第1話 予知夢がもたらすもの
高貴な男性が、毒を盛られたワインを飲み、血を吐いて床へ倒れ込む。
(ダメ! 毒が入ってる!)
身体を揺り動かされたことで、ベッドで寝ていたレーナはハッと目を覚ました。
「レーナ、起きて。……レーナ!」
目を開けると、同部屋で共に暮らしているジェシカの顔が視界いっぱいに広がった。
上半身を起こし、荒く息を吐き出す。嫌な夢を見たせいで、心臓が激しく鼓動していて痛いくらいだ。
「またうなされてたよ」
ここは、王宮の敷地の中でも一番はずれにある使用人たちが住む一角。
のそのそとベッドから降りて、いつものメイド服に袖を通す。額には冷や汗が浮いていた。
変な夢を見たのだ。高貴な男性が、毒を盛られたワインを飲んで床へ倒れ込んでいた。だけど、それが誰なのかわからない。
「大丈夫? 顔色が悪いけど……」
ジェシカが心配そうに顔を覗き込む。
レーナは笑みをたたえつつ、ふるふると首を横に振ってブロンドの長い髪を後ろでひとつに束ねた。
「夢を見たの。場所はこの王宮の中だった」
「内容は? どんな夢だったの?」
「それが……頭の中で途切れ途切れになってて、よくわからないの」
レーナが見る夢は、次々とシーンが切り替わる短い映像の継ぎはぎのようなもの。
しっかりと場面が繋がっていないため、聞かれてもうまく説明できなくてしばし考え込んだ。
誰かが毒を盛られて倒れたなんて、さすがに言うのははばかられたのだ。
調理場に積み上げられたお皿、湯気の立つ料理、ていねいに磨かれたグラス、ワインボトル、せわしなく働く使用人たち。
夢では、そんな光景が断片的に流れていた。
それと……青い小瓶が置いてあった。あれはなんだったのだろう?
「最近、よく夢の話をするよね」
ジェシカの言うとおり、レーナはここ最近ぐっすり眠れていないせいか、夢を見ることが多くなった。
今朝は王宮内での出来事だったけれど、まったく知らない場所が出てくることもある。
登場する人物も風景も屋敷もこの国とは丸きり違っていて、とても不思議な夢だ。なぜか懐かしい感じもある。
しかし、おかしなことを言うと思われたくなくて、レーナは誰にもそれを話せていない。
「今日は洗濯を早く片付けて、お昼には調理場に行かなきゃ」
「そっか。レーナと一緒に働けるんだね」
「オディル様に叱られないようにしないとね」
使用人たちの仕事を采配して束ねている使用人頭がいる。オディルという名の四十代の女性だ。
レーナは使用人の中でも、主に洗濯や衣装のほころびを直す係りなのだけれど、ほかの部署で手が足りないときは応援に回ることになっている。
昨日仕事を終えるころ、レーナはオディルから、明日は手が足りないから調理場を手伝うようにと指示を受けた。
調理場は慌ただしい場所だが、気心の知れたジェシカと顔見知りの使用人仲間であるマリーザがいるので、緊張しないで働ける。
顔を洗って身だしなみを整えたレーナとジェシカはそれぞれの持ち場へ向かった。
自然災害が少なく、豊かな土壌に恵まれた国であるエテルノ王国は平和だ。空は果てしなく青く、薄い雲がおだやかにゆったりと流れていく。
「レーナはもう行っていいよ。あとはやっとく」
「そう? ごめんね。行ってくる!」
残りの洗濯をほかの同僚たちに任せ、レーナは小走りで調理場へ向かった。
昼食の準備に追われているそこは、料理人や使用人たちがせわしなく動いていて、まるで戦場のようだ。
奥のほうには王族の食事を任された専属料理人の姿が見える。
「レーナ、そこにある玉ねぎの皮を剥いてくれ」
「わかりました」
料理人から指示を受けて黙々と仕事をこなしているうちに、午前の訓練を終えた衛兵や騎士たちが順番にやってきて食事を始めた。
使用人たちの食事は粗末なまかないだが、王宮周辺や国境の警備を担う彼らにはボリュームのある料理が振る舞われている。
「私、食材庫にじゃがいもを取りに行ってくるね」
ジェシカが笑顔でレーナに声をかける。
すぐ後ろにはテーブルの上に所狭しと陶器の皿が積まれていた。
「あぶない! お皿が!」
「え?」
床に落ちてしまう前にレーナがあわてて支えたため、ことなきを得る。
ホッと胸をなでおろすレーナとは対照的に、ジェシカはすぐに理解が追いつかずにしばらくポカンとしていた。
