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タソガレ村にて


「ツクヨミ様の墓参りに行きます」

そうチカゲが言い出したのは突然だった。リオンは驚いたものの、ツクヨミの事に関しては、チカゲは非常に繊細だ。無闇な詮索も憚られる。

しかし聞かずにはいられなかった。

「えっと……あの、どこにその、お墓はあるの?」

「ワタシの生まれ故郷に。ここから北の方へ二、三日歩けば辿り着きます。ツクヨミ様とは二人であちこちを渡り歩き、最後はワタシの故郷のはずれ、小さな小屋で暮らしました。あの方は王都から来たとかいう武士に殺されましたが」

「…………」

リオンの尋ねたいことを悟ったのだろう、チカゲは言った。

「心の整理をしたいんです」

「心の整理?」

もしかしてとうとう賢者の石を諦める気になったのだろうか、わからない。リオンには彼の考えることはいつだってわからないのだ。

「その、えっと……そのまま行って……いなくなったり、しない?」

「さあ」

リオンはゾッとした。彼は本気で悩んでいるように見えた。そのまま姿を消して賢者の石の研究を続けるつもりなのか、はたまた諦めて余生を一人で暮らすつもりなのか。何もわからない。分かるのは彼がいなくなってしまうかもしれないということだけ。

「わ、わたしも行きます!」

つい言ってからしまった、と思った。仕事に関してはどうにかなるだろう。ブレッドやシフォンには悪いが、休んだ分後で働けばいい。だが他ならぬツクヨミの墓参りについて行くことを、この男は許すだろうか。

「……ワタシの故郷は、あまり良いところではありません。見るものもないですし、アナタがついてきても面白いものはありませんよ」

彼は難しい顔をしていたが、どうも拒まれてはいないようだった。

「それでも、行きたいと言ったら?」

「……どうぞお好きに」


そんな訳でリオンは、チカゲと彼の故郷であるタソガレ村に向かうことになった。

リオンはブレッドとシフォンに事情を話して――シフォンには抱きつかれて引き留められたが――どうにか許可を貰い、その後チカゲと共にダリウスに挨拶に行った。


二人の話を聞いたダリウスは難しい顔をしていた。

「何? 今更お墓参りに? それはまあ、悪いことではないと思うけど――チカゲ、どういう心境の変化だ?」

「それはどういう意味です? ワタシを心配しているのでしょうか」

「そりゃそうだよ。お前時々何考えてんのか分かんねえもん」

「ご安心を。リオンさんにも伝えましたが、心の整理をしたいだけです」

「はぁ……心の整理ねえ」

心配そうな顔をするダリウスに、リオンはジャムの小瓶を四つほど売ってくれるようお願いした。

「いいけど多すぎでは……いや逆に足りるかな? 長旅になるかもしれんのだろ」

「ちょっとずつ食べる非常食みたいなものです。大丈夫ですよ、別にこれだけ食べる訳じゃないですから」

本当はもう一つぐらい買いたかったが荷物にも限度があるのでやめた。リオンはいつも腰につける鞄で動いている。物を詰め込みすぎる訳にはいかない。

気をつけてな、と声をかけられ、リオンは微笑んだ。チカゲは終始何かを考え込むように無表情だった。

そうして二日後、二人はアケボノ村を旅立ったのだ。


村を出た後、人気がなくなると、自分達が枯れ枝を踏み分ける音が響く。森は歩くにつれて鬱蒼としていた。

「わたし王都にいた時、一人で遠出する時はあったんです。まあ帯刀してますから平気ですけど万が一もありますし。二人旅は心強いです」

「ハァ、そうですか」

チカゲは終始上の空というか考え事をしているようだった。

「チカゲさん、何考えてます?」

「いや、故郷のことや、ツクヨミ様のことを……」

そう言われてしまえば無闇にそれ以上詮索することは憚られた。ちらりとこちらを見て、チカゲは言う。

「聞かないのですか」

「今のあなた、とても聞ける雰囲気ではないので」

「そうですか。では……他に何を考えているか当ててみて下さい」

「ええ?」

珍しい物言いにリオンは少し困惑する。

「好きな……郷土料理とかですか?」

「ハァ……そういえばあそこでは蕎麦が名物でしたね。でも違います」

「あなたの考えていること当てろなんて無理な話です。普段から何考えてるかよく分かんないんだから」

「…………」

チカゲは少しの間推し黙り、それから口を開いた。

「アナタのことです」

「えっ」

思ってもよらぬ言葉に驚愕しそうになる。

「あー、ええと、一緒にいるから?」

「何も分かってませんね」

「だから分からないって」

「ワタシが」

足を止め、ぐっと赤い目で、チカゲがこちらを睨みつけた。

「ワタシがこの旅をする原因になったのはアナタです」

さすがにびっくりして、リオンは足を止めた。熟考の末、おずおずとリオンは口を開いた。

「け、賢者の石のこと……と、関係ある?」

「それもそうですが、そもそもはあのマフィンが、ハァ……」

顔を覆ったチカゲを見てもやはり意味がわからない。

「マフィン? 不味くはないって言ってくれたじゃん。あれお世辞?」

「違います」

「口直しにお蕎麦食べたくなったとか?」

「違います! ワタシは、ワタシは――!!」

チカゲが口調を荒げる。けれど、言葉に詰まったように、それ以上言葉を続けることはなかった。

「本当は、ツクヨミ様のことだよね?」

「そうだけど、違うんです……」

そう言ってチカゲは何か言おうとしたが、どうにもうまく言葉にできないようだった。リオンは彼が言葉にできるよう、静かに見つめて待っていたが、目を逸らされただけだった。

