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『普通の恋が、したかった。』  作者: vastum


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第33話 文化祭準備

連休明けの月曜日。


学校全体が少しだるそうだった。


「眠い……」


「まだ休みでよくない?」


「課題終わってない」


そんな声が教室中から聞こえてくる。


朝比奈湊も、正直かなり眠かった。


昨日の夜、栞とのLINEが思ったより長引いたせいだ。


『昨日、普通に可愛かった』


自分で送ったその言葉を思い出すだけで、まだ少し恥ずかしくなる。


でも、不思議と後悔はしていなかった。


栞も『ちょっと嬉しい』と言ってくれたから。


教室へ入る。


窓際から入る朝の光。


ざわざわした空気。


そして。


「おはよう、湊」


隣の席。


栞。


それだけで、少し眠気が飛ぶ。


「おはよう」


湊が座ると、栞が小さく言った。


「今日ちょっと眠そう」


「誰かさんのせい」


「昨日?」


「昨日」


栞は少しだけ口元を緩めた。


「長かったね」


「気づいたら十一時過ぎてた」


「高校生っぽい」


またそれだ。


でも最近、その言葉が嫌じゃない。


むしろ少し嬉しい。


「栞も眠そう」


湊が言うと、栞は素直に頷いた。


「ちょっと」


「珍しい」


「昨日、寝る前に色々思い出してた」


その言葉で、湊の心臓が少し跳ねる。


「映画?」


「うん」


「……俺も」


二人で少しだけ笑う。


その空気が、妙に落ち着いた。


ホームルーム。


山崎が教卓を軽く叩く。


「はい、連休終わり。現実戻れー」


教室から小さいため息。


「あと、今日から文化祭準備少しずつ始めるからな。放課後、係ごとに軽く集まってくれ」


その言葉で、教室の空気が少し変わる。


文化祭。


最近ずっと話しているけれど、いよいよ本格的に始まる感じがした。


藤堂が後ろから言う。


「来たな、青春イベント」


「お前ほんとそれ好きだな」


湊が返す。


「だって青春だろ」


「語彙力」


倉田が笑う。


三橋は静かにプリントを見ながら言った。


「でも楽しそうではある」


その言葉に、湊は少し頷いた。


たしかに楽しみだった。


クラス全体で何かを作る。


そんな経験、中学ではあまりなかったから。


一時間目。


授業は相変わらず少しだるい空気だった。


でも、文化祭準備の話が出たせいか、教室全体にどこか浮ついた感じがある。


湊はノートを取りながら、ふと隣を見る。


栞は真面目に板書していた。


でも、たまに小さくあくびを噛み殺している。


珍しい。


湊はノートの端に小さく書いた。


『眠い?』


栞がちらっと見て、小さく頷く。


『少し』


そのあと追記。


『昨日、嬉しくて寝れなかった』


湊は危うくペンを落としかけた。


隣を見る。


栞は普通の顔をしている。


でも、耳が少し赤かった。


湊はしばらく何も書けなかった。


『……急にそういうこと言うな』


やっと返す。


栞は少し笑った。


『本音』


もう最近、この流れが定番になっている。


そして毎回、湊の心臓が負ける。


昼休み。


教室は文化祭の話題でいっぱいだった。


「段ボールどれくらいいる?」


「景品買い出しどうする?」


「射的の試作品作りたい」


藤堂が異常にやる気を出している。


「輪ゴム鉄砲、俺改良したから」


「まだやってたのか」


「文化祭なめんな」


倉田がぼそっと言う。


「一番楽しんでるだろ」


「当たり前」


そのやり取りを見ながら、湊は少し笑った。


クラスがちゃんとまとまり始めている。


最初の頃より、みんな自然に話している。


それがなんとなく嬉しかった。


「湊」


栞が小さく呼ぶ。


「ん?」


「今日、放課後忙しくなりそう」


「係分担?」


「うん」


「まあ準備委員だしな」


栞は少しだけ頷いた。


「でも、嫌じゃない」


湊は少し笑う。


「俺も」


放課後。


教室の空気は、一気に文化祭モードになっていた。


机を動かす音。


係ごとの集まり。


わいわいした声。


普段の放課後よりずっと騒がしい。


湊と栞は、準備委員として係の確認をしていた。


「呼び込み、藤堂くん」


「予想通り」


「景品管理、倉田くん」


「寝そう」


「でも合ってる」


二人で少し笑う。


その時、藤堂が輪ゴム鉄砲を持ってやってきた。


「見ろ」


「早いな」


「試作品」


湊は受け取ってみる。


意外とちゃんとしている。


「普通に飛びそう」


「だろ!」


藤堂が得意げに胸を張る。


栞も少し興味深そうに見ていた。


「危なくない?」


三橋が後ろから冷静に聞く。


「そこは調整する」


「学校だからね」


「分かってるって」


教室に笑いが起きる。


その空気が、すごく文化祭っぽかった。


放課後の教室。


夕方の光。


みんなで何かを作っている感じ。


湊はその空気の中にいる自分が、少し不思議だった。


前なら、こういう輪の外にいた気がする。


でも今は違う。


ちゃんと混ざっている。


しかも、その中心近くにいる。


「朝比奈」


藤堂が肩を叩く。


「何」


「段ボール運ぶの手伝え」


「急だな」


「青春は体力」


「意味分からん」


でも、湊は立ち上がった。


倉庫から段ボールを持ってくる。


倉田が途中で「重い」と騒ぐ。


三橋が黙って整理する。


栞は係ごとのプリントをまとめている。


その全部が、妙に楽しかった。


作業が少し落ち着いた頃には、外はかなり暗くなっていた。


教室に残っている人数も減っている。


湊は机に軽く座りながら息を吐いた。


「疲れた」


「でも、ちょっと楽しい」


栞が言う。


「分かる」


「文化祭って感じしてきた」


湊は窓の外を見る。


グラウンドのライト。


夕方の空。


少し湿った春の空気。


その中で、栞が隣にいる。


「湊」


「ん?」


「連休明けなのに、今日ちょっと好きかも」


湊は少し笑った。


「珍しいな」


「普通はだるい」


「たしかに」


「でも今日は、なんかちゃんと学校だった」


その言い方が、少しだけ分かった。


授業だけじゃない。


放課後。


準備。


みんなで騒ぐ感じ。


そういう全部込みで、“学校”だった。


「高校生っぽい?」


湊が聞く。


栞は少し笑う。


「かなり」


帰り道。


今日は少し遅くなったせいで、空気が涼しかった。


駅へ向かう道を、二人で歩く。


少し疲れている。


でも、不思議と心地いい疲れだった。


「湊」


栞が小さく呼ぶ。


「ん?」


「昨日のやつ」


「昨日?」


「可愛かったって」


湊は一瞬止まりそうになる。


「今それ言う?」


「思い出した」


「忘れろ」


栞は少し笑った。


「無理」


「なんで」


「嬉しかったから」


その言葉で、また心臓がうるさくなる。


でも今日は、前より少しだけ落ち着いて受け止められた。


嬉しかった。


そう言ってくれること自体が、かなり嬉しいから。


駅に着く。


ホームには帰宅する人たち。


電車が来る。


二人で乗る。


今日は座れなかった。


並んで立つ。


少し疲れているせいか、沈黙が多い。


でも気まずくない。


むしろ落ち着く。


栞が窓の外を見ながら言った。


「文化祭、ちゃんと楽しくなりそう」


湊は小さく頷く。


「うん」


それはたぶん、出し物が面白そうだからだけじゃない。


このクラスだから。


この空気だから。


そして。


隣に栞がいるから。


湊はそう思っていた。

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