朝の茶会
それから、維心は維月と過ごしてやっとホッとして、朝を迎えた。
維月から、風呂での会話を改めて細かく聞いてから、維心は維月に手伝われて着替えを済ませ、言った。
「では、行って参る。また今夜の。」
今夜も来るのね。
維月は思いながら、微笑んで頭を下げた。
「はい、維心様。今夜は落ち着いて時を過ごせたらよろしいですわね。」
維心は、顔をしかめて維月の額に口付けてから、頷く。
「誠にそうよ。我は主に会いに来ただけであるのにの。我らの平穏のためにも、志心達と話して参る。」
維月は頷いて、維心の頬に口付け返した。
「お早くお越しを。お待ちしておりますわ。」
維心は、微笑んだ。
「待っておれ。」
そうして、機嫌良く出て行った。
龍の宮に居ても、同じような感じだったから、別居している感じじゃないなあ。
維月は、それを見送りながらそう思っていた。
茶会の席へと入って行くと、そこには軍神達は居なかった。
王が帰還するので、その準備をするのは軍神達の務めだ。
そうそう遊んでいられないのが臣下だった。
焔が、振り返って言った。
「お、維心。来たか。宴の席にも来たら良かったのに。」
維心は、準備された椅子へと座りながら、答えた。
「我は遊びに来ておるのではないからの。維月に会いに来ておるのに、離れておっては何のために来ておるのか分からぬではないか。維月とて宴に出るとなると面倒になるし、なので我は行かなかったのだ。」
渡が、言った。
「まあ良いではないか。此度は我らだけということにしておったし。」
漸が、言った。
「それより、聞いたか維心?志心が多香子を娶ろうとか言うておるのだが。」
維心は、息をついた。
「知っておる。昨日からその事で気になって仕方がないわ。正式に申し入れたのか?」
志心が、頷いた。
「今朝、考えて欲しいと多香子に伝えてくれと漸に申した。だが、焔にも釘を刺しておるが、無理にとは思うておらぬので、他の王には言うでないぞと。もちろん、軍神達にも他に漏らすなと申しておいて欲しい。」
維心は、頷いた。
「分かっておる。義心に他の同席していた軍神達に口止めをしておけと言っておいた。ゆえ、今頃皆に申し渡しておるのではないかの。なので、漏れることはない。」と、焔を見た。「主も。あっさり口にするでないぞ?漸もぞ。」
漸は、ブンブンと首を振った。
「我はもう、そこまで浅はかではない。言えぬわ。だがのう…我が言うのもだが、松とのこと、上手くいかなんだゆえなあ。それでも、あの宮であるからそんな事は珍しくないし、松も我もおかしな噂に煩わされることもないが、こちらは違うのだろう?多香子はなあ…我の母の妹であるが、よう似ておるしなあ…。まあ、深く関わったことはないゆえ、真実どんな女かは知らぬのだが。見た目や動きはそっくりなのだ。だとしたら、こちらの男とうまくやれるかのう…。」
渡が、言った。
「こちらの女神しか知らぬから、我は口出しはできぬが…とりあえず、いきなり娶るのではなく、少し話して交流してみることから始めてみたらどうかの。そら、庭を歩いて話すとか。漸、主が協力して志心の宮へ、立ち合いの遊びだとか何とか言うて多香子を連れて参ったら良いのだ。そうしたら、他の神が気取ることもないし。そうして、お互いに知り合った方が良い。志心は無駄に長く生きておるわけではないから、それで見極めることもできようし。多香子にしても、嫁ぐのに心構えもできようが。それでどうか?」
焔が、手を叩いた。
「そうよ!さすが那佐ぞ、確かにその通りよ!」と、志心を見た。「そうせよ、志心。ちょっと冷静に考えた方が良いのだ。主が犬神の宮へ参ったり、漸に来てもらったりしたら良い。そこで、しっかり見極めよ。」
志心は、苦笑した。
「我は冷静であるがな。まあ分かった。確かに主らの言う通りであるし、ゆっくり考えるわ。どうせ、長年独りであったしな。」
そんなに気軽に。
維心は、これは言っておかねばと口を開いた。
