表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『普通の恋が、したかった。』  作者: vastum


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/41

第39話 変わっていくもの

月曜日。


文化祭まで、あと一週間。


教室へ入った瞬間、朝比奈湊は少しだけ驚いた。


完成してきている。


後ろには射的ブース。


壁には飾り。


窓側には背景。


先週までは“準備中”だった教室が、ちゃんと文化祭の教室になり始めていた。


「うわ、もう結構できてる」


湊が思わず言うと、藤堂が振り返る。


「だろ?」


なぜか得意げだ。


「俺たち頑張ったからな」


「お前、一番楽しんでるだろ」


「祭りだから!」


「もういいって」


教室に笑いが起きる。


その空気の中で、湊は少しだけ立ち止まった。


一ヶ月前とは、かなり違う教室だった。


空気も。


距離感も。


自分自身も。


「おはよう、湊」


隣から声。


栞だった。


今日は髪を少しだけ後ろでまとめている。


たぶん邪魔だったのだろう。


でも、その少し変わった感じが妙に目を引いた。


「……おはよう」


栞が少し笑う。


「また見てた」


「いや」


「最近ほんと隠さない」


図星だった。


湊は少しだけ視線を逸らした。


「髪、まとめてるなって」


「作業しやすいから」


栞はそう言いながら席へ座る。


その何気ない仕草を、湊はまた見てしまう。


本当に最近、自分でも分かるくらい視線が向いていた。


ホームルーム。


山崎が教卓の前で言う。


「今週が勝負だからなー。本番近いぞ」


教室が少しざわつく。


本番。


その言葉が、妙に現実感を持って響く。


「あと一週間か……」


倉田がぼそっと言う。


「早くね?」


藤堂も珍しく同意した。


「なんか一瞬だったな」


その言葉に、湊は少しだけ胸がざわつく。


一瞬。


たしかに。


毎日が濃すぎて、気づけばここまで来ていた。


一時間目。


授業は相変わらず半分文化祭モードだった。


先生ですら少し浮ついている。


湊はノートを取りながら、ふと教室を見回した。


前より、みんな笑う回数が増えている。


話す相手も増えている。


文化祭準備が、ちゃんとクラスを変えていた。


「湊」


小さい声。


隣。


栞。


「ん?」


「今日、ちょっとぼーっとしてる」


「考え事」


「文化祭?」


「まあ」


栞は少しだけ頷く。


「終わるの、早そう」


その言葉に、湊は少し黙った。


最近、みんな同じことを言う。


終わるのが早そう。


終わってほしくない。


その感覚が、教室全体にある気がした。


「でも」


栞が小さく続ける。


「今の空気、結構好き」


湊は少し笑う。


「俺も」


その時、ふと思う。


栞と“同じ”が増えた。


最初は偶然だった。


でも今は、感覚そのものが近づいている気がする。


昼休み。


今日は珍しく、クラス全体で文化祭の最終確認みたいな空気になっていた。


「シフトどうする?」


「景品追加いる?」


「看板まだ未完成」


みんな自然に動いている。


誰かが指示している訳じゃない。


でも、ちゃんと回っている。


その感じが少しすごかった。


「朝比奈」


藤堂が急に言う。


「何」


「お前、変わったよな」


湊は少し止まる。


「急に何」


「いや、最初もっと静かだった」


倉田も頷く。


「たしかに」


三橋も静かに言った。


「今、普通にクラスの中心いる感じ」


その言葉に、湊は少しだけ戸惑う。


中心。


そんなこと、今まで言われたことがなかった。


「別にそんな……」


「いやいるって」


藤堂が笑う。


「文化祭準備もめっちゃやってるし」


「雨宮さんともずっといるし」


最後が余計だった。


でも、否定しようとして少し止まる。


“ずっといる”。


それは、たしかにそうだった。


授業。


放課後。


帰り道。


休日。


気づけば、ほとんどの時間に栞がいる。


そのことが、今ではかなり自然になっていた。


「湊」


栞が小さく呼ぶ。


「ん?」


「今、ちょっと嬉しそう」


「何が」


「変わったって言われたの」


湊は少しだけ笑った。


「まあ、悪くはない」


栞はその返事を聞いて、小さく頷いた。


「私も、変わった気する」


その言葉に、湊は少しだけ驚く。


「栞も?」


「うん」


栞は少し考えるように視線を落とした。


「最初、こんなにクラスの人と話すと思ってなかった」


「たしかに」


「文化祭準備とか、もっと疲れるだけかと思ってたし」


でも今、栞はちゃんと笑っている。


クラスの輪の中にいる。


それが、湊にはかなり嬉しかった。


放課後。


今日も準備。


でも、もう“作る”というより“仕上げる”段階だった。


教室の空気も少し変わっている。


完成が近い。


その実感がある。


「朝比奈!」


藤堂が看板を持ちながら叫ぶ。


「ここどう?」


「文字でかすぎ」


「勢いだろ!」


「文化祭に勢い求めすぎ」


教室に笑い声。


その中で、湊はふと立ち止まった。


夕方の教室。


騒がしい空気。


オレンジ色の光。


そして、そこにいるみんな。


この景色を、たぶん自分はずっと覚えている。


そんな気がした。


「湊」


栞が近づいてくる。


「ん?」


「背景、完成した」


窓側を見る。


大きな背景。


クラスみんなで作ったもの。


ちゃんと文化祭っぽかった。


「すごいな」


湊が素直に言うと、栞は少し照れたように笑った。


「みんな頑張ったから」


その“みんな”の中に、自分たちがいる。


そのことが、少し嬉しい。


夕方。


作業がひと段落する。


みんな疲れていた。


でも、どこか満足そうだった。


倉田が椅子へ座りながら言う。


「なんか、終わるの嫌になってきた」


「分かる」


藤堂も珍しく静かに頷く。


三橋が窓の外を見ながら言った。


「でも、終わるから楽しいのかもね」


その言葉に、教室が少し静かになる。


終わるから。


たしかにそうかもしれない。


ずっと続くものじゃない。


だから、今が特別に感じる。


帰り道。


夜風が少し涼しかった。


駅へ向かう道を、二人で歩く。


今日は、どちらからともなく少し静かだった。


「湊」


栞が小さく呼ぶ。


「ん?」


「変わったって言われてたね」


「ああ」


「嫌じゃなさそうだった」


湊は少し考える。


それから、正直に言った。


「前なら嫌だったかも」


「今は?」


「今は……悪くない」


栞は少しだけ笑った。


「そっか」


「栞は?」


栞は少し空を見上げた。


「私も、今の方が好き」


その言葉が、静かに胸へ落ちる。


今の方が好き。


それはたぶん、学校も。


クラスも。


そして。


今の自分たちの距離も含めて。


駅が見えてくる。


電車が来る。


二人で乗る。


今日は座れなかった。


並んで立つ。


吊り革を持ちながら、湊は窓の外を見た。


流れていく夜の街。


「湊」


「ん?」


「文化祭終わっても、変わらないといいね」


その言葉に、湊は少しだけ息を止めた。


変わらない。


何が。


クラスか。


放課後か。


それとも。


自分たちの関係か。


湊は少しだけ笑った。


「……変わっても、悪い方じゃなければいい」


栞は数秒黙って、それから小さく笑った。


「それ、ずるい答え」


「普通」


「便利」


二人で少し笑う。


電車が揺れる。


文化祭は、もうすぐそこだった。


そして同時に。


今の時間が、少しずつ特別なものになっていることを、湊はちゃんと感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