第六十九話 葛城始子捕縛作戦 3
第六十九話 葛城始子捕縛作戦 3
サイド 矢橋 孝太
土曜日となり、作戦が実行する日となった。自分達は井沢さんの運転する車に乗り、採石場跡地に向かった。
「作戦は予定通りに進んでいます。こちらが気づかれた様子はありません」
インカムらしきものをつけている井沢さんが教えてくれた。計画は順調らしいが、個人的に気になるのは葛城始子の動向だ。
採石場跡地に到着し、この前預かった透明マントを使う。自分ではよくわからないが、正樹さんの方を見ると透明になっていたから効果は問題なく発揮しているようだ。
「それでは私はここを離れます。以降の連絡はお渡ししたインカムを通して行います」
「はい」
耳につけたインカムの調子を確かめる。こういうのって初めて使うが、大丈夫だろうか。そう思っていると、井沢さんから連絡があった。
「……先ほど葛城始子が出たそうです。十分ほどでこちらに到着します」
「わかりました。ありがとうございます」
「お二人とも、ご武運を」
井沢さんの車が離れていく。これから十分後に葛城始子と再戦だ。負ける可能性は低い。こちらにはA以上の戦力として紅蓮と正樹さん。B以上に金剛、烈風がいる。対して相手はオークチャンピオンのみ。葛城始子がいかに優れた格闘センスをもっているからといって、使い魔に勝てる道理はない。
だというのになんだろう、この不安は。
「落ち着け、孝太」
「えっ」
「お前、うんうんうなっていたぞ」
「あ、すみません」
「安心しろ。俺がいる。何があってもお前は死なせねえよ。代わりに、俺が死にそうだったら助けてくれ」
「……はい」
「よし。じゃ、静かに待つとするか」
そうだ。自分は一人で挑むわけではない。正樹さんがいるし、紅蓮達もいる。源一郎さんや井沢さん達がおぜん立てもしてくれた。なんら問題はない。
十分後、黒塗りの車が一台やってきた。その車から、一人の女が降りてくる。葛城始子だ。
「紅蓮、金剛、烈風」
予定通り小声ですぐに使い魔を召喚する。使い魔を召喚すると魔力供給の問題でただのマントになってしまうので、透明マントは脱ぎ去る。隣でも正樹さんが使い魔を召喚して合体を始めている。
対して、葛城始子も瞬時にオークチャンピオンを召喚した。潜入捜査官が乗った車はドアが開いたままなのも構わず急発進してこの場から逃げていくが、葛城始子にそれを追う様子はない。
「そう……嵌められたようね」
「見ての通り、貴女に勝ち目はありません。投降してください」
内心いますぐ殴り飛ばしたい感情を抑えながら、低い声で警告する。戦力的にこちらが圧倒しているとはいえ、万が一もありえる。戦わずに降伏てくれるならそれに越した事はない。
葛城始子は紅蓮を見ると、小さくため息をついた。
「これは、プランBね」
「『ブーステッドツリー』!」
プランBとやらが何かは知らないが、投降の意思がないと見なして攻撃を開始する。バフを受けた紅蓮がオークチャンピオンに。正樹さんと金剛が葛城始子に駆ける。
炎を全開にした紅蓮がオークチャンピオンに突進し、大剣とハルバートを切り結んでそのまま葛城始子から引きはがす。そして、無防備になった葛城始子に正樹さんと金剛の武器が叩き込まんと迫る。
ハンドラーのダメージは使い魔が肩代わりする。ゆえに、この二人の攻撃でも一撃までなら気兼ねなく入れられる。いかにオークチャンピオンとて、これだけのダメージを肩代わりすれば少なくとも戦闘不能までいくだろう。
だが、その予想はあっさりと覆された。魔眼が発動し、視覚を共有している金剛がすぐさま正樹さんの前に出て防御姿勢に入る。
葛城始子の『尻尾』が、横薙ぎに振りぬかれた。
「ぐぅ!」
烈風にかばわれながらも、風圧に顔をかばう。弾き飛ばされた正樹さんと金剛が近くに着地する。
「おいおい……なんだよそれ」
正樹さんが顔を引きつかせる。無理もない事だ。目の前で人間が『モンスター』に変わったのだから。
スーツを突き破り、葛城始子の左肩が白い山羊の頭に覆われる。結われていた髪はほどけて金色に変わり、頭からはネコ科の耳が生えている。そして、腰の後ろからは紅い蛇が尻尾として生えている。
「昨日念のため拝借しておいたんだけど……まさかこんなに早く使う事になるなんてね」
そう苦笑いする葛城始子から感じるプレッシャーは、間違いなくA以上のそれだ。
「嘘だろ……」
