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第六十二話 葛城始子

第六十二話 葛城始子


サイド 矢橋 孝太



「本当に無事でよかったよ」


 謎の女に襲撃された後、自分と井沢さんはやってきた警察にパトカーへ詰め込まれた。


 自分はそのまま警察署で事情聴取を。井沢さんは全身ボロボロな上に、あっちこっちに血痕があったので念のため病院へと連れていかれた。


 そんなこんなで警察の人に何があったのか自分がわかる限り話していると、ハンカチで汗を拭きながら小沢さんがやってきたのだ。


「最初に言わせてもらうと、君が街中で使い魔を召喚し、戦闘行為をさせた事は正当防衛だったと認められたよ。今後今回の一件で警察やらなにやらに突っ込まれる事はないから、安心してほしい」


 その言葉にそっと胸を撫でおろす。よかった。どう考えても正当防衛な状況だったのだが、それを証明する手段が浮かばなかったのだ。こんな通り魔的な事をされて前科もちとか勘弁してほしい。


「色々聞きたいことがあるだろうから、好きなだけ質問してくれ。私にわかる事なら答えよう」


「……あの、井沢さんは大丈夫せしたか?」


 一応スキルで回復させたとはいえ、目の前で死にかけられたのだ。気になりもする。


「ああ、先ほど病院から連絡があったが問題ないそうだ。君のスキルはやはり凄いな。本人からの報告と警察病院の見立てでは、頭蓋骨と左足のヒビ、折れていた肋骨、それどころか強引に嵌めたらしい脱臼していた右肩も傷一つ残っていなかったらしいよ」


 とりあえず無事な事は嬉しいのだが、なんだその重症。井沢さんはそんな体で自分の所まで来たというのか。ありがたいが、まず救急車を呼べと言いたくなる。


「まあ、彼も救急車を待つより君の所に向かった方が助かる確率が高いと思ったんだろう。君に危険を伝える為にもね」


「すみません、自分がスマホの連絡に気づいていれば」


 基本的に学校にいる間はマナーモードにしているのだ。だからというわけではないが、井沢さんからの連絡に気づけなかった。


「君が謝る事じゃない。むしろよく頑張ってくれたとお礼を言いたいぐらいさ。おかげで私は大切な部下を失わずに済んだ」


「……あの、僕を信仰していたっていう教団は、どうなったんですか?」


 あの時、あの女性は『最期まで』と言っていた。その不穏な言葉がどうしても耳に残っている。


 小沢さんが数秒目を伏せた後、重々しく口を開いた。


「先に行っておくと、これは君が責任を感じる事ではない。悪いのは全て犯人だ。それを踏まえた上で、聞いてほしい」


 安易に頷くことも出来ず、小沢さんの次の言葉を待つ。


「集会に集まっていた信者八十七名が死亡。二名が行方不明。重症が八名だ」


「っ……!」


 なんとなく、予想はしていた。だが、実際言葉にされると息が止まりそうになる。


「生き残りと、井沢の話から犯人はどこかから君の噂を聞きつけたらしい。そして、教団に君の所在を聞きに行った。教団側はそれを拒否。力づくで口を割らせる事にした犯人が使い魔を暴れさせた後、動けない生き残りから聞き出そうとしたそうだ」


 あの怪物を人間相手に暴れさせたというのか。井沢さんを躊躇なく殺そうとしたり、あの女は頭がおかしいんじゃないのか。


 心の中であの女への罵倒をつぶやきながら、心が重くなっていくのがわかる。


「僕が、僕のせいで」


「違う」


 小沢さんが真っすぐにこちらを見てくる。


「悪いのは犯人だ。そして、教団の人達は自分の意思で抗った」


 だが、そもそもの原因は自分ではないのか。自分が碌に隠そうともせず避難所で力を使ったのが原因だ。そんな事をしたら、厄介ごとが向こうからやってくると分かっていたからそれまで大ぴらに使わなかったのに。


 教団の人達が死んだのは、自分のせいだ。


「……あの女は、いったい何者なんですか」


 自分でも驚くほど冷たい声がでた。腹の底はこんなにも熱いのに。


「……女の名前は葛城始子カツラギモトコ。歳は二十八、日本人だ」


 少し迷った後、小沢さんが話し始める。


「元は北海道に住んでいたそうだが、そこであるロシア人男性と結婚。子供も身ごもったそうだが、夫が亡くなり、そのストレスから子供も流産したそうだ」


 そんな過があるからといって、何だというのだ。確かに悲しい過去なのだろう。だからどうした。それで人を殺していいはずがない。


「それからしばらくは実家で人形の様に過ごしていたようなのだが、例の使い魔が現れた日、彼女は変わったそうだ」


『あの人が生き返った』


「使い魔である『オークチャンピオン』。それを夫の生き返った姿だと言い始めた。これは天からの恵みだと」


「狂っている……」


「ああ。家族もそう思ってカウンセラーへの受診をさせたらしいが、効果はなかった。やがて葛城始子は家を出て、冒険者として活動を始めた」


 そんな精神状態の人にライセンスをわたしたのかと思ったが、そういえば自分の時も面接とか人となりを確かめるものはなかった。


「彼女は冒険者として稼いだ金を、不妊治療に注ぎ込んでいたそうだ」


「まさか……」


「そう、彼女は使い魔との間に子供を作ろうとしていた。医者には『彼が生き返ったんだから、子供も生き返るはず。もう一度夫との間に子を作る事が出来れば、その子供が死んだあの子だ』と言っていたそうだ」


