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消失

十六夜は、維月と多香子が、匡儀の結界の中で庭を楽しんでいるのを見ていた。

二人は、奥の川がある場所で並んで浮いていて、下を流れる川を眺めながら楽しげに話している。

今夜は穏やかな月夜で、十六夜から二人がとても良く見えたし、辺りには誰も居らず、静かな夜だ。

十六夜が安心して見ていると、その目の前で、何の前触れもなく突然に、二人がフッと消えた。

…え?!

十六夜は、慌てて辺りを見回した。

飛んだにしては構える様子もなかったし、何よりまだ話の途中だったはずだ。

いきなり維月が多香子共々瞬間移動するにしても、維月はそこまで瞬間移動に通じているわけではないので、ある程度構えるはずだった。

それも全くないまま、二人の姿は一瞬にして消えたのだ。

後に、気配すら残っていなかった。

《…どこ行った?》十六夜は、叫んだ。《ルシウス!見てたか?!維月はどこ行ったんでぇ?!》

ルシウスの声が答えた。

《分からぬ!静かにせぬか、我も探しておるのだ!霧に命じて陰の月はどこだと見ておるのに、狼狽えるだけで探せずにおる!》

霧が維月を探せない…?

十六夜は、ハッとした。

そういえば、維月と月との繋がりが、途切れている。

あまりにも一瞬のことで今まで気付かなかったが、維月が月と分断されているのだ。

《…ヤベェ!》十六夜は、叫んだ。《ヤベェぞ!維月が月と分断されてる!早く見つけねぇと、あいつどっかで干からびて消滅しちまう!》

ルシウスの声が、仰天した声で言った。

《なんと申した?!分断と?!》と、ルシウスの気が空に過った。《…居らぬ。維月の気配がない。どうしたこと、何があったのだ!》

すると、碧黎の声が割り込んだ。

《二人も居って何をしておる!維月を探せ!早う!我にも見えぬのだ、急げ!》

親父にもだって?!

十六夜は、必死に地上を目を凝らして探し始めた。

だが、維月と多香子の気配は、全く気取れなかった。


一方、維月と多香子は、一応膜が途切れているところはないかと、ぐるりと膜の中を確かめて行ったが、何もなかった。

こうなって来ると、完全に閉じ込められていることになるので、外からの助けが無ければ維月にもどうにもできない。

これがベンガルの膜だと言うのなら、中から何かするのは自殺行為だった。

それだけ気を早く消耗して、死に近付くことになるからだ。

維月は、飛ぶのを止めて、多香子と共に地上に降り立った。

「…気を使うことは、なるべく避けましょう。まだこの膜が広いので中の気は潤沢で、補充に困らないけれどそのうちにまずいことになるわ。それよりも、こんな術を放たれてしまったということは、術者が側に居るはずなんだけど…全く気取れなかったわ。今も、姿が見えない。どういうことかしら。」

多香子は、ため息をついた。

「困ったものよ。刀も何かあるなど思うてもおらなんだゆえ、部屋に置いて来てしもうたわ。主もだろう。」

維月は、頷く。

「元より私は、刀など持ち歩かなくても宙から呼び出す方法を知っておるからと、油断したわ。こうなってしまうと、刀の位置が外だから、呼び出すこともできないの。丸腰でここに籠められてしまったわけよ。」

多香子は、回りを見回した。

「とはいえ、こんなことをしでかした輩は、一体何のつもりでこのような。主の話では、十六夜殿が上から見ておるのだから、すぐに助けてくれようが。無駄なことを。」

維月は、頷いた。

それが気になるのだ。

十六夜が、こうして庭に出ている自分達を見ていなかったはずはないのだ。

それなのに、いくら待っても空から浄化の光が降りて来る様子もなく、ルシウスさえも見ていなかったのか、側に漂う僅かな霧は、こちらに気付いている様子もない。

どうしたものかと思っていると、いきなりに回りの空気が動いた。

「…?!」

維月が足元をすくわれて思わず尻餅をつくと、多香子も共に転がって、何やら膜が移動しているようだった。

「…移動しておる?」

多香子が、膜の上に尻をついたまま、座り込んで言う。

維月は、頷く。

「そうみたい。どこかに連れて行かれるんだわ。一体誰がこんなことを。」

しかし、必死に目を凝らしても、外には風景以外は何も見えない。

空を見上げても十六夜はこちらを見ている様子もないし、地からもそんな気配は気取れなかった。

膜の中だからなのかも知れないが、維月の勘は十六夜と碧黎が、自分達を見ていないように感じてしまっていた。

…いったい、どこへ連れて行かれるの…?!

維月は、多香子と共に膜の中に仕座り込みながら、成す術もなく運ばれているだけだった。


維心が、宮で立ち上がった。

「何と申した?!維月が分断?!」

十六夜の声は、暗い色で言った。

《そうなんでぇ。親父とも切れてるらしいから、地からも分断されてる。つまり、あのその昔のベンガルの膜みてぇなのに、囚われたんじゃねぇかって。だが、一瞬で消えたんだ。あの膜の中なら、目視はできるはずだろう。それが、全くなんだ。本当に一瞬で、目の前から二人が消えた。どこかに運ばれたにしても、力の痕跡すら残ってねぇ。いつも余裕の親父が、血眼になって探してるから、親父にも全く見えてなかったみてぇで。今、志心にも話した。志心はとりあえず、匡儀の宮に飛ぶと言ってる。》

維心は、歯軋りした。

「何か嫌な予感がしたのだ!我が共に居ればこんなことには。匡儀は何と?」

十六夜は、答えた。

《匡儀は結界内なのに何も気取れなかったとショックを受けてた。今、必死に結界内を探してるが、オレ達が上から見ても見つけられねぇものが、そんな簡単に見つかるとは思えねぇ。というか、親父にすら見つけられねぇのに、どうやって神が見つけるってんだよ。ルシウスも、地上全体の霧に命じて探してるが、全くだ。もうお手上げなんだって。》

諦め口調の十六夜に、維心は言った。

「何を諦めておる!無駄でも無理でも探すしかあるまいが!我も行く、義心に言うて結界外を探せと申せ!我も参ると!」

十六夜は、答えた。

《分かったよ。とにかく、こんなこたぁ初めてだから、オレだって困ってるんだ。闇雲に探すより、対策を考えた方がいいかも知れねぇぞ。》

わかっているが、落ち着かない。

維心は、すぐに帝羽を呼び、北西へ行くと宮を飛び出したのだった。


匡儀は、十六夜からその知らせを受けるまで、全くそんなことが宮の結界内で起こっているのを気取ることができなかった。

もう休もうかと奥へと向かう仕度をしている時に、十六夜が話し掛けて来たのだ。

曰く、維月と多香子が東の庭の奥で、一瞬にして消えたと言うのだ。

そんなことは全く気取れなかった匡儀は、最初半信半疑で二人の控えの間へと確認に行かせた。

そうしたら、確かに二人はそこには居らず、庭へと出たのが維月の部屋の掃き出し窓が、開いたままになっていたので分かった。

つまりは、二人は十六夜が言うように、庭から匡儀に気取られることなく、誰かに連れ去られたのだ。

…我の手の内から拐って行くなど。

匡儀は、ショックを受けた。

そして、宮の威信にも関わると、軍神総出で常より無駄に広いと思っている、庭を捜索させ始めた。

維心からも志心からも、この時間からこちらへ来ると連絡があった。

匡儀は、あれだけ重々頼むと書いて来ていた維心に、顔向けできないと必死になっていたのだった。

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