第六十三話 これから
第六十三話 これから
サイド 矢橋 孝太
葛城始子に襲われたその晩。自室にて今日の事を考えていた。
警察署で両親と合流し、怪我はないかと一通り質問された後、母に抱きしめられた。心配してくれるのはありがたかったが、外なので少し恥ずかしくもあった。
帰り際小沢さんにわたされたメモを見る。そこには、知り合いだというカウンセラーの連絡先が書いてあった。今日の事で悩むようなら相談してみなさいと。
ため息を一つついて、紅蓮を召喚する。
何故か膝から先を消して宙に浮いたまま、土下座をしていた。
「は?」
どういう状況かわからないが、とりあえず顔を上げさせるとボードに何か書き始めた。
『本日は不甲斐ない所お見せして申し訳ございません。一騎打ちにて不覚を取り、あの使い魔を討ち取る事ができませんでした』
そう書いた後、また頭をさげる紅蓮。だが、自分にはなぜ彼が申し訳なさそうにしているのかわからなかった。
「顔を上げてくれ、紅蓮」
恐る恐るといった感じで紅蓮が顔を上げる。まるで怒られる前の子供の様だ。そんな紅蓮を軽く抱きしめる。
「ありがとう。お前のおかげで誰も死なずに済んだ。もしも紅蓮が守ってくれなかったら、僕も、井沢さんも、街の人達も死んでいた。だから、ありがとう」
紅蓮は最善を尽くしてくれた。市民を守りながら戦い、自分にはオークチャンピオンを近づけず、何より紅蓮自身も死ななかった。結果的にこちらは死人ゼロ。紅蓮の勝利と言っても過言ではない。
『ありがたき幸せ』
体を離すと、紅蓮がボードを見せてくる。どうやらいらない自責の念は消えたらしい。それに安心した後、紅蓮を召喚した理由に戻る。
「それで、本題に移させてもらうけど、僕の今後の身の振り方について相談したいんだ」
『あの女と使い魔が、自宅や学校を襲撃してこないか。その心配ですね?』
紅蓮の問いに頷いて応える。そう、今回襲われたのは人通りの少ない道路だった。だが、これが人の多い場所だったら?両親がいる自宅だったら?友達がいる学校だったら?
いや、最悪学校だったら正樹さんが救援に駆けつけてくれるかもしれない。だが、オークチャンピオンとの戦闘の余波で周りにいる生徒に死人が出るかもしれない。
もっと怖いのが、両親を狙われることだ。人質に取られてスキルの発動を強要されるのはいい。だが、世界樹の加護でも子供が出来ないとあの女が悟ったら、何をしでかすかわからない。
『正直に言いますと、待ちの姿勢でいるのは愚策かもしれません』
「やっぱり?」
『はい。その前に、あの女と使い魔について出来る限り教えていただけますか?』
「あ、ごめん。忘れてた」
紅蓮に小沢さんから聞いた葛城始子の事、オークチャンピオンの事、そして教団で起きた事を伝える。
紅蓮は少し考えた後、ボードに書き込み始めた。
『やはり、待ちの姿勢はよくないでしょう。葛城始子は正常な判断力を失っています。その上で、主の名前、そしておそらく自宅と学校の場所も知っている。あちらからすれば、多少警察がうろつこうと何時でも襲撃できる状況です』
「だよなぁ……」
下校途中に遭遇したという事は、住所とかもろもろ知られていると考えていい。そして、警察を馬鹿にするわけではないが、相手が悪い。
オークチャンピオンは小沢さんの話ではA+の使い魔。その上、葛城始子はいくつかのスキルカードや装備カードで強化も行っている。接近戦限定なら炎を全開にした紅蓮と互角かもしれない。まあ、それでも紅蓮が勝つが。
あの使い魔に突撃されたら、警察では止めようがない。強行突破されるだろう。その時家に自分が居ればいいが、外出中を狙われたら母が危険だ。
自分や家族はこれといってブログとかそういう類はやっていないが、それでもこの情報社会だ。本気で調べようと思えば父の勤め先や母の買い物ルートなんかも知られてしまうだろう。
『ですので、我らがとるとしたら逃げるか、打って出るかでしょう』
「……警察に任せるっていうのは、なし?」
『もちろんありです。先のは、あくまで主が動くならという前提の話。警察に任せて普段の生活を送るのは間違っていません。犯罪者の逮捕を警察に任せるのは、一般市民として正しい。ただ、今の政府に葛城始子を捉えられるかはわかりません』
「というと?」
『まず、戦力の問題。天岩戸作戦に参加した自衛隊の部隊は、大半が今国外です。残っている面々も、いつ大陸からモンスターが渡ってくるかわからない今、下手に動くわけにはいきません。その状態で、オークチャンピオンを連れた葛城始子が暴れた時対応できるかわかりません』