 根本から間違っている。死人を生き返らせる方法など、スキルや使い魔が現れてからも存在しない。リッチなどのスキルも、あくまで死体を動かしているに過ぎないのだ。死者蘇生をしているわけではない。


 それに、使い魔と子供が出来ないのも当たり前だ。彼らは実体化しているとはいえ、魔力の塊だ。生殖能力はない。


 大陸であふれだしたモンスターは生殖活動で数を増やしていると聞いた事があるが、それは使い魔には当てはまらない。


「現代医療ではどうにもならないと考えた葛城始子は、スキルに目を付けた。片っ端から治癒系のスキルを買い集め、全国にいる治癒スキル持ちのところを渡り歩いた」


 その中の一人が、自分というわけか。


「彼女は今回の一件まで犯罪行為をしてこなかった。今までは金で解決できていたからだろう。だが、今回だけは違った」


 小沢さんは唇を少し濡らした後、首を小さく振る。


「なんにせよ、彼女は狂っている。イカレた犯罪者だ。今回の事は全て彼女が責を取るべきことだ」


 彼女の経歴をやけに教えてくれると思っていたが、どうやら『これだけ頭のおかしい犯人何だから、こうなったのは仕方ない。君が気に病む必要はない』とでも言いたかったようだ。だが、それでも……。


「くれぐれも復讐なんて事は考えないでほしい。この件は警察に任せてくれ。頼りないかもしれないが、必ず解決してみせる」


「……はい」


 思うところがないわけではない。だが、あの女の為に人生を踏み外すのは嫌だ。


 ……うじうじ考えても仕方ない。もしも次ぎ会ったら半殺しにして警察に突き出す。それぐらいの気持ちでいればいい。


「ご両親にも連絡は行っている。二人とも心配しているそうだ。警察の護衛もついている。会って安心させてあげなさい」


「……その前に、病院に行かせてください」


「どこか痛むのかい?」


「いえ、重傷を負っているという信者の人を治療しに行きます」


「……そういう事をするから、望まない形で信仰されている自覚はあるかい?」


「たとえそうでも、これは僕なりのけじめです」


「わかった。車を手配しよう」


「ありがとうございます。……それと、その……紅蓮とオークチャンピオンが戦った時に巻き込まれた人はいますか……?」


 気にかかっていたが、聞くのが怖かった。もしも紅蓮が、人を死なせてしまっていたら。


 いや、悪いのは相手だ。紅蓮は悪くない。だけど、それでも亡くなった方がいるのなら、自分は墓と遺族に頭を下げに行くべきだ。たとえ殴られても何をされてでも。


「いないよ」


「え?」


「壊れた道路や壁はあるけど、死人はいない。重症者もだ。戦闘音に驚いて転んだ人はいるそうだが、それだけだよ」


 そんな事が、ありえるのか?紅蓮もオークチャンピオンも間違いなくAランクを超えている。そんな歩く戦術兵器がみたいなのが街中で戦って、死人がゼロ?


「私も報告を聞いて驚いたよ。君の使い魔は、一般人を守りながら戦っていたそうだ。空中以外では炎も使わず、身一つで戦っていたそうだよ」


 やはり、紅蓮は自分にとってのヒーローだ。



サイド 葛城 始子



「ごめんなさい……ごめんなさい、アナタ」


 泣きながら夫の背に治癒スキルを発動する。こんなに愛しているのに、彼の怪我に気づくことが出来なかったなんて。


 左肩から右の腰にかけて、ばっさりと深く斬りつけられている。傷口が酷く焼け焦げている事から、あの鎧の使い魔がやったのだとすぐにわかった。


 恐ろしい斬撃だというのが、一目でわかる。夫に色々な資料を見せてもらったが、ここまで見事な斬撃は見たことない。


 思わず感嘆の声をあげそうになるのを、唇を噛んで耐える。愛する人が傷つけられて思う事ではない。


 やはりあの使い魔は危険だ。もし夫が住宅街に逃げ込まずに戦いを継続していたら、きっともう一体の使い魔に私は取り押さえられていた。


 いかに夫が強くとも、私というハンデを背負っている以上、無敵ではない。


 夫は強い人だった。暴漢に襲われていた私を颯爽と助けてくれた彼。それが付き合い始めたきっかけだった。


 彼はロシアの軍人だったそうだが、詳しい事は教えてくれなかった。だが、護身の為と色々な事を教えてくれた。おかげで、私もその辺の暴漢の二、三人ぐらい簡単に倒せるようになった。


