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宴の後

多香子は、軍神家系の末だったが、母や父から教わって、雅事を好む王のためにと、楽器もなんでも弾きこなせた。

香の話などを振られても、難なく答えられるし、即興の詩もさっさと返すことができ、さすがに上位の軍神ばかりを排出して来た血の末だった。

書も、この様子とは違っておっとりと大らかな美しい文字を書く。

恐らく、本来の性質はそれなのだろうが、何しろ父母がともに軍神で、それらに育てられたのだから自然、外向きにはこうなるだろう。

焔が、言った。

「…皇女と言うてもおかしゅうない能力よ。」と、漸を見た。「主の叔母であるだけあるな。」

漸は、苦笑した。

「まあ、代々軍神ばかりの男女の間に生まれた女であるからな。軍神となれと幼い頃から言われて育ち、上位になるためには軍務以外の能力すら問われるゆえ、あれこれ教育されて育っておる。こちらの礼儀などは分からぬやもしれぬが、確かに優秀であると思うぞ。父も、その辺りはしっかり考えておるゆえな。何しろ、己の血が混じる相手なのだからの。」

渡は、言った。

「ならば、主、退役したらうちの宮へ来ぬか。」

え、と松が慌てて言った。

「まあお父様、美穂様をお迎えになってまだ数年ではありませぬか。そのような。」

渡は、それを聞いて言い方が悪かったと慌てて首を振った。

「違う!娶ろうというのではないわ、ただうちの皇子がの…とにかく、我に似て手が掛かるのだ。美穂はあの通りか弱いし、乱暴な皇子の(こう)に手を焼いておるのよ。多香子なら何とか教育できるのではないかと思うて言うただけよ。」

多香子も松も、ホッと肩の力を抜いた。

「まあ、そうでしたか。驚いてしまって。」

焔が言った。

「そうよ主、言い方が悪い。我も思わず驚いてしもうたわ。そうか、昊は確か、主の血を継いで闘神だったというておったものな。美穂が手を焼くのは分かるわ。」

漸が言う。

「だがなあ、多香子が子育てとはの。無理だと思うぞ。己の子も己で育てておらぬしの。」

多香子は、軽く漸を睨んだが、ため息をついて頷いた。

「全くその通りでありまする。その暇もありませぬし、我は軍務の方が忙しく、育てようという気持ちにもならなんだので。教育だけと申すならできるかもしれませぬが、乳母の役は無理でありましょうな。」

多香子が乳母という、様子が全く思い浮かばない。

松は、そう思って聞いていた。

すると、志心が言った。

「…そうだの、だったら我に嫁ぐか。」え、と皆が仰天した顔をした。志心は涼しい顔をして続ける。「我には今妃が一人も居らぬし、そも、落ち着いた女神が良いと思うておった。主は努力家であるし、こちらの妃の仕事もすぐに習得しようが。まあ、今犬神の宮との婚姻は禁じられておるから、主の意識次第ではあるがの。我に嫁いだら、他と通じると死罪だからの。だが、妃としての立場は守られるし、とりあえずは軍神をせずでも生きて行けるぞ?」

蒼が、びっくりして言葉も失っている。

焔が、ハッと我に返って言った。

「…主、本気か。あれだけ誰も娶らなかったのに?」

志心は、顔をしかめて焔を見た。

「いや、若い女神では話し相手にもならぬからぞ。こうして見てみると、多香子は美しいだけでなく雅事にも通じておるし、話甲斐がありそうであろう?そろそろ一人にも飽きて来ておったし、白虎と犬ならそう遠い縁でもない。あくまでも、多香子が学ぶ気があればの話ぞ。無理には言わぬ。」

多香子は、絶句している。

そもそも、そんな事を言われるとは思ってもいなかったのだろう。

…断っても良いのだろうか。

多香子は、ここで変な事を言って王の立場が悪くなったらと困っていたのだが、やっと衝撃から復活して来た蒼が言った。

「ええっと、何にしろ急なお話ですし。志心様も、もし本気であられるのなら、また酒が抜けた時にでも、正式に漸に連絡を入れたら良いのではありませんか。多香子も、それからしっかり考えてお返事をしては。こんな、内輪の酒の席ですしね。」