「もういいです、なんでもありません」

またざくざくと彼は歩き出す。

はあ? とリオンは思ったが、喧嘩は避けたいので口には出さない。

この男はこんなに口下手ではなかったはずだ。初めて会った時なんかにこにこしていてぺらぺら喋り倒していた。まるで別人だが、こちらが素なのだろうか。とにかく何を考えているのか分からない。


そうして一日目は過ぎた。二人で野宿をしたが、チカゲは焚き火を挟んで距離を置いて、一切こちらに近寄ろうとしなかった。

なんだか心の距離を感じる。いやいつもか。リオンは思ったけれど、なんだかいつも以上に壁を作られているような気がして、少し寂しくなった。だが余計なことを言ってこれ以上喋ってくれなくなっても困る。その日は大人しく寝ることにした。

次の日のことだった。

山中に差し掛かり、そのままざくざくと歩いていると、どこからか歌が聴こえた。


通りゃんせ 通りゃんせ

ここはどこの細道じゃ

……様の細道じゃ


「今、歌聞こえませんでした?」

「ええ、子どもの声のようでしたが」


行きはよいよい 帰りはこわい

こわいながらも 通りゃんせ 通りゃんせ


なんか不気味だなぁとリオンは思った。それっきり声はしない。

「き、気のせい、かな?」

「気のせいではないでしょう。ワタシも聞こえたんですから。まあ行きは良いとかなんとか言ってましたから、このまま進みましょう」

「ち、チカゲさっ、……怖くないの?」

「今のところは。ツクヨミ様とはたくさん旅をして、おかしな出来事にあったこともありました。この前のひしゃくを欲しがる手のような。――でもやっぱり、一番恐ろしいのは人間ではないかと」

憎々しげに話す彼の横顔、その目つきに、リオンはなぜか心がざわついた。

彼は幼い頃の自分と同じ。大切な人を殺した人間を――この世界を憎んでいる。

これ以上は何も言うまい。

ひとまず彼と共に山道を進むことにした。


二日目も滞りなく過ぎた。湖があったので水浴びをすることにした。

互いが互いに入っている間、見張りをすることになった。

リオンはどきどきしたけれど、チカゲは何か言ってくることもなく、終始無言であった。


そうして一日目と同じように、焚き火のそばでチカゲと眠った。やはり少し距離を置かれている気がした。


三日目の午後、ようやく人里の気配が見えてきた。というのも荒れ果てた看板があったからだ。「タソガレ村」と書かれている。


チカゲが赤い目を細めた。

「あの村の人々はキライです。しかしツクヨミ様の墓は村の奥にあるのです。ひとまずそこを回って、今晩は宿を取りましょう」

「分かりました」


道を下っていくと、やがてタソガレ村に着いた。どこか寂しい雰囲気の村で、アケボノ村とはまるで違う。なんとなく治安が悪そうで、剣呑とした空気が漂っていたが、店やら何やらは普通に営業していて、そうした何かを隠そうとするようだった。


「あらま、チカゲじゃないの」

声をかけてきたのは見知らぬ女だった。歳の頃は三十を過ぎているだろうか。

「よく帰ってこられたね。ツクヨミは立派な錬金術師だったのに、お前は今じゃ道を違えたと聞いたよ。そんな不気味な刺繍の着物なんか着て――」

リオンはじっと女を見た。彼女の言う通りなのかもしれないが、どうも悪意のある言い方に、ムッとした。

「そこの少年はあなたの新しい弟子?」

女がリオンに目を向ける。リオンは時々男の子に間違えられることがあるのだ。赤い髪紐をつけた今ですらこれだ。

「違います、弟子ではなくて――」

「なんでもいいけどこんなのと一緒にいるのはやめた方がいいよ? ツクヨミもこいつのせいで死んだんだから」

ひくりとチカゲの頬が引き攣る。わずかに見開かれた赤い目。

リオンは思わず彼の手を取って引っ張って行った。

「チカゲさん、行こう」

女は何か文句を言っていたが、リオンはそのまま彼を適当な場所まで引っ張って行った。

その後も人々に会うたびに、チカゲは難癖をつけられては、何か嫌味のようなことを言われていた。

「あなたがこの村を嫌いな理由はよく分かりました。みんな失礼――というか常識が無さすぎます」

「アケボノ村からは距離がありますから――あそこは港も近いし、王都の異文化も多少取り入れているでしょう? ここは閉鎖的な村なんです。ツクヨミ様がいなければ、ワタシはそのことに気づくこともなかった」

