第七十話 葛城始子捕縛作戦 その後
第七十話 葛城始子捕縛作戦 その後
サイド 矢橋 孝太
葛城始子捕縛の翌日、源一郎さんに会いに来ていた。百合さんに案内されて部屋に行くと、正樹さんも部屋にいた。
「壮健で何より。楽にしなさい」
「はい、ありがとうございます」
勧められるまま座布団に座らせてもらうと、いつの間にか百合さんかお茶を用意してくれていた。
「あ、ありがとうございます」
静かにほほ笑んだ後、百合さんが退出する。お茶を一口啜った後、源一郎さんが口を開く。
「おおよその話は既に聞いておる。だが、お前たちの口から仔細を聞きたい。構わんか」
それに無言で頷く。源一郎さんにはかなり良くしてもらったのだ。そもそも、今日は報告の為に来たわけだし。
十分ほど、自分達の知る限りを話す。途中何度か源一郎さんからの質問もあって、十分ほど話をした。
「なるほどな。儂が聞いた話と相違ない。二人とも、ご苦労だった」
「源一郎さん達が力を貸してくれたおかげです」
「いいや、儂もそのキメラとやらについては気づかんかった。苦労をかけたな」
「いえ、正樹さんのおかげで被害なく倒すことが出来ました」
実際、正樹さんがいなかったらヤバかったかもしれない。烈風と金剛だけでも時間稼ぎだけなら出来たかもしれないが、どちらかをロストさせていたかもしれない。復活できるとはいえ、精神的にいやだ。
「しかし、キメラか……」
「ひい爺ちゃん、何か知ってるのか?」
正樹さんの問いに、源一郎さんが静かに頷く。
「儂とて詳しく知っているわけではない。だが、大陸から持ち込まれ、地下組織で取引されている事は聞いておる」
「大陸から?」
「うむ。人間をモンスター相手に戦えるようにすると聞いたが……よもや本当だったとはな。正樹。身辺に今まで以上に注意せよ。お主をモルモットにしたがる連中が増えるやもしれん」
「……ああ」
確かに、葛城始子を見た感じまだキメラを使うのはリスクがあるようだ。だが、正樹さんはある意味人とモンスターの融合した成功例。偶然だったとは言え、それを調べたいと思うマッド共はいるだろう。
「そして、孝太君。正樹もだが……葛城始子とその使い魔を殺さず捕らえた事。決してあの女への『慈悲』とは思わぬことだ」
「……?はい」
もとよりあの女への慈悲とは思っていない。きちんと法の裁きを受けさせる為の行いだと考えている。
「ひい爺ちゃん、それは、どういう意味だ?奴は今後法で裁かれるからって事でいいんだよな」
「……知る権利はあろう。だが、この世には知らん方がいい事もある」
「それはっ」
どういう意味なのか聞こうとして、目を向けられただけで黙らせられる。正樹さんも同様にだ。
「お前たちは凶悪犯を捕えた。それが事実だ。亡くなった者達の弔いになるかわからぬが、その行動が無ければあの女は今頃逃げおおせていただろう。誇れとはいわん。だが、胸を張れ」
「……はい」
「待ってくれ。せめて、葛城始子がどういう罰を受けるかだけは教えてくれ」
正樹さんの問いに、少しだけ沈黙した後、源一郎さんが口を開く。
「奴は、正規の手順で裁判を受ける事はない。その身柄は国が預かる事になる。これ以上は言うつもりはない」
源一郎さんはそれ以降、正樹さんに何を言われようと口を開くことはなかった。
* * *
月曜になり、放課後、信者の先輩が部室を訪ねてきた。女の方の先輩はおらず、男の先輩のみだ。
目の下には大きなクマができ、髪もぼさぼさだ。まるで幽鬼の様だった。
「……『部長』、今日は退部を伝えに来ました。退部届は先生に既に出しています」
そう言って、契約が解除されたオークのカードを差し出してくる。それを受け取りながら、彼に何と言えばいいか戸惑っていた。
「その……お母さんの件は、本当に」
「謝らないでください。俺たちが勝手に信仰して、母さん達は自分の意思で抵抗したんです。あんたが責任を負う必要もないし、負わせる気もない」
暗く淀んだ瞳と目が合う。背筋がぞっとした。人は、こんな目が出来る生き物だったろうか。
「教えてください。警察は何も教えてくれない。あの犯人はどうなったんですか?名前は、何なんですか?噂で、その犯人とあんたが戦ったって聞きました」
「……犯人の名前は葛城始子。土曜日に捕まった」
横から、正樹さんが答える。しかし、先輩はこちらから目をそらさない。
「……なら、どういう刑を受けるんですか?」
「それは、僕たちにもわかりません……」
源一郎さんは正規の手順で裁判を受ける事はないだろうと言っていた。それをそのまま伝えるのも憚られる。わからない事は事実だから、それのみを伝える。本当は、知りうる全てを話すべきなのかもしれないが……。
「そうですか……そういうのは、検察とかじゃないとわからないですもんね……」
ふらりと、先輩が部室を出ていこうとする。
「待ってください。これから、どうするつもりですか……?」
「……あんたには、関係のない話です。『救世主』じゃなかった、あんたには」
それだけ言って、先輩は出て行った。そして、数秒後に扉が開かれる。入ってきたのは、もう一人の信者をやっている女の先輩だった。
「今、同士とすれ違ったのですが……いえ、それより、お会いできて光栄です、聖人様、聖女様」