正樹さん以外にもいたというのか。モンスターと融合した人間が。いや、今はそれを考えている時ではない。
「『ブーステッドツリー』!」
すぐさま正樹さんと使い魔達に世界樹の加護を付与する。素面で戦っていい相手ではない。
最初に動いたのは葛城始子だった。革靴を衝撃で弾け飛ばしながら、たった一歩で距離を詰める。向かう先には正樹さんだ。
「らぁ!」
突き出された突撃槍を、下から尻尾が打ち上げる。そして鋭く伸びた爪で斬りかかるが、正樹さんも蹴りで迎撃。葛城始子の腕に当たり少しだけ距離が出来る。
そこへ烈風が突進。二又の角を光らせ、轢き殺そうと駆ける。だが、尻尾の横薙ぎにより吹き飛ばされてしまう。
次に烈風の真後ろを駆けていた金剛のメイスと、態勢を立て直した正樹さんの突撃槍がそれぞれ叩きつけられる。葛城始子は寸前で回避し、地面が砕かれるだけで終わる。
いいや、砕かれた地面が複数の巨大な棘となって葛城始子に迫る。金剛だ。彼女の左肩に生えている山羊が鳴き声を上げた。岩の槍に対して氷の槍が相殺する。
だがそこでこちらの攻勢は終わらない。岩と氷のぶつかり合ってできた足場を正樹さんが駆け抜け、まだ空中にいる葛城始子にチャージを仕掛ける。
その時、突然葛城始子の体が地面に向かって一息に移動する。尻尾の蛇が地面に噛みついて引っ張ったのだ。
「ああ、変な感じ。まるで脳が三つに増えたみたい。視界も広すぎて酔ってしまいそう」
「じゃあそのまま吐いてろ!」
正樹さんが突撃槍を投擲する。それを両手で受け止めた葛城始子の横っ面を、金剛のメイスが襲う。彼女の体は紙切れの様に吹き飛ばされたが、突撃槍を放り投げながら、まるで猫の様に着地をする。ダメージを負った様子がない。オークチャンピオンが肩代わりしたのか、それとも完全に衝撃を殺されたのか。
「俺が言うのもなんだが、マジで人間やめてんな。どういう仕組みだ?」
「さあ?私はただ大事に保管されていた『装備カード』を使っただけだもの」
突撃槍を一度消して、手元に再召喚した正樹さんに葛城始子がコロコロと笑いながら答える。装備カード?あれが?だとしたら破格の性能過ぎる。言っては何だが、北園組『程度』の組織が持てる物ではない。というか、人間にAランク相当の力を与えるカードなんて聞いた事がない。
烈風が自分の傍に立つ。金剛と正樹さんが葛城始子相手に二方向から近づく。彼女が逃げようとしたら正樹さんを人間ビーム砲にして放つし、自分を狙いに来たら烈風が足止めしてその間に二人が背後を撃つ。
予想外の展開だが、天秤は未だにこちらに傾いている。どうとでもなる。まさかこれ以上隠し玉はないはずだ。
「さて、どうしたもの……!」
それでも余裕の表情を浮かべていた葛城始子が、突然顔を強張らせる。直後、熱線が自分の背後を駆け抜けた。
「うわっ」
不思議と熱くないが、その光に驚いた。そちらに目を向けると、ちょうど地面に折れた大剣が突き立ち、オークチャンピオンが吹き飛ばされてくるところだった。
オークチャンピオンの四肢は切り飛ばされ、傷口どころか全身が焼け焦げている、そして、その傍らに五体満足の紅蓮が降り立った。
「紅蓮!」
自然と顔が綻ぶ。あちらは勝負あったらしい。
「アナタ!」
思わず近寄ろうとする葛城始子の足が止まる。紅蓮が矛先をオークチャンピオンの首に向けているからだ。
「そんな……!」
「もう一度言います。投降してください」
これでこちらの勝ちだ。人質としてオークチャンピオンは十分に機能する。葛城始子は動けない。気持ちのいい勝ち方とは言えないが、勝ちは勝ちだ。
「……残念、時間切れね」
「何をっ!?」
葛城始子が突然血反吐を吐いた。それに続いて、両目からも血涙が流れる。膝ががくがくと震え、その場に倒れ伏す。
「お、おい!」
正樹さんが武器を構えたまま近づく。そして様子を確認した後、こちらに顔を向けて声を張り上げた。
「孝太!来てくれ、このままだとヤバい!」
烈風と金剛を傍に控えさせながらも慌てて近づく。どう見ても尋常な様子ではない。
「プラン……C……ね」
かすれた声だが、葛城始子の声が聞こえた。
彼女は横向きに倒れながら、こちらに笑いかける。
「救世主さん。私、このままだと死ぬみたい」
「何が、どうして……」
「きっとこのカードの力ね。組の人に聞いてみたら『使ったら死ぬ』と言っていたし」
「何でそんなもの使ったんですか!」
「だって、貴方が助けてくれるでしょう?」
この女、最初っからこれも織り込み済みか!
