第九十三話 日本海防衛戦
第九十三話 日本海防衛戦 1
サイド アリス
星と月だけが照らす、人気のない浜辺で自衛隊の部隊と合流予定だ。少し早くついてしまっただろうか。
「なんで私がこんな……」
「マスター?」
「な、なんでもないです!?」
もこもこのコートを着込んでぶつぶつと言っているマスターに顔を向ける。
「私はこれより数日程ユーラシア大陸に行っております。ティターニアも共に行きますので、マスターは一人になってしまいます」
自分も大陸に連れていかれると思っていたのだろう、マスターが露骨に嬉しそうな顔をする。
「その間はマスターのお姉さんに『お願い』しておりますので、ご安心ください」
「え……」
上げて落とすとはこの事だろうか。私にその意図はないのだが、少しだけ悪い事をしたかもしれない。今度からはあまり期待させない方がいいだろうか。お姉さんに『色々』持たせているのだが……まあ、それは言わなくともいいか。
気配を感じてそちらに目を向けると、自衛隊の部隊と思しき人達が音もなくやってきていた。
「お早い到着ですね。予定より二十分は早いですが」
「え、私そんな早くに連れてこられてたの?」
「レディを待たせるわけにもいかんと思って早めにきたのだがな。待たせてしまったようですまない」
自衛隊の隊長さんが淡々とした声で言ってくる。覆面で顔は見えないが、少なくとも笑顔ではないだろう。彼らもかなりタイトなスケジュールで動いているのだろうし、今回の件はかなり無理をしているに違いない。
「いえいえ。私達も今来たところですので」
「私、三十分ぐらいここで待たされてたんだけど?」
自衛隊の人達は静かに整列しているが、全員使い魔を召喚済み。提げられているアサルトライフルに指がかけられているあたり、彼らは私達が北之園連邦国家の時何をしたのかを知っているのだろう。
「事が事ですので、もう行ってしまいましょうか」
ジャバウォッキーを召喚すると、自衛隊の皆さんが露骨に警戒を強める。まあ、当然か。
紅茶を取り出すと、カップの中身を霧化させてジャバウォッキーの口の中へと送り込む。すると、数秒で元々大きかった体が巨人のそれに変わる。
では、予定通りお運びします。ご安心を事前にお伝えした通り、皆さんがお乗りになった後にはステルス状態にいたしますので、そう簡単に感知される事はありません」
「……わかった」
跪いて両手を重ねて地面に置いているジャバウォッキーの手の平の上に自衛隊が乗り込んでいく。
「ではマスター、ティターニアを」
「はいはい……ティターニア」
召喚されたティターニアが、こちらを強く睨みつけてくる。
「……相変わらず、使い魔にあるまじき不遜な態度ですね、アリス」
「私なりにマスターを思った結果ですよ」
笑顔で返したのだが、ティターニアはその美しい顔をピクリとも動かさず、殺気さえ送ってくる。彼女にもそろそろわかってほしいのだが、なまじ強力な使い魔だけあって『お説教』が効かないのが大変だ。まあ、少なくともマスターに害意はないと理解はしてくれているようなので、後ろから撃ってきたりはしないだろう。……しないよね?
「では、マスター、行ってまいります」
「あー、うん。いってらっしゃい。……二度と帰ってくんな」
なにかぼぞりと聞こえた気がするが、気のせいだろう。とりあえず絶対に帰ってこよう。
ジャバウォッキーに自衛隊が全員乗ったので、新しい紅茶を出して霧化させる。それがジャバウォッキーを包み込むと、その姿を完全に透明にする。
これにより魔力的にもレイダーやソナーといった物理的な手段でも補足は不可能だ。まあ魔餡もちには無意味だが。そもそも魔眼もち自体貴重なのでそうそういないだろう。
「ティターニア。貴女も乗っていきますか?」
「なめるな。私が貴様のおもちゃ程度に劣るとでも思ったか」
ティターニアの翅からでた鱗粉により、彼女を認識できなくなる。その力、矢橋さんとの戦いでも使っていれば……いや、魔眼のせいで無効化されるか。視覚に影響を与える類と本当に相性が悪い。というか正面からの殴り合い以外全部潰してくるな矢橋さん。しかも相手は普通に不意打ちしてくるし。
「それで、このジャバウォッキーとやらはどれぐらいのスピードが出せる。我々にはその情報がまだ伝えられていない」
「ご安心を。離陸から三秒後に音速に到達します。すぐに目標地点につきますよ」
「待て。いま音速と」
自分もジャバウォッキーに乗り込んで自衛隊の隊長に教えてあげる。彼らもすぐについた方がいいだろう。ジャバウォッキーには頑張ってもらうとしよう。
「では参りましょう。ジャバウォッキー」
「わかった。別の手段がないか上に問い合わせる。ちょっとまっ」
離陸の衝撃でマスターが吹き飛んだが、まあダメージの肩代わりがあるので大丈夫だろう。いってきます、マスター。必ず御身の元に戻ってきます。
* * *
サイド 矢橋 孝太
昨夜、自衛隊が大陸に向かったと井沢さんから連絡があった。自分は自衛隊のハンドラー部隊がいたという基地にいる。
学校には公欠扱いになっているが、段々出席日数が不安になってきた。いや、まあまだ大丈夫か……?
ちなみに、勉強面の遅れは大丈夫だ。自分には紅蓮がいる。そう思っていたのだが……。
「あ、孝太さんそこ間違っています。そこはここの公式を使ってください」
「はい……」
現在、百合に勉強を見てもらっていた。
おかしい。おかしくない?こっち二年生。相手一年生。逆では?どうも、百合は既に高校で、少なくともうちの高校で習うような事は全て納めているらしい。マジか。
努力を積んできた天才に凡人は勝てないのだと痛感する。それはそれとして教え方が上手いので、すごくわかりやすい。元々そんなプライドなんてないので、ここは厚意に甘えさえてもらおう。
なお、正樹さんはやたらニヤニヤしてどこかにいってしまった。彼も勉強とかあるはずだが、いいのだろうか。まあ、百合が『兄様には兄様で特別メニューをやっていただきます』と言っていたから、逃げられはしないだろう。
予定では自衛隊が自称神聖ロマノフ帝国から日本人を奪還してくるのに三日だとか。その間自分を含め政府が極秘に集めた戦力で日本海を守る事になる。
といっても、基本的には残っている自衛隊の部隊が対処するから、よほどの大攻勢でもないかぎり自分達に出番はないだろう。ここでのんびり過ごさせてもらうとしよう。
現在自分は基地内にある食堂で勉強しているのだが、周りからの視線が痛い。まあ、これだけの美少女に勉強を教えてもらっているとか、殺意を向けられてもおかしくないか。
なにやら『正樹!俺の女になれ!』とか『貴女と僕は運命の赤い糸で』とか『我の心はお主に奪われた』とか『私を惚れさせた責任、とってくださいね』とか聞こえて来た顔と思うと、続いて正樹さんの助けを求める声が聞こえてきた。
どこからか木刀を取り出した百合が食堂の中央で騒いでいる集団に歩いて行った。南無阿弥陀仏。
これもある意味平和といえるのだろか。それはそうと正樹さんは僕の名前を呼ぶのはやめて欲しい。なにやら敵意の視線が増えた気がする。
その時、魔眼が起動した。
ほぼ同時に、基地内に警報が響き渡る。
『モンスターの大規模集団を確認。ハンドラーは直ちに所定の位置に集合せよ。繰り返す』
嘘やん。
魔眼で見た光景には、海を覆いつくすほどのモンスターの群れだった。
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