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金平糖と男の行方



遠い夢を見た気がする。よくあることだ。忘れたはずの過去が現実のように現れ、散っていく。そんな夢ばかり。


それもまた、夢の中のことだった。いつもとは様子が違う。

リオンは彼岸にいた。辺りは蒼い暗闇に包まれ、ススキ野原が続いている。向こうに見えるのは三途の川だろうか。背の高い誰かが立っていた。烏帽子を被った男だ。緑の着物を纏っている。顔は暗くて見えない。


背後から足音が聞こえる。

リオンは振り返る。一心不乱に、チカゲがススキを掻き分けて走ってくるのだった。

「チカゲさ――」

「ツクヨミ様!!」

チカゲは必死に、けれど泣きそうに笑って、リオンの横を素通りした。

顔の見えない男に向かって、縋るように走って行くのだった。

「ツクヨミ様!! ワタシのおそばに!!」

「待って!!」

リオンは叫んだが、チカゲは聞いちゃいなかった。ツクヨミのそばに立ち、嬉々として彼と話をしている。何を話しているのかわからない。そのまま歩いていってしまう。


リオンは叫んだ。

――――おねがい、おねがいツクヨミさま。チカゲさんを連れて行かないでください。


必死に叫んだ。

「チカゲさん――逝かないで!!」


リオンはうっすらと目を開けた。

そこにはほっとしたようなチカゲの顔があった。赤い目は泣きそうに揺れていた。まるで溶けてしまいそうだと、リオンは思った。

朝日が差し込んでいるようだった。よく分からないが眩しかったから。

リオンは泣きそうに彼を見た。

「いか、ないで」

チカゲは悲しげに微笑んだ。微笑んでリオンの頭を撫でた。

まどろみの中、少女は意識を手放した。



ふと、目を覚ます。

天井は家のものではない。白い。自分が医療用ベッドの上にいることがわかった。

アケボノ村に、王国から輸入された文化の一つ。家では布団を使うのが一般的だが、ここはおそらく医療所だ。ベッドがあるのはそういうことだ。部屋の中にベッドはいくつもあったが、寝ているのはリオンだけだった。

朝日の差し込む中、リオンは隣を眺めた。


――――いない。


チカゲがいたはずだった。夢のように思えたけれど、確かにいたのだ。

そして、置いて行かれたのだ。

ぽとりと、少女の目から涙がこぼれ、頬を伝って落ちた。



看護師の話によると、チカゲはリオンをおぶってここまで来たそうだ。彼らしくもない、意外な話に驚いた。見ればリオンの両手足には止血がしてあった。奇跡的に骨折はしてなかったが、傷口が大きかったらしい。

適切な処置は医師や看護師がやってくれたそうだが、その前に応急手当てのように包帯が巻かれていたと。自分で巻いた覚えがないなら、チカゲがやったのだろうと看護師は言うのだ。

リオンは切なさに胸が締め付けられた。殺そうとしたり助けたり、やはり意味のわからない人だ。

そして彼は眠り続けるリオンのそばに、二日間いたらしい。

蒼白な顔で俯いたように座っていたそうだ。

そしてリオンが目を覚ました時には姿を消していた。やはり訳がわからない。心配してくれたのではないのか。それならなぜ姿を消したのか。わからない。わからなくて切なくて、心が痛んだ。


看護師が動こうとするリオンを見て眉を顰めた。

「リオンさん、最低でもあと五日は寝ていないと」

「そんな……わたしは今すぐチカゲさんを探しに行きたいのに」

「その体で動いてはダメです」

そう言われてはしょうがない。リオンはため息を吐いて寝た。五日間、誰が村の秩序を守るのだろう。まあ自分が来る前から普通にこの村は平和だったのだ。ただ旅人が盗賊に襲われることはたびたびあったし、盗みに入ることもあったと聞く。だからリオンが来てからそれが減ったと感謝されていたのに。

