顛末
匡儀は、やっと戻って来た維心の腕に、維月が居るのを見てホッとして、到着口で出迎えた。
「良かった、無事に助け出せたのだの!ここ二日戻って来ぬから、見付からぬかと案じておったのだ。」
維心は、頷いた。
「とにかく一度控えに戻って着替えさせる。すまぬな、心配をかけた。」
匡儀は、頷いてから志心を見た。
「良いのだ。そちらは怪我はないか。治癒の者を送るが。」
志心は、多香子の肩を抱きながら首を振った。
「どこにも傷は受けておらぬ。少し休めば、回復するだろう。我も控えに連れて参る。引っ張り回されて疲れたであろうし。あの辺りの気候は良くないし、気を制限して使っていたなら辛かったろう。」
多香子は、言われて志心を見上げた。
「…そういえば、気を制限されることはなかったのですが、気温を整えようと思うこともなく。気温など特に面倒な事はありませんでした。閉じ込められる他に、不快に思うような事はありませんでした。」
維月も、黙って頷く。
ということは、環境も整えられていたということになる。
維心は、維月を抱き上げて歩き出した。
「それも、後で。維月が大丈夫そうなら、また話に参るゆえ。また顛末は説明しようぞ。」
匡儀は、頷いた。
「まずは休むがよい。こちらはいつでも構わぬから。」
維心は頷いて、そうして維月を連れて、この宮の貴賓室へと向かったのだった。
維月の侍女達も、急いで維心の貴賓室へとやって来て、維月を見て涙ぐんだ。
維月が居なくなってここ二日、生きた心地もしなかったのだろう。
黙って暗く立ち尽くしている維月を、気遣いながら着替えさせた侍女達は、維心に頭を下げて、空気を読んでその場を辞して行った。
維心は、維月に手伝わせることなくさっさと自分で着替えて、維月の肩を抱いた。
維月は、もう涙を流してはいなかった。
「…落ち着いたか。」
維月は、頷く。
そして、維心を見上げた。
「維心様…此のような所にまで、お手間をお掛け致しました。弓維に会いに参ったとて、多香子様が嫁ぐ前にあちこち見ておきたかったと言っていたのを、心残りならばそれを解消してやらねばと、思うて連れて参っただけですの。ベンガルが行方不明の事件が解決しておらぬのに、軽々しく行動した私の責ですわ。」
維心は、首を振った。
「良い、主には月と、闇の守りがあるのに、この上匡儀の守りまであって何かあるなど誰が思うか。主らは庭を散策しておっただけぞ。此度のことは、防ぎようがなかった。」と、ため息をついた。「…とはいえ、誠の解決にはなっておらぬ。我らは、あの膜を破れなかった。それとも、浄化の水が後から効いておったとでも申すか?」
維月は、首を振った。
「いいえ。あの時、闇はそのまま我らを籠めて、あの場から逃げ出すこともできました。ですが、それをしなかった。己だけ膜から出て、去って行きました。その後、膜が消えて我らは残されたのです。見つけられたとはいえ、維心様方には私の姿が見えておらなんだでしょう。あの闇は…ただ、知りたいだけなのですわ。」
維心は、眉を上げた。
「知りたい?何を?」
維月は、また瞳に涙を貯めた。
「…何故に生まれ、死なねばならぬのか。」維心は眉を寄せる。維月は続けた。「私には答えられませんでした。維心様、あの闇はただ、生きたいだけでありました。生まれた時にはただ何の思いもない命で、霧の中を漂っていたのだとか。そのうちに、同じように意思を持った命が、己の意思で動いた端から消されて行くのを見て、自分は忌み嫌われ消される命なのだと知ったのだと。なので漂い、隠れていたようです。霧を取り込んで大きくなるにつれ、隠れることもままならぬようになり、こうなるともう、隠れて生きるのは無理。ならば死ぬとて、その意味を知りたいのだと。どうせ、生きていても逃げ隠れているだけで疲れたのだと。維心様、あの闇は、残っておったあの、この間消した闇の欠片を吸収しておったようです。その知識を得て、人を渡り歩いて隠れ仰せたのです。その欠片が申すには、陰の月を取り込めと。ですが、あの闇は私のことなど知らなくて、さらに知識を求めてあの場に来たベンガル達から知識を吸収したのです。そうしたら、皆瀕死になり、ルキアンだけが残った。他は、そこから見つかることを恐れて膜に籠め、地下へ隠した。恐らく、ベンガル達は膜に殺されたのでしょう。干からびていたのは、膜を維持するために気を吸い取られたからだと思われます。遂に気が尽きて、膜が消えて見つかることになったのでしょう。そうして、闇はルキアンに憑き、さらに人に憑いて隠れておったのです。そして答えを求めて私を拐った…多香子様は、共に居たので巻き添えになりましたのでしょう。最初、闇は私を取り込むのではなく、心中しようと思うておったようです。ですが、気が付いたら膜を開いて、気を補充してしまっていたのだとか。闇は、もう命がなんたるかを知っていると言っていました。奪われる無念も…ゆえ、我らを殺すことができなかったのですわ。」
維心は、眉を寄せたまま、それを聞いていた。
十六夜の声が、割り込んだ。