志心は、多香子が困っているのを気取って、頷いた。

「我は酔ってはおらぬが、良いだろう。酒の席で話すことでは無かったの。」

するとそこへ、侍従がやって来て、蒼に言った。

「王、龍王様がいらしておりますが。」

蒼は、いつもの訪問だ、と急いで立ち上がった。

維心は、いつも蒼に挨拶してから維月の所へと渡る、律儀な神なのだ。

「維心様がいらした。ちょっと、お会いしに行ってきます。」

焔が、言った。

「気が向いたらここへ来いと申しておいてくれ。まあ、あやつは維月ばかりであろうがの。」

蒼は頷いて、急いで宮の中を駆け出して行ったのだった。


蒼は、急いで居間へと戻った。

そこには、維心が相変わらずスッキリとした出で立ちで座っていた。

待たせてしまったと速足で王座と座ると、蒼は言った。

「お待たせしてしまいました。今、小さな宴を開いておりまして。焔が、維心様も良ければと言うておりましたが。」

維心は、苦笑して首を振った。

「そのつもりで来ておらぬから。ただの訪問着で来てしもうたしの。義心は役に立ったか?」

蒼は、それを思い出して暗い顔をした。

「もちろん、義心が役に立たないなどありません。でも、オレ全く歯が立ちませんでした。月に上がったのに。」

維心は、クックと笑った。

「それはあれも月に上がったばかりの主相手に、負けては甲斐がないだろう。これまでの積み重ねが何だったのかと思うものよ。少しずつやれば良いのだ。そも、今は平和で主は月。本来必要もないことであるからな。気にするでない。」

蒼は、それでもむっつりと頷いたが、はたと思い出して、声を落として言った。

「…そうだ、維心様。志心様が、酒の席の戯れでしょうが多香子を娶るとか言い出されて。皆驚いたところだったのですよ。」

維心は、眉を上げた。

「志心が?」

珍しい。

維心は、思った。

とにかく志心は公には品行方正で、いくら飲んでも娶るなどということは口にはしなかったからだ。

蒼は、頷いた。

「はい。とにかくこんな席ですし、また改めてとオレが取り成しましたが、志心様は酔ってはいないとおっしゃるし。まあ、また場を改めてとは引き下がってくださいましたけど。元々無理をおっしゃる方ではないですからね。」

維心は、考え込む顔をした。

「…とは言うて志心は安易にそんなことを言うたりせぬのは誠のこと。あれは冗談でもそんな事は口にせずで来たものの。多香子はそんなに出来た女神であったのか?」

軍神だったはずだ。

蒼は、頷く。

「それは、やはり漸の叔母になるので軍神家系の中でも上位の者達の間の子であり、楽も嗜むし香の話題にもついて来るし、書もあれで大変に大らかな文字を書くのですよ。志心様には、そういった事を見ても何か思われるところがおありだったのでしょうか。」

維心は、眉を寄せて考え込む顔をした。

「どうであろうの…そんな女神ならいくらでも志心の回りに居るはずであるし、わざわざ娶ろうなどと言わぬはずよ。そも、犬神の宮が面倒なのは知っておるのだしな。他に何か無かったか。」

蒼は、思い出しながら答えた。

「そういえば…多香子の指南をしておられましたね。多香子は筋が良いそうで、そこで何かあったのでしょうか。」

維心は、首を振った。

「分からぬ。そういうことは志心でなければ分からぬだろうがな。」と、立ち上がった。「我も、席へ行くやもしれぬ。維月と話してみるわ。志心に話を聞いておきたいしな。まあ、後で志心を訪ねて聞いても良いし、そこは我が良いようにする。主はその件については、気にすることはない。」

蒼は頷いて、維月の所へと向かう維心を見送ってから、自分も宴の席へとまた、向かって行ったのだった。

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