第二十一話 ミラと国王
お腹空くと動けなくなります。
長い距離を厳かに歩き、ようやくお城へと到着した。
門を潜ってやっと終わったと思ったが、なんと門から玄関までかなりの距離があるではないか。ここに来るときはいつも馬車だったから知らなかった。随分楽をさせて貰っていたものだ。
(あれ? あそこにいるのって、もしかして)
千里眼で見た光景がにわかには信じられない。
だが、近づくにつれ、ミラの疑惑は確信へと変わった。
「ようこそ、聖マレルタ王国王宮・エイルスカルタ城へ。余が城主のナルヴィク・オブ・マレルタである」
なんと国王が出迎えたのだ。進行表には『城で国王陛下と談話』としかなかったから、またあの無駄が多すぎる謁見の間に通されるものとばかり思っていた。
国王の周囲には、エドガーを始めとした騎士たちが並んでいる。軽く笑いかけると、エドガーは小さくウィンクで応えた。
「こ、これはこれは国王陛下。ご機嫌うるわしゅー……」
「あなたも、健やかなる時をお過ごしのようで」
(キャラ違う! 顔も、作り笑顔だけど笑ってる! わたしのことあなたって言った!)
トルナバダコタが言っていたことを思い出した。現在のミラは、一時的に国王と同列に扱われる存在なのだ。国王はその儀礼に則った対応をしているのだ。
「では、参りましょう。部屋を用意しております」
国王はミラを城の中へと誘った。「助けて。マジ助けて」と思いを込めて後ろを見るが、そこには神妙な面持ちで顔を伏せる二人の神父がいた。とりあえず呪っておいた。
お城にはエレベータがある。初めて来たときはハイテクだと思った程度だが、魔法の知識を得た今なら、それが魔法によるものだと理解できる。これがあるから、老齢の国王も広くて高い城に住んでいられるのだ。
ミラが案内されたのは城で一番高い場所に設えられた部屋だった。他の部屋に比べると小さめで、テーブルとイスのみが置かれた寂しい部屋だ。ただ一つ、大きな窓が目を引いた。きっといい眺めに違いない。
お付きの人が一礼して二人を見送った。どうやら、この部屋には国王と聖人しか入れないらしい。
国王と二人きりと言うわけだ。
「かけなされ」
「はあ、失礼します」
「……列聖されたというのに、気のない返事だな」
「あ。口調戻りましたね」
「ふん。ここは人目がない故な」
国王はいつもの不機嫌な顔に戻ると、どっかりと椅子に腰を下ろし、頬杖をついて窓の外を眺めた。ミラもつられて目を向ける。
そこには素晴らしい景色が広がっていた。
美しい町並みが様々な瓦で彩られ、街路樹の緑がよいアクセントになっている。遠くにぼんやりと山並みも見えた。あの向こうには、別の国がある。
「どう思う」
「綺麗です。それに、生き生きしてる」
国王の鼻息。それすら元気がない。
(アルトレイムがいなくてすねてるのか?)
「あの、ここでのわたしって、一応国王さまと同列なんですよね?」
「そうだ。しかし、余は礼儀を知らぬ者に容赦はせぬ」
「それは怖いですね。ところで、ちょっと聞きたいんですが、アルトレイムさんとはどういう関係なんですか?」
「あれは余の息子だ」
「マジで⁉」
「まじとはなんだ。魔字ではないようだが」
「あう、えっと……本当でしょうか、という意味です。この国でも一応通じる言葉です。極東の国の方言みたいなものなので、あまり使われませんが。それにしても似てませんね」
「口に気を付けろ。今の発言、侮辱であるぞ」
「ウソ⁉ 殺さないでください!」
(危ね~。『愛人かと思ってました』とか言いそうだったよ。期待させやがって)
「余は誰も手にかけぬ。滅多にな。だが、余の臣下がそれをする。そのこと、努々忘れるでないぞ」
「気を付けます。ところで、談話ってなにをするんでしょうか? 普通にお話ですか?」
国王が部屋に入って初めて、ミラの顔を見た。
「そなたは恐れぬのか。この国の王を。それが持つ、強大な力を」
「怖いですよ? 今だってビクビクしてます。でも、王さまの方が怖がってるから、わたしがリードしなくちゃって思うんです。あ、これ侮辱じゃないんで怒らないで!」
国王は表情を険しくしたものの、なにも言わずに小さく鼻を鳴らしただけだった。
「余が、なにを恐れるというのか」
「怒りませんか?」
「わからん」
「正直ですね……。なら、わたしも正直に言います。王さまは、その強過ぎる力を恐れています。自分の言葉一つ、態度一変で他人の人生を破壊しかねない力。それを使い熟せているか、常に不安を胸に秘めている……ように見えます」
最後の方はほとんど聞き取れないほど小声だった。なにしろ、みるみる国王の顔が苦渋に満ちて行ったのだから。
やはり怒られるだろうか。部屋を出た瞬間、「死刑」とか言われそうだ。
(多分この人は、眉一つ動かさずにそれができる。少なくとも、表面上は)
「……ふん。貴様のような小娘にまで悟られるとは、余も老いたものだ」
「あれ? やっぱり気づいてました? 本当は小心者だって気づかれてること」
「貴様は本当に口が過ぎるな。だが事実だ。余は力を持て余しておる。城に仕える者どもは、みな気づいているだろう」
「でしょうね。王さまはわかりやすいから」
ミラはくすりと笑った。
「なにがおかしい?」
「だって、おじいちゃんが張り切ってるのって、見ていると微笑ましくないですか?」
「……貴様に、なにがわかる」
地雷を踏んだ。
声は荒げていない。だが、明らかに国王は怒っていた。
(やっちゃった! この人静かにキレるタイプだ! タイプシェイラだ!)