できることがなくなってしまう。リオンはしょげた。

森の一部は焼けてしまったそうだ。山岳と河に挟まれた一帯で済んだようだが、それだって良くないことだ。


早く動けるようになってチカゲを探しに行きたかった。どこに行ったのか、行くとしたらビワのところかもしれないが、それがどこなのか皆目見当もつかなかった。


ぼうっとしていることしかできないのは辛い。でも休むのは大切だ。仕方なく与えられた食事を食べたり本を読んだりしていれば、ダリウスが訪ねてきた。

ダリウスは痛ましそうなものを見る目をしていた。リオンが真っ先にチカゲの行方を尋ねると、彼は悲痛に首を振ってため息を吐いた。どこに行ったのかまったく分からないそうだ。そして見舞いにとジャムを置いて帰って行った。


三日目のこと、見知らぬ男が訪ねてきた。歳の頃は二十前半だろうか。

「ちょっといいかい」

リオンが何か言う前に、彼は目の前の椅子に座った。

「えっと、ごめんなさい、どなたですか?」

「謝らないでくれ。俺こそ勝手に訪ねて来たんだから」

「あなたは?」

「俺はカガリ。ちょっと調べたいことがあって。あんた銀竜村の生き残りだって聞いたけど、本当?」

リオンはげっそりした。その理由でチカゲに近づかれ、いいように利用され、殺されかけた。挙げ句の果てに助けられ、置いて行かれた。


「その話、したくありません」

「まあそうだよな、でもそれじゃ、生き残りってのは本当なのか」

「……何が目的ですか」

げっそりしたままリオンは言った。

「竜の話なんてごめんですよ」

「竜?」

不思議そうにカガリは首を傾げた。

「まあその村には伝説があるそうだが、御伽話だろ」

なんなんだこの男は。

「ええと、じゃあなぜそんなことを聞くんです」

「アヤメという女を知らないか」

びくりとリオンは肩を揺らした。それは母の名だった。カガリが目を細めた。

「知っているのなら、」

「さあ、いたかもしれません。でもその人は死にましたよ」

「……そう」

カガリは言いながら、懐から包みを取り出した。

「俺はそう、あー、アヤメという人を探していたんだ」

「…………」

「死んじゃったのならもう話は聞けないな。悪い。――これやるよ」

リオンが受け取ると、中には金平糖が入っていた。

美味しそうだが、さすがに初対面の謎の男から貰ったものを口に入れる気にはなれない。そんなリオンの心情に気づいたのか、彼は一つとってパクリと食べた。

「おいしいよ。常備するようにしてるんだ」

毒味してみせたつもりらしい。リオンはちらりと彼を見た。

「アヤメという人を――なぜ探していたのですか」

「んー、えーと、もういいんだ。亡くなってしまったのだろ」

それ以上深入りして来ない代わりに、彼は彼で事情を明かすつもりはないらしかった。

リオンはなんとも言えなくなって、金平糖を口にした。

「……美味しい」

「そりゃよかった」

にこりと人好きのする笑みで彼は言った。

「また話そう。お大事にね」

それだけ言うと去ってしまった。なんなんだ。隠し事する人が多いなとリオンは思った。母となんらかの関わりがある人なのだろうか。だが聞けそうな雰囲気でもなかったしな。そう思いながら、リオンは金平糖をまた一つ口に入れた。


次の日にはセザールがやってきた。彼は前日のカガリとは違って、腹の内も何もなかった。

「リオン、なかなか来られなくてごめんね! 君に料理を作ろうと思って――色々考えた挙句遅くなった。よく考えればそんなこと考える前に、お見舞いに来れば良かったのに」

言いながら弁当を取り出して見せる。まあ彼らしい丁寧な作りのものが色々と入っていた。

「君魚好きだったでしょ? せっかくだから揚げ物にしようと思って。ねえ知ってる? 王都では生の魚は食べないんだよ。東雲大陸だけの風習なんだ。でも日持ちしないから――」

リオンは静かに彼を眺めていた。よく喋る人だと思った。

「リオン?」

「いいえ、ごめんなさい。お弁当ありがとう」

言いながら食べた。おいしかった。

美味しいと伝えると彼はぱあっと笑顔になる。


彼はおそらくチカゲの行方を知らないだろう。そして彼がチカゲを以前からあまりよく思ってないことを知っていたから、聞くのは少し躊躇われたが、聞かないわけにもいかなかった。