「そっか。レーナのおかげでお皿が割れずに済んだのね」
「ジェシカが怪我をしなくてよかった」
「でも、私がぶつかるって、どうしてわかったの?」
ジェシカが皿を安全な場所へ移動させつつ率直に問いかけると、レーナはどうしようかと少しためらったあと、口を開いた。
「今朝の夢。今と同じ状況で、何枚もお皿が割れてジェシカが顔を真っ青にしてたから」
気味が悪いと言われるかもしれない。そう懸念したレーナだったが、ジェシカはただ驚いたり感心したりするだけだった。
「正夢ってやつ?」
「そうなのかな」
「とにかく助けてくれてありがと」
もっと事前に明確な情報が得られればいいのだけれど、夢はいつも継ぎはぎ。
そのため、直面する寸前にならないとわからない。それがレーナにはもどかしかったが、当たることが多くてとまどってもいた。
「手を止めてたらオディル様に叱られるわよ?」
そばを通りかかったマリーザが、ヒソヒソ声で私たちに忠告をした。
彼女の言うとおりだ。ピークは過ぎたとはいえ、片づけや掃除はまだ終わっていない。
レーナとジェシカは微笑み合い、すぐさま仕事に戻った。
「遅くに来てすまない。俺の飯、ある?」
衛兵や騎士のほとんどが食事を済ませたころ、遅れてひとりの若い男がやってきた。宮殿の護衛を務めているクリフだ。
テーブルを拭いていたレーナはあわてて調理場の料理人に声をかけ、戻ってきて「大丈夫です」と笑顔で返事をした。
「今日は洗濯じゃなくてこっちの手伝い?」
丸いスツールに腰をかけたクリフが、テーブルに頬杖をつきながら拭き掃除をするレーナに話しかけた。
鍛錬場のそばに洗濯場が設けられているので、ふたりは互いに顔を見知っている。
「手が足りないから駆り出されました」
「そうか。大変だな」
「いえ。クリフ様こそ大変そうですね」
昼食が遅くなった理由は仕事が立て込んだからだと、頭のいいレーナは勘が働いた。
王宮内に不審な侵入者を許すことなどあってはならないため、綿密な会議がたびたびおこなわれていると聞いている。
「フィンブル宮殿の警備が手薄なんじゃないかって意見が出ててさ……」
王宮内には宮殿がふたつあり、シルヴァリオン宮殿ともうひとつがフィンブル宮殿だ。
フィンブル宮殿のほうが小さく、王太子が結婚したあと妃と住むために用意された場所である。
この国の王太子は、現在の国王と亡くなった王妃とのあいだに生まれた第一王子のオスカー・バルヴィア。
男性とは思えないほど美しい顔をしていて聡明だと言われているが、レーナは姿を目にしたことがない。
「フィンブル宮殿はまだ誰も住まわれていませんよね?」
「ああ。王太子殿下の縁談が決まりかけてたのに白紙になったし」
誰かに聞かれたら困ると思ったのか、クリフは右手で口元を隠しながら声をひそめてそう言った。
二ヶ月前、国境の西側に位置するスワスティカ王国の第二王女であるシモンヌとオスカーの縁談話が持ち上がった。
王族のほとんどは政略結婚で相手が決まるため、シモンヌがこの国の王太子妃として迎え入れられる運びになっていた。
しかし、シモンヌの病気を理由に、スワスティカ王国が結婚の白紙を申し入れてきたのだ。
「私、そのころちょうどお休みをいただいてたので、あまり噂を知らなくて」
レーナは料理人が用意したパンとスープ、チキンの乗ったトレイをクリフの元へ届け、グラスに水を注いだ。
相当空腹だったのか、勢いよくパンを手に取ったクリフが大きく口を開けてかぶりつく。
「そうだ、事故に遭ってたころだよ。その後大丈夫なのか?」
「はい。もうすっかり平気です」
実は二ヶ月前、レーナは使いで王宮の外に出る機会があった。
その帰り道、とある公爵家の馬車と衝突してしまったのだ。
地面に頭を打ち付け、身体のあちこちに打ち身と傷ができたレーナは長期の休暇を願い出て、ひと月ほど実家で静養していた。
そのあとからだ――――変な夢を見るようになったのは。
「ところで、フィンブル宮殿は綺麗な花が咲いているらしいですね」
「王太子殿下が中庭に植えさせたんだそうだ。どこか東方の国で種を手に入れたとかで。珍しい紫色のアスターだってさ」
さぞ綺麗なのだろうなと、レーナは思わず目を輝かせた。
いつか娶るであろう妃をよろこばせたくて花の種を持ち帰ったのだとしたら、王太子はとても優しい人なのだろうとレーナの中で想像が膨らんでいく。