「あの、えっと、その……」
「二度言わすな。余が持つ力、与えられた運命、担う責任。これらのうち、貴様はなにを理解しているというのか」
「……すみません。わかりません」
「ならば、口を挟むな。余は国王なるぞ」
強がりだと、ミラは思った。
「強がっちゃって……」
「なんだと?」
(しまった! 口に出てた。しかも聞かれた)
「余は国王である。器に足らずとも、それが厳然たる事実に変わりなく、与えられし運命に相違ない。ならば、それに見合う者であろうと努力することに、なんの不満がある! 王とは、生まれながらの性質である。それがなき愚王は道化を演じていると知りながら、本物たらんと欲する他手がないではないか!」
国王の声は悲痛な叫びだった。自分には重すぎる王という肩書に、この人は苦しんでいる。努力しても追いつけない己の理想に追い詰められているのだ。
(そういう人を、わたしは知ってる……)
「……わたし、王さまの気持ちはわからないけど、王さまと同じように悩んだ人がどうなるかは、知ってるよ」
「同じだと? 一国の王である、余と」
「うん」
「あくまで同じと申すか。貴様は決して己の考えを曲げようとはせぬ、愚かな童だ。余も知っておる。貴様のような愚か者は、方々から食い物にされ、捨てられる運命にある」
「そうかもね。でも、きっと後悔はしないと思う……いや、やっぱりするかも。今も聖女になんかならなきゃよかったって思ってるし。でも、誰かの言いなりに人生を生きるよりはマシだよ」
「なぜそう言い切れる。貴様の一〇年の人生で、なぜ、余の七〇年に及ぶ生の苦しみを否定する」
「ハッ! 長く生きてるだけで、そんなに威張らないでください。こっちは本当に死んだことがあるんですよ? 人生の終着点が死なら、わたしはあなたよりずっと先輩なんです」
「貴様こそ、神に会ったくらいで威張るな。あれはろくでもない奴だ。立場上宗教を捨てるわけにはいかんが、あやつは誰がどんなに祈ろうとも、決して手を差し伸べることはしない。一方で教えに背けば罰を与えるという、矛盾した存在だ」
「それ正解です。あの人、ホント適当だったから。あんな人に会ったことを、わたしは誇ったりしませんよ」
「ならば、先の質問に答えよ。なぜ、自身の私欲に溺れ生きることを、最善と申すか」
「最善とは言えないよ。ただ、わたしは試したいだけ。前の人生は誰かの言いなりになって、人に甘えて生きてたからね。しかも、わたしが甘え過ぎたせいで、大切な人は死んじゃった」
「貴様が殺した素奴が、余と同じと申すのか」
「そうです。周りからのプレッシャーに耐え、それでもあがき、前を見ていた素晴らしい人です。でも、その人は自殺したんです。最後に、なんて遺したかわかりますか?『疲れた。ごめん』ですよ……あの人は、わたしに謝らせてもくれなかった……」
テーブルに、ミラの涙が落ちた。
「あなたの行く末にあるのは破滅です。あなたはどんなに己を追い込み理想を体現しても、決して満足しない。今のままでは、あなたはあなたを慕う人たちまで巻き添えにして死ぬでしょう。実際に巻き添えにされたわたしは、それが許せない。わたしはあなたを止めなければならない」
「素奴と余は違う。素奴は力が足りなかった。心が弱く、すべてを投げ出し逃げた負け犬に過ぎん」
「それは否定できません。あの人も、きっとそう思いながら死んだだろうから」
「ならば、話は終わりだ。無駄な時間を過ごした」
国王はそう言い残すと席を立った。痩せた背中が小さく見える。
次、投げかける言葉ですべてが決まる。ミラはそう確信した。
それはとても重要な言葉。
しかし、ごく自然に、あまりに優しい声音でそれは紡がれた。
「みんな、気づいてますよ」
「余の虚栄か。知っておると言ったはずだ」
「ううん、違う。あなたの、助けを求める声のことです」
「ふざけるな!」
今度こそ国王は激高した。つかつかとミラに詰め寄り、胸倉を掴まれ目を覗き込まれた。
(なんて弱弱しい力だろう)
「かわいそうに」
「黙れ!」
テーブルに拳が叩きつけられた。
「余は国王だ! 王たるもの、強くあらねばならん! よかろう、そこまで貴様が余の力、苦心の結果を疑うなら、その矛先、貴様自身に向けてやろう。復活の聖女は偽り。教会を騙し国の内政を破壊しようと目論んだ馬鹿な娘である! 内乱及び外患誘致の罪により、貴様を捕縛する!」
べちん。
ミラが国王の顔を殴った。拳で顎を打ち抜いたのだ。大した力も入れていないにも関わらず、国王は膝から崩れ落ち、辛うじてテーブルにしがみつきミラを睨んだ。
「……よくやった。貴様は死刑だ」
「お好きに。ですが、もう少し話を聞いてもらいますよ。幸い、外に音は漏れませんし」
「魔法を使いおったか」
「学んだことを実践できるって、素晴らしいですよね。あなたのおかげです」
「……魔女め」
(魔女か。そう言えば、フランスのラ・ピュセルも最初は英雄、後に魔女として火炙りだっけ。……あ! しかも、黒猫までいるじゃん! コンプリートしちゃった! センパイごめん!)
一応謝罪はするが、もう遅い。こうなったらしばらくここに閉じこもって、夜になったら窓から逃げよう。魔女は飛べるのだ。
しかし、そうなると夕食は諦めるしかない。城の厨房からパンくらい失敬しても罰は当たらないはずだ、聖女だし。
国王さまも大変です。