確かにそうだ。何らかの方法、それこそ感知系のスキルを葛城始子が覚えていた場合、こっそり近づいて召喚する前に、というのは難しくなる。いっそどうにかして気づかれないように毒なりなんなり仕込むしかないが、向こうも警察に追われている自覚はあるはずだ。そう簡単に引っかかったりはしないだろう。
もしかしたら警察とかに自分が知らない特殊部隊とかがあるというなら別だが、そんな隠しておきたい切り札、そうそう使ってはくれないだろう。
『次に、マンパワーです。世界的に見れば落ち着いている方ではありますが、今の日本は犯罪が増えています。純粋に警察も手が空いていないのです。多少は葛城始子を優先してくれるかもしれませんが、それでもどれだけかき集められるか』
そういえば、最近ネットのニュースでハンドラーによる犯罪をよく聞く。国内で発生したモンスターの襲撃。その際地元のハンドラーや自衛隊が迎撃して倒した際、カード化した物を猫糞していた奴らがいたとか。
タイムリミットが過ぎてからダンジョン外のモンスターは倒してもカード化しないが、その前のだったら普通に魔石やカードを落とす。そして、数が数だったし住民の救助活動やらで回収しきれなかったのだ。自分もあの日は放置したし。
そういったカードを市役所で登録せずに犯罪に使う奴らがいる。腹立たしいが、現状警察と鼬ごっこだとか。それ以外にも、外国人による犯罪も増えている。
ロシアや中国等、モンスターに飲まれた国から仕事や旅行で来ていた外国人が日本に取り残されているのだ。政府も支援をしているが、予算も人員も足りていない。
そういった人達の中には、犯罪に手を染める奴も出てくる。そういった事情から、日本人の中で『外国人=犯罪者予備軍』の様な偏見が出始めている。その偏見により仕事に就けなかったり、解雇されたりして金に困り、犯罪者になる。そういう負のスパイラルが出来てしまっているとか。
自衛隊も人手不足であえいでいるが、警察も頭を抱えている。
『そして、国内の非合法組織の勢力も問題です。彼らはダンジョンの出現により勢力を増しています。特に葛城始子の実家がある北海道は現在そういった組織が影響力を強めていると聞きます。そういった組織と合流されると、余計に足取りが掴めなくなるでしょう』
それもニュースで聞いた気がする。麻薬よりも簡単に使える幻術系のスキル。わざわざ未成年を雇ったりしなくていい女性使い魔。銃より強力で持ち運びも簡単な戦闘系使い魔。これらがそう苦も無く手に入るのが今の日本だ。
当然、幻術系のスキルを持った使い魔がでるダンジョンは国が立ち入りを制限しているし、そういったスキルの違法な使用は重罪だ。女性使い魔による登録していない風俗業も違法だし、使い魔を私有地や許可されていない土地で召喚するのも違法だ。
だが、どれも検挙が難しい。隠そうと思えば隠せてしまう。そして、そういった事をして金を儲ける人達は当然いる。
懐が潤っているのは表のダンジョン業界だけではない。裏社会のダンジョン業界もまた、その力を強めているのだ。と、テレビで専門家らしいお爺さんが熱弁していた。
「つまり、警察に任せていても葛城始子を捕まえるのは不可能?」
『不可能とまでは言えません。ですが、いつになるかはわかりません』
悩む。紅蓮の話を聞くと、警察に任せておくのは厳しい気がしてきた。
『不安要素ばかり書きましたが、警察は決して無能ではありません。主という標的がはっきりしている状態なら、逮捕の可能性も上がります』
「僕は囮か」
まあ、あの様子なら逃げに徹して雲隠れし続ける事はしないだろう。そう遠くないうちにまた仕掛けてくるに違いない。狂人の発想なんてわからないが、それでも我慢強い方には思えない。
『主の行動として、逃げに徹するなら今の生活を捨てなければなりません。小沢殿に相談すれば新しい戸籍も作れるでしょう。ですが、葛城始子を捉えるまでこの地には戻れませんし、ご友人方とも会えなくなるでしょう』
紅蓮が一度ボードを消してから、また書き込んでいく。
『打って出るというのでしたら、警察から確実に睨まれます。彼らからしたら当然面白くはないでしょう。それに、場合によってはまた街中で戦闘をする事になるかもしれません。そうなれば、最悪主が犯罪者として扱われる可能性もあります。また、それだけしても葛城始子に逃げられる可能性もあるのです』
どちらもやりたくない。デメリットが嫌すぎる。出来る事なら警察に全てぶん投げて知らんふりしていたい。
だが、またいつ襲撃があるのかと警戒して過ごすのか?後手に回ってしまっていいのか?身近な誰かが巻き込まれる可能性を捨て置いていいのか?
悩んだ結果、出した答えは―――――。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。