「私も見てみたいです」
「それは無理だな。フィンブル宮殿には決まった人間しか入れないし、花とはいえ王太子殿下が育てているものを摘んで持ってきたりしたら俺が王宮から追い出される」
クリフが肩をすくめておどけるのがおかしくて、レーナは声を殺しながらクスクスと笑った。
のんびり話してはいられないと気づいたのか、クリフは急にあわてて皿に盛られた料理を頬張り、片手で合図を送りながら去っていった。
レーナは使用済みの皿を片付けたあと、調理場の外にある食料庫へ赴いた。
在庫を確認して出てくると、見かけない若い男性がポツンと立っていて、互いに存在に気づいたふたりは自然と視線が交錯する。
男性がブレストプレイトと呼ばれる胴当てを付けていたので、レーナはすぐさま騎士団のひとりだろうと思った。
しかしよく見ると、騎士たちがいつも身に付けている服とはデザインが違う。
騎士団はいくつか連隊があるため、自分の知らない隊の制服なのかもしれないとレーナは頭を切り替えた。
「もしかしてお食事がまだでしたか?」
クリフのように食べ損ねたのかと勘を働かせたレーナは迷わず声をかけた。
なんでもいいから食べさせろと言われたら、調理場にいる料理人に頼みに行かなければならない。
プラチナブロンドの髪をサラサラと揺らしながら、背の高い男性がレーナのほうへ歩み寄ると、辺りに爽やかな風が吹き抜けた。
ライムのようなグリーンの透き通った瞳、高い鼻梁、凛々しい眉、形のいい唇……こんなに整った顔をした騎士がいたなんて、と間近で目にしたレーナは一瞬で見惚れてしまう。
「君は……ここで働いてるの?」
「レーナです。普段は洗濯係なんですけど、今日は調理係の手が足りなくて手伝っています。えっと……騎士団の方ですか?」
「……ああ。ルシアンだ」
男はこの国の王太子であるオスカーだったが、咄嗟に自身の侍従の名前を名乗った。彼女をびっくりさせないためだ。
「ルシアン様。お名前、覚えました!」
愛想よくにこりと笑うレーナとは対照的に、オスカーは無表情のまま彼女の顔を凝視している。
「レーナ……レーナか……やっと見つけた」
「え?」
「会いたかった。絶対どこかにいるはずだって、ずっと捜してたんだ。ここにいたのか」
小さな声でオスカーがつぶやく。
見つめ続けられて恥ずかしくなってきたレーナだったが、だんだんとこの綺麗な顔に見覚えがあるような気がして記憶をたどった。
しかし以前に会っているのなら、特徴のある彼を忘れたりしないだろう。なにかおかしい。
懸命に考え込んでいたら、ふと今朝の夢を思い出した。
どこかで会ったのではない。この人は間違いなく今朝の夢に出てきていた男性だ。
レーナの頭の中でこま切れだったシーンが、まるでパズルが埋まるみたいに徐々にひとつにまとまっていく。
「あの……」
笑みを消し、真っ青な顔になって唇を震わせる。その様子に気づいたオスカーは心配して「大丈夫?」と声をかけた。
レーナは両手を胸に当てながら、深呼吸をしてコクリとうなずく。
「もしかして、近いうちに宴がおこなわれますか?」
「宴? ああ。国王陛下が家臣たちと絆を深めたいと仰られていて、五日後にシルヴァリオン宮殿の大広間で予定されている」
国王は労いの気持ちを込め、重要行事として宴を時折催している。
日持ちのする野菜が食材庫にたくさんあったのはそのせいだ。
「それがどうかした?」
尋ねられたレーナは一瞬黙り込んだあと、意を決して口を開いた。
「今から大変無礼なことを申し上げるのですが……」
「かまわない。言ってくれ」
「絶対にワインを飲まないでください。毒が入っていて、ルシアン様はお倒れになります」
なにを言うのかと、激高されるのは覚悟の上でレーナは伝えた。
顔を真っ赤にして怒鳴られるかもしれないと想像したけれど、彼はむずかしい表情をしたまま固まっている。
「俺が毒を盛られると?」
レーナが見た宴の夢は、国王や高官たちが集まっていて、その中に彼もいた。
なので普通の騎士ではなく、彼はもっと身分の高い人なのだろうと、レーナはこのとき確信した。
そんな高貴な人物を相手に無礼な発言をしたら、こっぴどく叱られるのは至極当然だというのもわかっている。