懐かしそうに言うチカゲは、見知ったように村の外れの方へと歩いていく。いくつもの家や店の前を通り過ぎる彼は、なんとなく何かにせきたてられるようだった。


やがて一面のススキ野原に辿り着いた。どこかで見た光景だ。

夢の中で見た彼岸に似ているのだ。

少し思うところがあったが、リオンは彼について行った。向こうに小屋が見え、山に沈もうとしている夕日が空を橙に染めていた。


「その小屋に……入るの?」

「ええ、もう誰も住んでいませんが」

少し荒れ果てた小屋は、しかしずっと昔、誰かが住んでいた形跡があった。

リオンはチカゲに続き、少し勇気を出して中に足を踏み入れた。


チカゲはツクヨミと最後にここで暮らしたと言っていた。

縁側からは夕日が見える。のどかな日々だったのかもしれない。

金目のものは泥棒に盗まれたようでほとんどなく、代わりに本棚に古びた本が並んでいた。


チカゲは懐かしそうに本の背を撫ぜている。リオンも本棚を見つめ、一冊を手に取った。

賢者の石について書かれたものだ。ツクヨミが記したものらしい。ぱらぱらめくっていると、たくさんの事が書かれていた。

「賢者の石は禁忌である」「どんな錬金術の使い手でも、決して手を出してはいけない」「対価のないものなどこの世に存在しない」「手に入れる代わりに代償を伴うはず。危険な代物に間違いはない」

そんなことがつらつらと書かれてあった。

リオンはぱたんと本を閉じた。ツクヨミという人間のことをよくわかっていなかった。遠い夢の中で見た輪郭さえもうあやふやで、チカゲが人格者といくら言ったところで、それが本当なのかも分からない。けれど今分かった。

「――チカゲさん、この本」

「…………」

「あなたのツクヨミ様は、……賢者の石を、求めてなんかいない、危険視してる」

「ええ」

「い、言いたいことが分かる!? ツクヨミ様は蘇ることなんか望んじゃいないんだよ!」

不意にチカゲが刀を抜き放ち、首元に突きつけてきた。

「その本を棚へ戻してください」

「嫌です」

「早く!」

「っ……」

仕方なくリオンは本を棚へ戻した。

「あの方を一番理解しているのはワタシだ! アナタに何が分かる! あの方をどうするか決めるのはワタシだ!」

「ち、チカゲさん! なんのためのお墓参りなの! ツクヨミ様は、し、死んじゃったんだよ! もういないんだよ!」

何故か泣きそうになった。チカゲの赤い瞳はぐらぐらと煮え立つようにこちらを見ていた。憎悪とも、悲しみともとれるそれに、これ以上なんと声をかけていいか分からなくなった。もしかしたら間違えたのかもしれない。でも何を? 事実を言っただけだ。それがこんなに苦しいなんて。


チカゲは黙って刀をしまうと、玄関に向かった。

「もうここに用はありません。彼の墓へ行きましょう」

今行かせてはならないと、リオンは思ったけれど、止める術はなかった。ここは「彼ら」の場所だった。よそから来た小娘が入り込む余地もない、何か特別な場所だった。


空は夕焼けで赤く染まっていた。

小屋から少し離れたところに、ツクヨミの墓はあった。

チカゲは静かにそれを見下ろしていた。感情の読めない目だ。ただ何か野望のようなものを宿していた。


やっぱり失敗したんだ。

リオンは思った。思ったけれど、何も言うことはできなかった。

チカゲが墓の前で手を合わせる。

もしかしたら――否、これは杞憂ではないだろう――彼は野望を終わらせようとして、かえって燃えあがらせてしまったのではないか。

その原因に自分が意図せず加担してしまったとしたら?


リオンは泣きたくなった。

自分も墓の前で手を合わせた。遠い夢の中で、彼岸に立ったツクヨミと、笑いかけていたチカゲの姿が思い起こされる。

あの時と同じように、願った。


――――どうか、どうか、ツクヨミ様。チカゲさんを、連れて行かないでください。


ざあぁっと風が吹き、一面のススキが揺れた。気づけば太陽は沈みきり、血のように赤かった空は夜の闇に呑まれようとしている。


「行きましょうか」

真顔でチカゲが言った。

お墓に向かって、何を言ったのだろう。とても怖くて聞けなかった。

アナタを蘇らせますと、彼は誓いでもしたのかもしれない。

途方に暮れた顔をするリオンを、彼は目を細めて眺めた。

「何を突っ立っているんですか。もうお墓参りは終わりです。行きますよ」

そのまま歩いていくチカゲに、リオンは黙って着いていくしかなかった。




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