その夜
楽しい時間はすぐに過ぎて、多香子と維月は弓維が奥へと帰って行くのを見送り、自分達も与えられた控え室へと向かった。
二人には共に貴賓室が準備されており、それは隣りあっていた。
部屋に帰る前に、維月は言った。
「多香子、私の部屋に寄らない?連れてきた侍女達も、休ませてやりたいし。お互いに着替えて、お話ししましょうよ。本日のことなど話したいわ。」
多香子は、頷く。
まだまだ反省点もあるように思ったからだ。
「ならばそのように。我の着替えはこちらへ持って来させようぞ。主の部屋へ。」
維月は頷いて、そして多香子と共に自分の控えに入って行った。
そこで、お互いに助け合って部屋着に着替えると、髪を下ろして多香子はゴロンと寝椅子に転がった。
「ああ、誠に疲れたことよ。このようなことが、毎日続くのか。誠に我に務まるのかと、今から案じてならぬわ。」
維月は、フフと笑った。
「まあ、多香子ったら。あなたは完璧だったわ。そのように気を張ることはないのよ。そのうちに慣れて参って、息をするように自然に何でも口にできるようになるわ。今は少し、ぎこちない時もあるけど。」
多香子は、顔を上げた。
「やはりか。どの言い回しが正解なのか、分からぬ時があっての。もう、軍神の時の敬語で良いわと、そんな時は押し通したが、あれで良かったのかの。」
維月は、頷く。
「大丈夫よ。元々おかしな口調でもないもの。そも、皇子達は軍神口調の方が分かりやすくて違和感もないようだったわ。ハキハキと分かりやすくて、好感が持てると言うておったではないの。」
多香子は、息をついた。
「嫌みかと思うたわ。本心からなのか分からぬで、内心焦ったもの。だが、良いのなら案じることもなかったの。」と、窓から外を見た。「それにしても、大陸とは空気の変わるものであるな。どこまで見ても山と陸。もっとよく見たいものよ。」
維月は、身を乗り出した。
「だったら、お庭に出る?ここのお庭も豪華よ。何しろ広いし。配置がおおらかなのよね。土地が有り余ってる感じなの。実際そうだし。」
多香子は、飛び起きた。
「お、良いな!参ろうぞ、こちらの庭とは興味がある。」
維月は、フフフと笑って頷いた。
「じゃあ、一応ベールは被って。お庭を散策いたしましょう。」
二人は、月が高く昇ろうとしている中、庭へと掃き出し窓を開いて足を踏み出した。
そこは、全部歩くには1日では広過ぎる、美しい庭だった。
「…これはすごいの。これだけ広いと、散策と言うてどちらへ参れば良いものか。」
多香子が、維月について歩きながらも、あちこちキョロキョロと見回して言った。
維月は微笑んで答えた。
「私は空から見ておるから、構造は知っておってよ。どんな様が見たいかしら?そちらへ行きましょう。奥にはね、外から引き込んだ川が流れておって、この辺りの外の、自然な様子を再現していて、外に行かずでもどんな様子なのか見られるようになっておるのよ。手前は、神の宮の例に漏れず、四季折々の花々を植えているお庭が点在しておる形よ。今の季節なら、東のお庭が美しいかしらね。」
多香子は、答えた。
「ならば、神の庭はもう見飽きておるし、まずは奥かの。この辺りの外の様子を知りたいが、外へは出ては危ないのだろう。ならば、そこで眺めてみたいものよ。」
維月は、頷いた。
「ならば、こちらよ。」と、軽く浮いた。「歩くとかなり掛かるから。飛んで行きましょう。」
多香子は頷いて、そうして維月について、夜の庭の中をスーッと飛んで行ったのだった。
奥へと到着すると、維月が言った通り、そこには川が引き込まれてあって、人の村なような小さな小屋も点在し、確かに外の様子が垣間見れる。
小屋は、実際の大きさよりかなり小さな物なので、どうやら飾りに置いてあるだけのものらしい。
多香子は、言った。
「なんとの。膝丈ぐらいしかないか、この小屋は。」
維月は、フフと笑った。
「そうなのよ。こうして、近くの村の様子を説明できるように作られた場所でね。空から見ると、本当に外の風景とそっくりよ。」と、浮いた。「ここには誰も居ないから、浮いて上から眺めてみましょうよ。」