「志心、それではならぬ。維月が風呂であれらに会って聞いて来たところによると、多香子は多くの神にあの歳でも言い寄られておって、その軽い感じが嫌なのだと言うておったらしいぞ。終生共に落ち着いて、お互いに尊重し合える相手を望んでおるそうな。もう妃が複数がどうのは拘りがないようだったが、そんなことより適当に扱われるのは否と思うておるらしい。なので、対等な相手を探しておるなら確かに意識は高いし多香子は良い相手だろうが、それゆえしっかり向き合う相手でなければ首を縦に振らぬ。心しての。」
志心は、維心の言葉に苦笑した。
「我とて分かっておるよ。迎えたからにはぞんざいには扱わぬつもりよ。とはいえ、まあ、無理にとは思うておらぬから。愛してどうのというわけではないのだ。話し相手が欲しいだけよ。構えるつもりはない。」
だが、せっかくに娶ろうかという女が現れたのに。
皆は思ったが、言ったところでなので、黙っていた。
こちらの方が気が揉めるが、志心はおっとりと茶を飲んで庭を眺めていたのだった。
一方、多香子は帰還準備を松と貫と共に進めていて、そこへ義心がやって来て、告げられたことを考えていた。
志心は、多香子に婚姻の打診をしたことを、他の王達には明かさぬ方向で考えているらしい。
というのも、多香子が否なら断れるようにとの配慮であるらしかった。
朝、漸の側まで行って指示を受けて来た貫によると、志心は正式に多香子に嫁いで欲しいと打診をしたらしく、後で王から話があるだろうとのことだ。
多香子は、ほとほと困っていた。
漸を見ても王とはかなり我が儘であるし、その相手を世話して気を遣って過ごすのはかなり面倒な気がする。
なので、断る一択なのだが、宮と宮との関係を考えたら、軍神に言い寄られた時のように簡単に突っぱねるのも気が退けた。
松が、案じて言った。
「…断りの文言を、維月様にお伺いする?」
多香子は、頷いた。
「そうだの。我が王妃など、はっきり言って想像もつかぬのよ。主の王妃であった時の様を思い浮かべても、楽なものではあるまい。我が志心様を想うておるならいざ知らず、そんな感情を持つほど知らぬしな。あちらは簡単に決めよって、やはり軽い気がしてならぬのだ。」
まあ、確かに。
松は、ため息をついた。
「そうね、そう思うても仕方がないのですけど。でも、漸様だとて、長く月の宮にお通いくださって、我をとかなり強く望んでくださったけど、結局あのようなことになったでしょう?殿方とのことなんて、結局側に居てみないと何が正解など、誰にも分からぬのですわ。こちらは、決めたら早く押さえておかないと、他に取られる可能性があって、とかく殿方は性急なところがあって。なので、お父様の渡があなたを乳母にとか申すし、焔様が冗談でも恋歌など書かれたしで、慌てられたのではないかしら。志心様は、本来そんな強引な方ではありませぬから。」
多香子は、松を睨んだ。
「…主は、嫁いだ方が良いと思うか?」
松は、顔をしかめた。
「そのような。あなたが居なくなると我は寂しいし、できたら同じ宮に仕えていたいと思うけど、でもあなたの幸せを考えますから。誠に志心様は、侍女の間でも密かに想うておる者が多くて、それでも見向きもされないかただったの。だから、断ってしまうのはもったいないなあと、思うだけなのよ。一度、ゆっくり話してからでも遅くはないと思うのだけど。」
多香子は、それを聞いてまたため息をついた。
「…そうか。そうだの、我はあの神を知らぬから。そこらの軍神なら気軽に考えようが、王というのが引っ掛かっておるのだ。我は軍務一途に来て、これまで寄って来た中から適当に付き合っては別れておったから。誰一人として、子を成した神にさえ、心はなかった。ゆえ、退役したら少しは想う相手とやらを見つけたいと思うておったのだ。このまま嫁いだら、それができぬなあと。それだけなのだがの。」
多香子は、恋愛など無縁で来たのだ。
だからこそ、落ち着いて相手を想い、お互いに愛し合うという関係を築きたいと思っていたのだろう。
…志心様を想うことがあれば良いのだけど。
松は、膝をついて漸が来るのを待ちながら、そんなことを思っていたのだった。