だが、彼が乾杯をしたあと飲み物を口にし、血を吐いて苦しそうにしながら椅子から床へ崩れ落ちる夢が鮮明によみがえってきたのだ。それを黙っているわけにはいかない。
「今朝そういう夢を見たんです。戯言だと思われるかもしれませんが……」
「いや、よく教えてくれた。ありがとう。君は命の恩人だ」
「……今の話を信じてくださるんですか?」
きっと、わけのわからない夢の話などいくらでも作れると鼻で笑われるだろう。
そういう反応を予想していたレーナは、あっさりと信用してもらえたので逆に驚いてしまった。
「私の夢、本当によく当たるんですよ」
「ああ。だけど今の話は宴が終わるまで誰にも言っちゃダメだ。俺が自分でなんとかするから」
「……わかりました」
肩に手を添えられ、真剣な瞳でそう言われたレーナは絶対に沈黙を守ると心に誓った。
しかし、どうして夢の話を怒らずに聞いてくれたのか、どうやって盛られた毒から免れるというのか、レーナの頭の中には疑問が残ったままだ。
(それに、いったい誰が毒を盛るというの? そんな恐ろしいことを……)
万が一、王族が毒入りの飲み物を飲んで命を落としてしまったら、犯人はこの王宮から追い出されるだけでは済まない。
王族殺害の罪を問われ、自分の命で償わなくてはいけなくなる。
「大丈夫だ。レーナ、また会おう」
むずかしい顔をしたままのレーナの腕をやさしくさすり、爽やかな笑みをたたえたオスカーは彼女に背を向けて立ち去っていった。
ほかにももっと思い出せないかと必死で記憶をたどる。するとそこで、青い小瓶のことが頭に浮かんだ。
もしかしたらあれに〝毒〟が入っていたもかもしれない。誰かが調理場でコソコソと細工をしていた。
顔はわからないけれど、女性だった。――あの手は、いったい誰なの?
レーナはその夜、また新たな夢を見た。それは、これまでかつてないほどの不思議な夢だった。
しかも、こま切れのぼんやりしたものではなく、夢とは思えないほどはっきりとしていた。
場所はどこかわからないが、ここエテルノ王国でないことはたしかだ。
ブロンドの髪色の人や、ドレスを着た人はひとりもいなかった。遠い外国だろうか。顔だちもこの国の人たちとは丸きり違う。
「お嬢様、そんなのは俺がやりますよ。お着物が濡れます」
屋敷の前で手桶と柄杓を持って水を撒いているところへ、小柄な少年があわてた様子で近寄ってくる。
年齢は十二~十三歳くらいの男の子で、顔にはまだあどけなさが残っていた。
彼の名前を知っているはずなのになぜだか思い出せない。なんという名だっただろう?
「打ち水もダメ? 昨日だって裏庭の草むしりをしていたら止められちゃって……」
「当たり前ですよ。草むしりなんかしたら、その真っ白で綺麗な手が傷だらけになるじゃないですか。俺が旦那様や奥様に叱られます」
あきれたような笑みをたたえた少年が柄杓をそっと取り上げる。
「打ち水をすると涼しくなるのはどうしてかしらね」
明るい口調で少年に問いかけたところで、真後ろからまた別の人物に「お嬢様」と声をかけられた。
少年よりも何歳か年上の、かわいらしい顔立ちをした少女だった。
彼女は自分に付いてくれている使用人だと、なぜかわからないがレーナは夢の中で自然に理解していた。
「髪型が崩れていますので結い直しましょう」
「ありがとう」
「上げ髪もいいですけど、お嬢様は“まがれいと”もきっとお似合いですよ」
にこりと微笑んでうなずいたところで、レーナは目を覚ました。
次にぼんやりと視界に入ってきたのは寝起きしている部屋の見慣れた天井だ。
まだ頭がすっきりしないままベッドから出て、覚えている範囲をノートに書きこんでいく。
ここ最近、おかしな夢を見る現象が何度か続いているので、忘れないよう記録に残すことにしたのだ。
今朝の夢では、レーナは“お嬢様”と呼ばれていた。貴族の娘のように大事に扱われていたのは間違いない。
登場する人物はみんな見たことのない服装をしていて、自分を含め女性は長い髪を上部で結わえていた。
しかし、“まがれいと”とはなんなのか。
目にする風景や交わす会話ははっきりと覚えているのに、相手の名前や自分がどこにいたのかはわからない。
レーナはモヤモヤしながらノートを閉じて、朝の身支度を始めた。
この日もレーナは調理場を手伝うことになった。
自然と頭に浮かぶのは眉目秀麗なオスカーの顔。彼が毒を飲まされて倒れる姿だ。