 夫との生活は楽しかった。今まで何不自由なく暮らしていたが、家の決めた人生を歩んでいた私に、彩をくれた。そして、二人の愛の結晶も出来て、人生の絶頂だったのだ。


 だが、それは突然崩れ去った。


 夫が謎の不審死を遂げたのだ。日本の警察は自殺と判断して碌に捜査もしてくれなかった。後から知ったが、争った跡も存在していたというのにその判断はおかしい。もしかしたら、彼が明かしてくれなかった前の職場が関係しているのかもしれない。


 だが、私にその事を考えている余裕はなかった。彼を失ったショックで、せめてこの子だけでもと思っていた我が子を流産してしまったのだ。


 それから私は、生きながらにして死んでいた。実家に帰り、両親の言われるまま過ごして、両親の決めた相手と再婚する事になった。その事に何も感じないまま過ごしていた。だが、神様は私にもう一度チャンスをくれた。


 目の前に今の姿の夫が現れた時は、心臓が止まるかと思った。倒れそうになる自分を支えてくれた時、彼の心音が聞こえたのだ。


 間違いない。私にはわかる。目の前の彼こそ、夫の生き返った姿なのだと。


 両親に慌てて伝えた。再婚は取りやめだ。だって彼が帰ってきてくれたのだから。なのに、両親は私を病院に連れて行った。


 わけがわからない。彼は間違いなく彼なのに、何故皆それを認めないのだ。


 きっと両親は気がおかしくなってしまったのだろう。このまま二人と過ごしていたら自分までおかしくなってしまう。そう思って、書置きだけ残して家を出た。


 困ったのは収入についてだ。今までこれといって働いてこなかった私には、どうすればいいかわからなかった。


 そんな時に、ハローワークで冒険者というのを知った。勧められるままライセンスを取得し、ダンジョンに潜った。彼に戦わせるのは怖かった。また失ってしまうのではないかって。


 けど、彼は力強く任せろとジェスチャーで示してくれた。そして、夫は生まれ変わってもなお、いや前以上に強かった。


 これで生活費の問題はなくなった。次に考えたのは、子供である。あの時亡くしてしまった我が子。だけど、夫が蘇ったのだ。あの子も蘇るに違いない。


 また子供を作ればその肉体に魂が宿ると信じて何度も夫と体を重ねたが、一向に子供ができる気配はなかった。


 いくつもの病院を回ったが、どこも精神系の医者を紹介するところばかりで、役に立たなかった。


 ならばと思い、治癒スキルにすがったが、こちらもダメ。もしかしたらこのまま子供は蘇らないのかと挫けかけたが、それでも諦めきれなかった。


 そんな時だ。神様がまたチャンスをくれた。


 偶然見つけたネットの記事。不自然なぐらい埋もれてしまっていたその記事には、避難所を治癒の力で救った救世主の話。


 その力はたとえ死ぬ一秒前の負傷すら完全に癒してみせる奇跡の力。今まで見てきたどの治癒スキルよりも強力な能力。


 ああ、きっとこの救世主なら子供も生き返らせてくれる!


 そう思って彼を探るため、救世主を祀っている新興宗教を尋ねたのだが、救世主の身元はおいそれと明かせないと断られてしまった。


 だから、ちょっとだけこちらがどれだけ本気なのか教えてあげた。そしたら彼らは激高し、使い魔をけしかけてきたのだ。


 しょうがないから夫に制圧してもらい、生き残りに昔夫から教えてもらった方法で尋ねたところ、ようやく救世主の居場所を知る事が出来た。


『貴様には必ずや我らが救世主より天罰がくだるぞ!』


 そう叫ぶ彼らを背に救世主に会ってみたのだが、最初はただの凡庸な少年としか思わなかった。


 だが、どうだろう。彼は素晴らしい力を見せてくれた。あの力なら、きっと我が子も生き返るに違いない。


 治療の終わった夫の背に身を預ける。海の見えるいい場所だ。周りが少しだけ血なまぐさいが、潮の香りが北海道で彼と会った時の事を思い出させてくれる。


「絶対、三人で暮らしましょうね。アナタ」





読んでいただきありがとうございます。

今後ともよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 自分がやってる事としでかした事の認識が合わないんだな、オークチャンピオンが倒されればそれこそ狂乱しながら襲い掛かるかその場は逃亡して後日主人公の両親に襲い掛かって自分と同じ苦しみを味わうが良…
[良い点] 感想見て気付かされました。 確かにまともなヒロインがいねぇ……っ! だがそれがいい
[良い点] 振り切ったキチキャラは強いの法則 矢橋くん視点だと100%善意で助けた命を無理やり奪われてるから気分悪いよな [一言] コレがまともに名前と出番がある人間の女キャラ3人目ってこの小説マジ?…
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