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夢の中の少女


村に着くとカラタチは言った。

「今日はとても……酒が飲みたい気分です。お先に失礼します。その娘を頼みましたよ」

などと言って先にどこかへ行ってしまった。


ブレッドがため息を吐く。

「リオンは昔、相当手のかかる子どもだったんだ」

「ハァ」

チカゲはため息をついてリオンを見た。小さな彼女は少し離れたところからこちらを困惑した目で見ている。何を考えているのかまったくわからない。


ブレッドが続ける。

「カヌレはリオンを拾って育てた。まともになるよう矯正したんだ」

「まとも? それまでまともじゃなかったってことですか?」

「まあそうなる。今とは全然違う性格だった。言っても信じないと思うが」

「どうでもいいけど引き取ってもらえませんかね。子どもの相手は苦手で」

「あたしと一緒に行こーリオン?」

少し離れたところにいるリオンに、シフォンがやさしく話しかけるが、リオンは考え込むように突っ立っているだけだ。


「ねえあたしと行こうよ? それが一番、あー、安全だよ。そうは思わない?」

リオンは無言でチカゲを指差した。どこか底知れない目をしている。

「この人と行く」

そんな目で言われても嫌な予感しかしないが、とチカゲは思った。

思ったけれど、ブレッドとシフォンに諦めて託されてしまったものだから、渋々家へ案内することになった。

「小さいリオンに変なことしたら殺す」

とシフォンに釘を刺された。いやどんな思考だよと思ったけど言い返す気にもならなかった。



「変なものいっぱい置いてあるね」

チカゲの家に入ったリオンの感想はそれだった。まあ机の上は人工宝石を作るための実験器具でいっぱいだ。賢者の石に関する資料は奥にしまってある。燃やされたのであまり残っていないが。


「アナタには警戒心というものはないんですか」

「あるよ、人並みにはね」

少し考え込むようにリオンが告げる。どうもいつもと雰囲気が違う。なんだか面倒だなぁと思いながらもチカゲはため息を吐いた。

「客用の布団があります。運が良かったですね」

面倒になりながら布団を二つ引き、片方に入った。

「ご親切にどうも」

じーっとこちらを見ながら言われる。なんだか引っかかる。よく分からないまま、チカゲは考えるのも面倒になって布団に入った。

もう一つの布団に入ったリオンを見て、灯りを消した。



それから、眠ったはずだった。


夢の中で、見知らぬ町にいた。

見たこともない色の煉瓦造りの家。洒落た造りをしている。ああこれはもしやアルジェントの王都ではないかと、チカゲは思いながら、見知らぬ景色の中を歩いていた。

路地裏で、ふと、殺気のようなものを感じた。

見れば傷だらけの幼子が――リオンがナイフを持ってそこに立っているのだった。



「そういえばわたし、あなたの名前知らなかったね」

「ハァ、ワタシもこんな景色知りません。これはアナタの夢ですか? だとしたらサイアクですね。巻き込まないで頂きたい」

「巻き込んだかなんて知らないよ。――それより、おにーさんわたしと同じだよね?」

なんの話だ、と思う間もなくぎらぎらと恐ろしい目で幼いリオンは嗤った。

「あなたの目、わたしをすごく嫌そうに見る。それって自分と似てるからでしょ?」

ゾッとした。普段のリオンがこんなことを言うはずがなかった。ビワの妖術で性格まで捻じ曲げられたのかと思ったが、ブレッドの言葉を思い出した。

曰く、幼少期はまともではなかったと。

「おにーさん、この世界が嫌いだよね? 人間が嫌いだよね? だあれも信じていないでしょ?」

まったくその通りだった。ざくりざくりと言葉のナイフが突き刺さる。なんなんだ一体。何が起きている。あの天真爛漫な少女が、こんなことを言うはずがない。

これは夢だ。そう、ただの夢だ。そのはずなのに、彼女の濁った瞳も、憎しみを孕んだ声も、確かにはっきりとしているのだった。

「わたしもね、誰も信じてない。ひとってすぐ裏切るから。おにーさんもそう思わない?」

「…………」

「ふふ、ああ――そう。やっぱりおなじなんだね? そんな気がしたんだ」

チカゲの瞳は揺らいだ。この目の前にいる少女は一体誰だ。

――彼女は幼いながらに、リオンに間違いなかった。

「この世が憎いよね? みんな殺しちゃいたいと思わない? わたしの両親、王都から来た人間に殺されたの。だから復讐するんだ。王都の人間全員殺すの」

「り、おん」

「おにーさんは、きっとわたしとおんなじ。――わたし、お父さんと、お母さんに、会いに行こうとしたのにっ、あなた止めたよね?」

泣きそうになりながらリオンが言った。

「わたし、お父さん達のところへ行くはずだったのに……あなたは止めた。――わたしを生かしたなら、責任とって。王都の人間皆殺しにするの。もう決めたんだよ。手伝って」


音もなく、チカゲの赤い目から溶けるようにして、涙がこぼれた。

自分だけではなかった。

自分だけではなかったのだ。

大切な人を失って、復讐に駆られたのは一体誰だ。

わかっていたはずなのに。この世に不条理など山のようにあると知っていたはずなのに。


この夢が過去の真実なら。

リオンが幼い頃、そんなことを考えていたことなど知らなかった。知らなかった上に、どうやってあの眩しい存在になったのかわからなかった。カヌレという女がそんな風に育てたのか。

