お父様の意思を受け継ぎ、私がこのオーヴァン伯爵家を背負っていきます」
「……」
私の言葉に、お父様は笑みを浮かべてくれた。
それが最期だった。お父様の体から、力が抜けている。生気がないということが、一目見てわかった。
「……ご臨終です」
立ち会ってくれていた先生から告げられて、私は項垂れる。
父の死というものは、重くのしかかってきた。覚悟していたことではあるが、いざ事実を告げられると冷静ではいられなかった。
しかし私には、まだやるべきことがある。伯爵の死、それは重大なことだった。私は娘として、それらの後処理を行わなければならない。
だから落ち込んでいる暇などないのだ。そう自分を奮い立たせる。
「……ふっ」
「……クーレリア、やめなさい」
私が顔を上げた瞬間、短い笑い声のようなものが聞こえてきた。
それが聞こえてきた方向に、私は視線を向ける。すると妹のクーレリアが、笑みを浮かべていた。彼女はお父様の死に顔を見て、嘲笑っている。
「クーレリア、あなた、どういうつもりかしら?」
「あら? これはすみません。少し、色々なことを思い出していまして……まあ、些細なことですからお気になさらず」
「……」
私から質問を受けても、クーレリアは笑みを浮かべたままであった。
それは、父に対する侮辱であるように思えた。彼女は一体どの口で、お父様の最後の言葉に応えていたというのだろうか。
「……クーレリア、やめておきなさい」
義母であるカルシアは、クーレリアを諫めようとしていた。
彼女の方は、一応取り繕う意思があるということなのだろう。
ただカルシアは、冷たい視線をお父様に向けていた。やはり彼女の中には、お父様に対する愛情などはなかったということだろう。
「わかりました、お母様」
「……これ以上ここにいても、無駄なことね。行きましょう、クーレリア」
「はい」
これ以上クーレリアが失言を零すことを恐れたのか、カルシアは彼女を連れて部屋から出て行った。
本当にどうしてお父様は、再婚なんてしたのだろうか。私はまた、そのようなことを思ってしまった。あの二人の本性を見抜けなかったなんて、なんとも悲しいものである。
だが、あの二人がオーヴァン伯爵家を脅かすことはない。お父様が亡くなった今、最早躊躇う理由はなくなった。
オーヴァン伯爵家を背負う者として、私は務めを果たすとしよう。それが私の使命なのだから。
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