5 神様の贈り物
パチン、と薪がはぜる音で私は目を覚ました。
いつの間にかうたた寝してしまったらしい。車椅子から半分ずり落ちていて、私は「よいしょ」と声を出して姿勢を元に戻した。
思い切り深呼吸をして眠気を払う。冷たい空気は眠気の残滓を一掃してくれた。なにも冬に庭に出なくてもとみんなには言われるが、あの病院の庭に似た雰囲気が好きで、天気の良い日はここに出ることにしていた。もっとも、病院と違って海に面しているから、風には潮の匂いが混じっている。そこだけはあの庭と違っていた。
「今日は暖かいな」
昨日まで吹いていた北風がおさまり、今日は瀬戸内らしい穏やかな天気だった。
私は車椅子にかけていたかばんを開いた。中にはラミネート加工された絵と写真、そして一冊のノートがある。私の、一生の宝物だった。
「一年、経ったね」
写真は、退院する前日に開かれたサプライズパーティーの時に撮ったものだった。お皿に積まれたパンケーキと一緒に、私と三人の子が写っていた。
イチローくん、フタバちゃん、ミツキちゃん。
三人とも弾けるような笑顔で、本当に楽しそう。私一人泣き笑いでちょっぴりはずかしい。「大人のおねーちゃんが泣いてちゃだめだよ」と一番年下のフタバちゃんにたしなめられて、慌てて涙をぬぐった後だった。
絵は、イチローくんが描いてくれた。弱虫で、泣き虫で、でもとても強い魔女の絵。とんがり帽子をかぶって空飛ぶ箒にまたがり、「助けに来たよ」とVサインをしていた。
私のイメージ通りの女の子で、とても驚いた。Vサインがすごく頼もしい。本当にいたら絶対お友達になるよね、てみんなで盛り上がり、イチローくんはフタバちゃんにもミツキちゃんにも魔女の絵を描いていた。
ノートは、ミツキちゃんが書いてくれた物語。登場人物は、ミツキちゃんたち三人と私。花嫁の私を、愛する男性の所まで連れて行ってくれる、魔法使いとパティシエと勇者の冒険物語。
「私、恋人すらいないんだけどなぁ」
勇者に助けられた愛する男性と出会えた私は、魔法使いに祝福され、パティシエの作ったケーキでお祝いしてもらい、大団円。何度読んでも楽しいお話だった。
私はお話を読み終えるとノートを閉じ、机に置いていたノートパソコンを膝に乗せた。
蓋を開くと、パソコンが起動し、画面に書きかけの原稿が浮かび上がる。
魔法使いとパティシエと勇者の冒険、第二弾。
大人になった三人が、お日様を隠してしまう怪物を倒しに行くお話。大きくなって強くなった三人は、どんな困難にも負けずに怪物を倒し、世界に太陽を取り戻してくれる。そう、イチローくんが教えてくれたお話の、続きのお話だった。
「……間に合わなかったな」
私はぽつりとつぶやき、雲ひとつない青空を見上げた。
誰も信じられず閉ざしていた心を、優しく開いてくれたイチローくん。
元気になるため、一緒にがんばって嫌いなものを食べたフタバちゃん。
好奇心旺盛で、新しいことを、未来を考える勇気をくれたミツキちゃん。
大切なことを教えてくれた三人は、一足先に冒険へ旅立ってしまった。きっと今頃は、あの青空の向こうで、三人仲良く冒険中だろう。
「今度は、三人の冒険を、夢の中で教えてね」
私がそれをお話にするから。そして世界中の人たちに贈り届けるから。
大丈夫、三人のことは忘れないよ。
「いってらっしゃい……がんばってね」
私の声に応えるように、北風が机の上のノートをなでてページをめくった。
ノートに挟んでいた魔女の絵と三人の写真がふわりと浮いてこちらを向く。
神様が出会わせてくれた大切なお友達が、「いってきます」と、素敵な笑顔で私を見つめていた。