「あの、セザール」

「なんだい?」

「チカゲさんが行方不明なの。どこへ行ったか知らない?」

笑顔だった彼はつまらなそうな目になった。

「君、あー、彼に惚れたらしいって聞いたけど、……彼がどこに行ったかなんて僕は知らないよ」

「そっか」

リオンは弁当を完食した。畳んでいるといそいそとセザールがそれを手に取り、持ってきた風呂敷に包んだ。

「ねえ、僕はその、人の悪口なんて言いたかないけどさ――あの人普通じゃないよ。前に話した時そう感じたんだ」

「わたしもいつも思ってる」

「じゃあなんで、」

「わからない。好きになっちゃったものはなっちゃったから」

真摯に答えたけれど、切ない声が隠しきれなかった。そのままリオンを続けた。

「あの人ろくでなしなの。わたしを置いて、消えちゃった……」

置いて行かれるのは嫌いだ。何よりも。父と母はリオンを置いて死んでしまった。竜が父だったかなんてそんなのはわからない。今も半分信じているようなそうでないような気分だ。ただ分かるのは、必ず家に帰ってきた父が、あれから二度と姿を見せないこと。もう――死んでいるであろうこと。


目を伏せたリオンに、セザールが言った。

「チカゲさん、どこへ行ったか分からないんだろ。僕は――僕はね、君を置いて行かないよ」

なんとなく彼の言いたいことは分かった。リオンは首を振る。

「ありがとう。でもごめんね、わたしあの人を探しに行かなきゃいけないから」

「本気なの?」

口には出さないものの、あのろくでなしのために? と彼の目が言っている。まったくその通り。チカゲはろくでなしだった。

リオンとの友達は全部ごっこ遊びだと彼は言った。心臓を取るために近寄ったのだと。けれども、嘘つきと叫んだ時、彼の瞳が揺らいだのを、リオンは覚えている。結局彼は、心臓を取ろうとして――刀を刺せないでいた。あの燃えるような、それでいて一抹の――迷子の子どものような悲しみを宿した瞳を、リオンはよく覚えている。

惚れた弱みなのだろう。ろくでなしだろうがなんだろうが、リオンが好きなのはチカゲだった。

「明後日には包帯が取れる。そしたらチカゲさんを探しに行く」

「そんな、えっと、それじゃあ警備隊の仕事はどうするの?」

「王都に鳩を飛ばしたの。あー、まあ王命があって、チカゲさんを追う理由に正当性があるから、もう少し人材を派遣してほしいって」

「正当性?」

まあ平たく言えば、今の彼は危険人物リストには入るのだ。賢者の石を追い求めるチカゲが、石の完成を実行に移そうとしたことはなかった。けれどあの洞窟ですべてを見たリオンは、王に報告したのだ。立場上報告する義務がある。私情を押し殺して報告した。それは――それはチカゲを追う正当な理由をつけるためでもあった。

彼を捕まえるというよりかは、ただ会いたかった。捕まえたらどうなるか、そんなことはわからない。けれど弁明しようと思った。よっぽどの事がない限り、海の向こうの聡い王は、無闇に命を取ることはしないから。


「正当性ってなに? 彼何かやらかしたんでしょ」

「……まあそんなところ」

「なぜ君が行かなきゃいけないのさ!」

「仕事だもん」

それは半分本当で半分嘘。ほぼ私情だ。

セザールはがっくりと肩を落とした。

「そう。……まあ、気をつけてね。それより体を大事にして」

それじゃあね、と彼は弁当の入った風呂敷を持ってすごすごと帰って行った。

リオンは隠し持っていた金平糖を取り出してかじった。なぜかこちらの方が落ち着いた。これを渡してきたカガリとは一体何者だろう。分からないが、害をなして来なければ別にいい。




二日後、動けるようになったリオンが、ベッドの上で身支度をしていると、丁度王都から派遣された人員がやってきた。とは言っても二人だが、――リオンの信頼できる人達であった。