《それでもその闇が、ベンガル4人とニコールを殺したのは間違いねぇ。そいつが憑かなきゃニコールは平穏に生きていた。ベンガル達も、そのまま転がしときゃ神が見つけてもしかしたら助かったかもしれねぇ。そいつは人や神を殺してる。》
維月は、空を見た。
「確かにそうよ。でも、人や神を殺していない闇なんか居る?ルシウスだってデロイスだって、他の皆も長い年月生きて来て、そうと思わなくても見殺しにして来た人や神は居るはずよ。それに、思ったの。確かに発生している意思を持つ霧の全てが、悪い性質ではなかったはずなのよ。戦をしている間は、あの辺りの霧の質はそれは酷いものだったけど、今はそうでもないのよ。あの闇は、私がキリルを産み出して可愛がる様を見て、それと自分の何が違うのかと思ったと言っていたわ。私はそれに答えられなかった。少なくとも、あの闇は私を取り込もうとはしなかった。あの時は怖くて口にできなかったけど、月から分断されていて、あなたの守りもない私など、同意がなくとも取り込めたわ。でも、やろうとしなかった。あれほどに生きたいのに、気が進まないなんて理由で。私には、あの闇を消す権利などないんだと思った。ルシウスにもよ。私達は、あまりにも傲っていたのよ。」
それを聞いて、維心は複雑な顔をした。
確かに新たに産み出したキリルは子だと保護して可愛がり、特に悪い性質なのか、探りもせずに意思を持つ霧は全て消していた。
それとキリルの何が違うといわれても、確かに答えは出なかった。
《…ならば主は、どうしたいのだ。》ルシウスの声が割り込んだ。《その闇を、消すのが否と申すならば。これから生まれる全ての闇に共通して起こる問題ぞ。我は主に従う。消すなと申すなら消さぬ。が、満足な教育もしないで放置すれば、やはりまずいことになろうぞ。今も、霧は凝り固まって闇に近付こうと意思を持ちつつある。人や神が霧を産み出さぬようになるまで、これは続く。解決しておかねばならぬ問題ぞ。》
維月は、袖で口を押さえて考えた。
そう、霧は産み出される。
太古の昔から、それは産み出され続けて来て失くなる時などこれからもないだろう。
《オレは霧を消す。》十六夜は、言った。《それが使命だし、生きる意味だからだ。意思を持ったやつを消すなというなら見逃してもいい。だが、その先だぞ維月。キリルとその闇を入れて、今地上に居るのは9つの闇だ。もっと増えるかも知れねぇ。どうするんでぇ。》
維月は、顔を上げた。
「待って、9つ?ルシウスは、最初9つの闇だったと言っていなかった?」
ルシウスは答えた。
《その通りよ。8の闇と9の闇は著しく性質が悪かったゆえ、消した。》
維月は、言った。
《闇の数が多いのは、意味があるからと言っていなかった?7つの闇が居るのにも意味がある、とお父様が言っていらした。だからこそ、今地上には闇達が散って霧を制御しているわ。でも、足りていないのよ。だから霧を制御しきれていなくて、霧が凝縮して意思を持ち始める。本来9つ要るはずなのに、消してしまっているから次から次へと生まれるのではない?必要だから生まれ出ているのに。》
皆が、黙る。
そういえば、確かにそんな話になったことがある。
ルシウスも、本来9つだったとその時明かしていた。
ルシウスは、言った。
《…ということは、闇が9つになった時点で全員を各地に配置すれば、霧の制御が間に合って霧関係の面倒が起こらぬようになると?…確かに、9つ居れば我の目が届かぬようなこともないだろうの。それらの目を中継してあちこちハッキリ見えるようになるゆえ。》
維月は、頷いた。
「要は、十六夜や闇の制御が行き渡らないから凝縮するほど霧が集まるのよ。地下など十六夜には無理な範囲よ。それを見張れるようになるのが、最終的な形なんじゃないかしら。ルシウスが、性質の悪い闇を消したのは間違いではないと思う。あなたが闇を消す力を持っているのも、きっときちんと使命を全うできる闇を選別する任を負っているからなのだわ。今、私を取り込まず、殺さなかったあの闇は、きっと素質があるはずよ。ルシウス、一度あの闇と話すべきだわ。」
維心が、言った。
「…確かに維月と多香子を無傷で返したのだから、我もそれでも文句は言わぬが、イゴールぞ。己の眷属を4人殺され1人利用されておる。それをしたのが闇だと知って、黙っておるとは思えぬ。そこはどうするのだ。」
維月は、言った。
「そこは誠心誠意謝罪するよりないかと思います。とりあえず、あの闇が真実どんな闇なのか、調べる必要があるのです。ルシウス達だって、長らくあちこちに人形を配置したり、霧を放置したりとあれこれ迷惑を掛け続けた過去がありまする。話し合いは、しても損はないかと。もし、本当に良くない闇だと申すなら、ルシウスか十六夜が、消すよりないかと考えます。話してからでも、遅くはないのです。」
十六夜は、黙っている。
ルシウスが、ため息と共に言った。
《…しようがない。それを言われてはの。結局、維月の意思がなければ我らは今こうして共存しておらなんだ。ならば我は話を聞こう。十六夜は黙っておるが、それで良いな?》
十六夜は、まだ黙っている。
維月は、気になって空を見上げた。
「十六夜?」
十六夜は、盛大にため息をついた。