正樹さんが葛城始子の首や口元に触れていくが、どうやらかなり危険な状態らしい。大きく舌打ちをする。
「だめだ。脈も呼吸もおかしい。このままだと死ぬってのは本当らしい」
「そんな、ダメージは使い魔が肩代わりするはずじゃ」
「俺にもわからねえよ!そもそも何でこうなっているのかもわからねえ!」
もはや言葉すら発せない状態だろうに、葛城始子が笑いながらこちらを見てくる。
「おい、孝太。もしかして」
「やるしかないでしょう。死なせるわけにはいきません」
内心ではいっそこのまま死ね。と思っているが、死なれたらおそらく後悔する。まるで自分達が殺したみたいではないか。
「紅蓮、オークチャンピオンに警戒を。それ以外はこの馬鹿がまた暴れないよう注意して下さい」
「わかった」
「『ブーステッドツリー』」
スキルを発動する。光が葛城始子を包みこむと、山羊の頭と尻尾の蛇、頭頂部の耳が剥がれ落ちて消え去り、髪の色も黒に戻る。そして、近くに一枚のカードが落ちた。
「ああ、やっと使ってくれたのね」
顔の血をぬぐう事もせず。葛城始子が幸せそうに笑いながら自分の腹部を撫でる。
「これで、ようやくあの人との子供ができる。ありがとう」
「黙れ。下手な真似したら腹に風穴開けてやる」
正樹さんが突撃槍を葛城始子に突き付け、金剛が拾い上げたカードをこちらにわたしてくる。
それを受け取りながらオークチャンピオンの方を見ると、先ほど同様手足が千切れたまま転がっている。ハンドラーにスキルを使ってもロストは回復するが、使い魔の負傷は治らないらしい。
「救世主さん。よければ夫も治療してくれないかしら。私だと手足を生やすのは時間がかかってしまって」
「黙れと言ったぞ」
突撃槍が葛城始子の顔すれすれに突き刺さる。
「おい、念のためオークチャンピオンはロストさせておいた方がよくないか?」
「は?」
その言葉に葛城始子が立ち上がろうとするが、その肩は正樹さんの足が踏みつけて抑え込む。
「そうですね……」
葛城始子の目を見る。明らかに常軌を逸している。そんな事をしたら何をしでかすか怖くて実行はしたくない。
「彼を殺したら殺人よ?貴方達にそれが出来る?」
「あれは人間じゃねえ。あんたの使い魔だ」
「いいえ、あの人は違う。姿は変わってしまったけれど、あの人に間違いない。私ならわかるの。私だけがわかるの」
必死な顔で正樹さんの足を掴む葛城始子に、無表情のまま問いかける。
「人の命が……人の命が取り返しのつかないものだってわかっているなら、なんで教団の人達や警察官を殺した」
「……?そう言われても、困ってしまうわ」
葛城始子は本当に困ったように、子供を諭すように話しかけてくる。
「あれは『正当防衛』よ。あの人達が先に使い魔を出して来たから、仕方なく殺しただけ。貴方の近くにいた彼を殺そうとしたのは、貴方を守ろうとしたからなのよ?あんな危険な人達が近くにいたら、貴方も危ないでしょう?」
何を言っているんだ、この女。
小沢さんから聞いた。教団にいた人達の使い魔は、一番強いものでもDランク。それも数でいえばたった三体。オークチャンピオンなら誰も殺さないよう加減した上で、簡単に処理できる戦力だ。それに、井沢さんからの証言では、この女が最初に追い返そうとした教団員を数人、骨折させたうえで凶器を突き付けている。
どうこの女に甘く考えても、過剰防衛だ。
「……じゃあ、警察官を殺したのはなんだと言うんですか」
「悲しいすれ違いね……私はちゃんと説明しようとしたのに、銃を突き付けてくるんですもの。それに彼らは酷く怯えていたから、いつ暴発するかわからなかったわ。しょうがない事だったのよ」
この女は、本心から言っている。それが自分にも伝わってくる。怒りを通り越して呆れてすらきた。人は、ここまで愚かになれるのか。
「裁判所でも同じ事を言ってみてくださいよ。きっと皆さん笑ってくれます」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
「使い魔を戻してください」
「殺さなくていいのか?」
「檻の中で自殺されても迷惑です。この人には、ちゃんと罪を償ってもらいます」
「あら、治してくれないの?」
「あいにく魔力を切らしていますので」
インカムで井沢さんに連絡をとる。
「井沢さん。矢橋です。こちらは終わりましたが、葛城始子が謎のカードを使って抵抗してきました。そちらにもあるかもしれないから、注意して下さい」
『こちら井沢です。承知しました。一応こちらも片付きましたが、念のため確認させます』
「葛城始子は装備カードだと言っています。使ったらモンスターみたいな姿と力を発揮した後、血を吐いて倒れました。治療しましたが、長くその力を使えないようです」
『はい。各班に情報を回します。すぐにそちらにも人を回しますので、もうしばらくお待ちください』
大きくため息をつく。一応だが、終わったのだ。だが、まだ謎が残っている。
いったい、このカードは何なんだ?『キメラ』の絵が描かれたカードを手に、ため息をついた。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
今日から作品タイトルを『凡人高校生、動く鎧?と現代ダンジョンへ(旧題:動く鎧?が使い魔になりました)』に変更します。