憎いと思った。

自分がこの娘を救いたかったのに。

この感情は一体なんだ。

たすけてください、ツクヨミさま。


「泣いてるの? 言っとくけど手伝ってくれないなら口封じに殺すよ。ねえ聞いてる?」

リオンはナイフを握ったまま嗤っていた。濁った瞳で。

「わたしを助けたのが運のつきだよ。あの時大人しく見殺しにしとけば良かったのに。――わたしを助けた、あなたを赦さない」

「……アナタは」

訳もわからず口から言葉がこぼれ出た。

「ワタシを殺して、アナタの気は晴れるのですか?」

ぽとりと少女の目から涙が落ちた。

「晴れないよ。殺しても殺しても晴れないよ。あなたは通り道の屍の一つにすぎない。お母さんもそうやって殺されたんだから、妥当だよね?」

「ああ、ワタシにとってもアナタはそうでした」

実験材料の一人だった小娘。笑いかけてくる、無垢で愚かで、哀れな小娘。

アナタはいつしか雑音の一部ではなくなっていた。

たった一人の人間として、今ワタシの目の前に存在している。殺せやしない。どうして殺せるだろう。

「アナタと戦いたくありません」

「話聞いてる? おにーさん、協力してよ。諦めたような目をしてる。それってみんなが嫌いだからでしょ? 一緒に王都の人間皆殺しにしよ?」

「できません」

幼子は悲痛に顔を歪めた。

「どうしてっ」

「今のアナタに、ワタシは殺せない。いくらワタシが良いと言っても、きっとアナタにはできない。それと同じです」

少女の手から、からんと音を立ててナイフが落ちた。とうとう声を上げてリオンは泣いた。チカゲは瞳を揺らがせ、幼子の頭を撫でた。彼女がしゃくりあげる。

「ひ、ひどいよ」

「何がですか」

「やさしくしても、きっと裏切る。あなたもきっとそう。大人はみんなそうだもの」

否定はできなかった。何度も裏切ってきたから。

「そうかもしれませんね」

「だいきらいっ」

「……そうですか……ええ、そうでしょうね」

悲しげに笑ったチカゲに、余計少女は泣き出した。

「た、たすけて」

「どうすればいいのか分かりかねます」

「あな、あなたは、だ、誰なの」

「……酷い人ですね。ワタシはチカゲですよ」

「ちくちく言葉の、チカゲさん」

「ちくちく言葉は余計です」

少女はしばらく馬鹿みたいに泣いていたが、やがてチカゲに抱きついてきた。さすがに驚いてたじろいだものの、どうにも突き放すことができなくて、恐々とその背中を撫ぜた。

残酷だと、少女は噛みつくように叫んで、また泣いた。



目を覚ますと、気づけば幼い彼女を抱きしめていた。というより引っ付かれていた。彼女は眠っている。

これは倫理的に問題があるのでは? 今更自分が倫理を説くのもふざけているが。そう思いながらも離そうとするが、彼女はこちらに抱きついたまま離れない。

「リオンさん、リオンさん」

「ひっ!?」

びくーっとして目を覚ました少女は慌てて離れた。

「ここどこだっけ? あれ? あれ?」

混乱しているらしい彼女にチカゲはため息をついた。

「どこまで覚えておいでで?」

「ど、洞窟に、気づいたらいて、そうだ、警備隊長さんと、白い髪のおねーさんと、あと、烏帽子のおにーさんがいて、」

「……そうですね」

「ああ、ええと、そう、舟の上で、わたし、お父さんとお母さんに会えるかも知れなかったのに、あなたが」

「ワタシが止めなければ今頃アナタは黄泉の国です」

「……そ、そうだった。助けてくれて……ありがとっ」

ぷいっとそっぽを向かれた。なんなんだ一体。

「ああ、ええと、ワタシの名前はわかりますか?」

「ええ? 知らないよ、聞いてないもん」

どうやら夢の記憶はないらしい。また自己紹介か、と思った矢先。

「あれ……おかしいな、頭が痛い……」

「大丈夫ですか?」

「あなた、のこと、知ってるかも。ちくちく言葉の……チカゲさん?」

「ちくちく言葉は余計です」

「あ、あれ」

ぽろ、とリオンの目から涙が溢れた。

「あれ、なんでだろ、ごめんなさっ」

はらはらと青い目から涙が落ちる。夢の反動か。チカゲは目を細めた。

「あやしてやるほどワタシはお人よしではありませんよ」

「ぐすっ、知ってる、なんで知ってるかも、わかんないけどっ」

ぐすぐすとリオンは泣いた。涙を拭っているが止まらないらしい。

チカゲはため息をついて、厨房へ向かった。困ってしまった。子どもの相手は苦手だ。朝食を作ろうと思った、けれど。


「……あの」

コトン、とリオンの前に皿を置いた。つい用意してしまったのだ。

「りんごは嫌いではないでしょう?」

うさぎの形に剥いたりんご達。それを見てリオンはハッと目を見開いた。

「うさぎ、だ。食べていいの?」

「……まあ、どーぞ」

しゃくり、とリオンはうさぎのりんごを齧った。

「おいし……おいし……」

泣きながら食べられてもなぁと思いながらチカゲは見ていた。複雑な気分だ。

リオンは一通り食べ終わると、ありがと! と涙を拭いて素直にお礼を言った。

あの夢が嘘みたいだ。王都の路地裏で、ナイフを持っていた少女は本当に存在したのだろうか。濁った目で、復讐に駆られていた少女は。

けれどもきっと過去に存在したのだろうとチカゲは思った。




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