やたら笑顔の先輩に困惑する。彼女はスタスタと近づいてきたと思うと、突然目の前で跪いてきた。
「はっ?」
「聖人様。いいえ『救世主』様。御身の奇跡により、我が両親は助かりました。ありがとうございます」
言われてから気づいた。病院で治療した信者のうち、目の前の先輩に似ている人がいた。
「待ってください。そもそも奴が教団を襲ったのは」
「はい。存じております。ですが、それはあの魔女が攻めいって来た事にこそ責があります。御身が心を痛める必要はありません」
「でも、人が死んで……」
「それは、『仕方のなかった』事なのです」
「……どういう、意味ですか?」
「彼らは『信仰心が足りていなかった』。悲しい事です。生き残れた者達こそ真の信者。どうかこれからも我らを」
「違う!」
思わず声を荒げる。先輩が不思議そうに顔を上げてこちらを見てくる。その目はまるで水面の様に澄んでいて、それがかえって不気味だった。
「救世主様?」
「僕は、救世主じゃありません」
「ご謙遜なさらずに。御身が救世主でなくてなんだと言うのですか?」
顔が引きつるのがわかる。ああ、自分は笑っているのだろうか。それとも、泣いているのだろうか。
「ただの凡人ですよ。だから、もう、やめてください。お願いだから……」
* * *
サイド 葛城 始子
窓の景色を眺めながら、つい歌を口ずさんでしまう。夫が昔教えてくれた歌。思い出の曲。
ああ、なんと晴れやかな気分なのだろう。これほど気持ちのいい朝はいつ以来だろうか。澄み渡る空がこんなにも美しく感じる。
「もし。葛城始子殿ですね?」
「……あら、ノックの音が聞こえなかったのだけれど」
いつの間にか、部屋の隅にローブを着た男が立っていた。雰囲気からして、人間ではない。自分のスキルにも反応しなかったあたり、何らかのスキルも使っているだろう。誰の使い魔だろうか。恨まれる理由は、残念だが少しだけある。
「失礼。ドアには『ボディガード』がいらっしゃったので、壁から入らせていただきました」
「そう。今度からちゃんとアポイントメントをとってね」
淡々とした男の声を聞きながら、部屋の中で武器になりそうな物を探す。だが、すぐにやめた。今の自分に使い魔をどうこうする力はなく、また、『妊婦』である自分が下手な動きをすればお腹の子に障る。
「わざわざ来て下さったのに、お茶も出せずにごめんなさい。どういったご用件かしら」
「時間もないので、単刀直入に言わせて頂きます。今から五分だけ、貴女にかけられた催眠をときます。その間に、自害するか否かをお決めください」
「なにを」
「『アンチマジック』」
視界が一瞬揺れる。ローブの男が一本のナイフを手に近づいてきた。光を反射しないよう黒く染められたナイフは、自分の目から見てもかなりの切れ味だと一目でわかった。
「死にたいのなら、このナイフをお貸しします。自分でやるのが怖いなら、私が介錯します。そう命令されてきましたので」
「死にたくない場合はどうしたらいいのかしら?」
「何もせずに帰還するよう言われております。……よろしいので?」
「いいも何も、私には死ぬ理由がないもの。ようやく、あの人との子供が出来るのだから」
そっと自分のお腹を撫でる。はて、『出来る』?既に身ごもっているはずだが……。ああ、自分の思い違いか。あまりに幸せ過ぎて、少し馬鹿になっていたらしい。
「薬物……は、使われていなさそうですね。素ですか。なるほど、主が狂っていると言うわけです」
「何を言っているのかわからないけれど……用件が済んだのなら、誰か送ってもらえるよう頼んできましょうか?」
暗に帰れと言うと、男は小さく肩をすくめる。
「見送りは不要です。ですが、本当に死ぬ気はないのですね?」
「ようやく家族三人で暮らせそうなの。そっとしておいてちょうだい」
「そうですか。では、よい『夢』を」
男が空気に溶け込むように消えていく。気配も匂いも何も残っていない。まるで幻でも見ていたかのようだ。
とりあえずナースコールを鳴らす。すぐに看護師が来てくれたので、さっきの男について伝える。
「わかりました。すぐに警備に連絡します。何かされませんでしたか?」
「いいえ、大丈夫です」
「……そうですか。念の為『鑑定』もちの医師を呼んできますので、少々お待ちください」
「ええ、ありがとう」
部屋を出ていく看護師を見送り、ほっと一息つく。それにしても、自分は運がいい。狂っていると思っていた両親が正気に戻ってくれただけでなく、こんないい病院まで紹介してくれたのだから。
少しだけ不満があるとしたら、波の音が少しだけ煩い事だろうか。まあ、これからの生活を考えれば些細な事だ。
「元気に生まれてきてね。私の赤ちゃん」
* * *
サイド 矢橋 孝太
その日の夕方、ほんの五分だけ流れたニュースがあった。
『宗教団体の集会を襲い、八十名以上の死者を出した容疑者の女性が、拘留中に病死しました。警察は―――』
八十人以上が亡くなった事件。それは、まるで些細な事の様に、あっさりとテレビで流れなくなった。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。