多香子は言われるままにそこに浮いて、下を見た。
高く上ると維月の言う通り、確かにそこに村があるように見えた。
「おもしろい。」多香子は、目を輝かせて言った。「素晴らしい。この辺りは誠に余裕を持って建物が建てられておるのだな。大陸は誠に広いことよ。」
維月は、多香子と共にそこに浮きながら、頷いた。
「その通りよ。島がいくつも入るぐらい、大陸は広いわ。そこを治めるのは、とても大変なことだと思う。細かく見るのは無理っぽいけど。」
多香子は、苦笑した。
「まあ、これではの。災害などを抑えてやれば、人なら問題なく暮らして行くのだろうて。こうして見ると、島の人は過保護のように思えて参るのう。日々の暮らしのことやら人同士の軋轢まで、気を整えて面倒を見てやったりするわけであるから。」
確かにそうかもね。
維月は思って、笑った。
「そうね。それもあの面積にしては多くの神が居るからだもの。こちらは面積辺りの神の数が圧倒的に少ないわ。それは致し方ないことよ。」
神は人にあちこちで祀られて、すがって来る人を見捨てることはできないのだ。
神に繋がる祠の数が圧倒的に違うのだから、仕方がないのかもしれない。
それから、二人は空から下を見て、あれこれと話して時を過ごしていると、不意に何かが視界の隅を過った。
「…?」
維月がそちらを見ると、多香子もそちらを見ているのが分かった。
「…何か居るか。」
多香子が、暗闇に目を凝らす。
維月は、首を傾げた。
「見えた気がしたけど。」と、空を見た。「十六夜、何か見えた?」
だが、十六夜は答えない。
維月は、十六夜が答えないなんてと、月を見上げた。
「十六夜?どうしたの、何か見えるの?」
だが、十六夜の声は全く返って来なかった。
「…おかしいの。十六夜殿はいつも、主の事を見ておるのではないのか。あちらで何かに気を取られておるのか?」
維月は、首を振った。
「何かを見ていても、私の声だけは聞いているはずなの。」と、月へ力を送ろうとした。「十六夜…、」
そして、ハッとした。
力が、上に上がって行かないのだ。
「…どうして?私の力が何かに押し返されてるような。いえ、跳ね返されているのかしら。」
多香子は、眉を寄せて空を見上げた。
「…なんであろうか。なにやら、我の気の色を感じる。主の気もぞ。この辺り…」と、飛び上がって空に触れる仕草をした。「なんぞ、透明の…?」
維月は、驚いて急いで多香子に並んでそれに触れた。
透明の、膜のような物がいつの間にかそこにある。
この感じには、覚えがあった。
「…しまった!籠められてる!」と、月を見上げた。「十六夜!」
だが、十六夜の声は答えない。
多香子は、そこに浮いたまま言った。
「…籠められておるとは?」
維月は、言った。
「昔、ベンガルと対立しておる時に、そんなことがあったの。私は月と分断されてるわ。でも、目視はできるはずだから、十六夜からは私が困ってる動きは見えてるはずなんだけど。話し掛けて来てても、声が念だと通ってないのかも知れない。ここに籠められたら、とにかくおとなしくしておるのが一番なの。あなたが言ったように、膜から私とあなたの気がするでしょう?気を操られて、それで己を籠めておる状態なのよ。この中の気がなくなれば、補充もできなくなる…とにかく、温存するしかない。とはいえ、今度の膜は気取られないようにしたからか、とても大きいわ。しばらくは、大丈夫なはず。」
維月は、その膜の波動をたどってどれぐらいの大きさなのか見てみたが、この辺り一帯を覆うような大きなものだ。
抵抗するのを、阻止しようと気取られないように、こんなことをしたのだろう。
だが、誰が?
ベンガルしかできないはずだが、イゴールが今こんなことをするだろうか。
そもそも、匡儀の結界の中なのに、イゴールが中まで入り込んで来て、誰にも気取られずにこんなことをする、メリットはなんだろう。
維月は、油断した、と空の月を見上げていた。