食料庫の隣にあるワインの貯蔵室に入ってみたが、特に変わった様子はない。
レーナはあちこち見て回ったあと、ほうっと息を吐く。普段出入りしていない自分が見てもわかるはずがないのに、と。
「レーナ? そこでなにをしているの?」
声をかけられてビクリと肩を震わせる。振り向くと、マリーザが不思議そうな顔をして立っていた。
「なんでもないの。指示されたらすぐに動けるよう、ワインの場所を把握しておこうと思っただけ」
「ずっとここにいたら、サボってるって勘違いされるよ。行こう」
「うん。そうだね」
手招きをするマリーザに従い、レーナは貯蔵庫の外に出た。
彼は、自分でなんとかすると言っていたけれど、本当に大丈夫なのか……。レーナは心配で仕方なかった。
一日が終わり、寝る準備をして床につくと、レーナは再び不思議な夢を見た。
昨夜とまったく同じシチュエーションで、続きのような夢だ。
この国とは全然違う造りの木造の建物が建っていて、みんな黒髪で黒い瞳をしている。
「お嬢様、なにをなさってるのですか?」
昨日の夢に出てきた使用人の少女がかわいらしく小首をかしげて尋ねた。場所は屋敷の一角にある部屋の中だ。
「お花をいただいたから、押し花を作っていたの」
レーナがそう答えると、少女は瞳を輝かせた。
「それはなんですか?」
「花は時が経てば枯れてしまうでしょう? 押し花にしておけばいつまでも手元に置いておけるのよ」
少女が明るい表情のまま「へぇ~」と感嘆の声を上げる。
「その、押し花というものは、どうやって作るのですか?」
「こうして紙のあいだに挟んで、上から重石を置くのよ」
「なるほど。これはそのための書物なのですね」
どこから調達してきたのかレーナにはわからないが、分厚い本がたくさん積まれてある。
表紙に文字が書かれてあり、見たことのない文字のはずなのに、夢の中のレーナはなぜかそれをすらすらと読めた。どうやらなにかの思想書らしい。
「上手に出来たら、あなたにもひとつあげるわね」
「え! もらえるならうれしいですけど、いいんですか? そのお花はコウタロウ様からいただいたものですよね?」
「そうなの。お庭にたくさん咲いているらしくてね、わざわざ摘んできてくださったの。薄紫色でかわいらしい花よね」
にっこりと微笑み返したところで目が覚めた。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいて鳥が鳴いている。
不思議な夢を見るときはなぜか朝方が多いなと考えつつ、身体を起こしてノートに内容を書きこんでいく。
だけどふと、今日はいつもと違うことがひとつだけあったとレーナは気がついた。
使用人の少女が名前を口にしたのだ。たしか……コウタロウ様、と。
夢の中でレーナはその名を聞き、照れながら胸をときめかせていた。そこから察すると、おそらく恋人か片思いをしている相手なのだろう。
実際にコウタロウという人が夢に現れたわけではないので、どんな男性なのかはわからない。
悩んだところで答えが出ないのはいつものこと。ただ言えるのは、怖い夢ではなく、どこか懐かしい気持ちになる。
どうせならコウタロウと対面してみたかったなと思いつつ、レーナはそっとノートを閉じて朝の身支度に取り掛かった。
◇◇◇
宴がおこなわれる日がやってきた。
この日もレーナは調理場を手伝うように指示を受け、宴の準備にいそしんでいた。
テキパキと手を動かしながらも、気がかりなのは毒の件だ。
(ルシアン様はなんとかすると言っていたけれど、本当に大丈夫かな?)
レーナはただ心配することしかできなかった。
そんな中、調理台の隅にちょこんと置かれている青い小瓶が目に留まる。
それは夢に出てきた小瓶で間違いない。もしもあの中に毒が入っているとしたら、いったい誰が?
すぐそばにいたのは、マリーザだった。
夢の中で青い小瓶を持っていた女性の手……長くて細い指が、彼女と酷似している。
レーナが彼女のほうへ視線を送っていると、急にマリーザが振り返った。
目が合った彼女はひどく動揺し、視線をさまよわせている。
(まさかマリーザが細工を? でも、今ならまだ止められるかもしれない!)
レーナは周囲の料理人たちの視線を避けながら、マリーザの背後へ向けてそっと足を踏み出した。




