第75話 みんなで引っ越そう
今日は成瀬さんの初収録。
声優経験ゼロ。
演技経験もたぶんゼロ。
本職はクビになりそう。
自分で連れて来ておいてあれだけど、大丈夫かしら。
「おはようございまーす!」
「おはようございます」
成瀬さんはなぜかお兄ちゃんと一緒にスタジオに現れた。
「今朝のカリカリベーコン、美味しかったなぁ!」
「朝からテンションが高すぎません?」
「これでも緊張してるんですよ!」
朝食を一緒に……食べた?
お兄ちゃんと??
「日向さんおはようございます! いやー、緊張しますね!」
そう言いながら笑ってるけど、全然緊張しているようには見えない。
むしろいつもよりテンションが高いような。
「お兄ちゃんと一緒に来たの?」
「いやー住んでたアパートが火事になっちゃって! 安アパートで気に入ってたんだけどねー!」
「大丈夫だったの!?」
「元々荷物少なかったし、家にいたから財布とスマホ持って逃げられたんだよね。いやー、ラッキーだった!」
家がなくなったのに!?
「緒方さんに連絡したらすぐに来てくれてさー、火元の人とか管理会社とかに、賠償がどうとか保険がどうとか話してたよ!」
「さすがお兄ちゃん」
「この件でしばらく休む連絡を入れたら、カメラマン見習いの方はその場でクビになっちゃってー」
なんで!?
元の雇い主、人の心がないの!?
「その流れで今は緒方さんの家に居候!」
「すごい! 私もお泊りしたい!」
「……なるほど。こはるさん、今の住居から引っ越すことはできますか? 私が住んでいる建物の同じフロアに、まだ空室があります」
「引っ越す!」
「皆さんおはようございます」
お義母さんが出勤してきたので、ダッシュで駆け寄って手を取った。
「お義母さんも引っ越そう! 一緒に!」
「げっふんげっふん!」
死にそうな咳に視線を向けたら、お義父さんが床と仲良くしていた。
「良い物件でも紹介してくれるの?」
「分かんない! でもお兄ちゃんがまだフロアに空き部屋があるって!」
「物件はこちらになります。家賃は天引き可能、スタジオまで徒歩数分の好物件です」
お兄ちゃんがタブレットで条件を見せてくれた。
お義父さんの介護はいいのかな?
……ああ!
ダメージを受けて動揺している隙に契約を結んじゃう、いつもの戦法ね!
「待って、白藤さん、緒方君のことだから何か罠が…………これ僕の住所と同じじゃない?」
残念、お義母さんを説得する前にお義父さんが復活しちゃった。
にこりとお兄ちゃんがタブレットを私とお義母さんに見えるように持ち直し、とてもいい笑顔を浮かべた。
「こちら、監督と同じフロアの部屋になります。マンドラゴラ戦隊の収録スタジオとも同じ建物です」
「あら、じゃあ私が引っ越すのは修司さんの部屋になるのかしら?」
「はい」
「何で僕と白藤さんの同棲の決定権を緒方君が握ってるの!?」
ここでお義母さんがそっと視線を下にずらした。
わぁ色気がすごぉい。
「……修司さん……私と暮らすのはお嫌なんですか?」
「そんなことないよ!」
「では引っ越しの手配をお願いしますね」
「承知しました」
お義父さん……弱い。
「愉快な親子ですねー!」
「えへへ」
褒められちゃった。