「リオーン、大丈夫ー?」

ふわふわの白い髪のシフォン。肩まであるかないかのその髪は大きな瞳と合わさって特徴的だ。

ぎゅっとリオンに抱きついてくる。

ちょっと愛が重いが――まあ大切な友達だ。

「大丈夫だよ」

抱きつかれても痛みはない。五日間大人しくしていたのが功を成したのだろう。

「こらシフォン、リオンは病み上がりなんだからほどほどにしろ」

後から入ってきたのはブレッド隊長だ。

「あ、そうだったごめんねリオン! 痛くなかった!?」

慌ててシフォンが離れる。

「んーん、ちゃんと休んでたからへーきだよ。痛くない」

「そっか、なら良かったー」

また抱きつくのかとリオンはツッコミを入れたくなったが、やめておいた。王都にいた頃、早い段階で出会い、共に育った幼馴染のようなものだ。瑠璃のリオン、琥珀のシフォン、などとセットのように呼ばれることもあった。目の色が由来らしい。

シフォンはまあ見ての通りだったが、剣の腕は本物だ。二人とも隊長ブレッドに鍛えられたおかげだ。王都には刀の使い手もいて、リオンはその人にもお世話になった。

だが基本的に二人を率いたのは隊長だ。隊長と言っても一番上の地位ではない。そんな人材が派遣される訳はないので。さらに上の団長という存在がいるが、リオンはあまり縁がない。

幼い頃は怖いなと思っていた隊長も、今や立派な上司であり、ちょっとした冗談も言い合える仲だった。


「シフォン、言ったそばからくっつくんじゃない。行きの船でもリオンリオンと、まったくお前は」

「ごめんなさい。でも会いたかったんだもん!」

「わたしも会えて嬉しいよ。――あと隊長も、来てくれてありがとうございます」

「お前例の錬金術師探りに行くんだって? 報告書がいつもに増して端的だと陛下が仰っていたが。何か私情を挟んじゃいないだろうな」

「ま、まさか」

ブレッドはため息を吐いた。

「いいか。お前の故郷はこの大陸かもしれんが、仕えているのはアーノルド陛下だ。そこんところ忘れないように」

「分かってます」

「――で? 錬金術師の探索をお前がして、俺らが村の見回り?」

「はい。厳密に言えば村の周りに盗賊が出るので、森で見回りしながら討伐するのが仕事です」

「構わないけど。そいつの行方分からないんだろ?」

「はい、なので探します」

「手伝おうか?」

「えっと、いえ、自分で」

「リオン?」

じっと隊長が詰め寄る。リオンはちょっとたじろいだ。ついでにまだくっついていたシフォンも離れた。

「隠し事は無しだ。何か私情があるなら言ってくれないと」

「ええーと、あー、その、色々ありまして」

「簡潔に」

「……簡潔に言うと、彼に惚れました」

はあ? とシフォンが眉を曲げ、隊長は呆れたような困ったような顔になった。

「お前そいつ逃そうとしたりしないだろうな?」

「そんなことはしませんよ!」

さすがにムキになってリオンは言った。

「あの人とっ捕まえて文句言ってやらなきゃ気が済みません!!」

「は、はあ……」

若干ブレッドが引いているがどうでも良かった。一方のシフォンはぷんすか怒っていた。

「そのチカゲってやつ、リオンに酷いことしたの? ま、まさか純潔を奪われたんじゃ……」

リオンは頭を抱えたくなった。

「あーちがう、そう言うんじゃないの。とにかくこれはわたしと彼の問題だから。隊長、わたし彼を絶対に見つけ出してみせます。だからその間見回りをお願いします」

「あ、あー分かった」

若干引いているブレッドと不服そうなシフォンを横に、リオンは治った脚のまま部屋を出た。

包帯はまだ巻かねばならなかったけれど、傷口はほぼふさがっている。

リオンはチカゲの奇行やら蛮行やらを思い出し、なんとなくむかむかしながら森へ向かった。

この村にはきっともういない。でもどうにかして見つけ出してやるのだ。



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