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十六夜は、維月を連れてルシウスの城へ向かった。

ルシウスが、本当に維月を案じていたのだ。

その道中、二人で並んで飛びながら、十六夜は言った。

「維月、話したな?闇と、オレ達は共存の道を選んだんだ。オレ達が対峙してたのは、質の悪い闇で、本来闇はオレと同じように、霧を制御して人を助ける機能を持った善良な存在だった。今から、その闇の王に会いに行く。」

維月は、慎重に頷いた。

「うん。今回私が襲われたっていうのは、質の悪い闇だったのね?それで、十六夜とその、闇の王が私を助けてくれたのね。」

十六夜は、頷いた。

「そう。だから、あいつもお前を心配してるんだよ。だから、顔を見せに行くんだ。多分、覚えてないだろうが…でも、大丈夫だ。」

維月は、また頷いた。

「分かってる。十六夜が言うんだから疑ってないわ。」

昔の維月。

十六夜は、そう思いながら維月を懐かしく見た。

本当にいろいろ混じった感じが、今の維月なのだ。

今の維月は、十六夜と兄妹で育った時の維月だった。

維月の心の中では、時系列がめちゃくちゃだと本人も言っていたが、ホントにそんな感じだった。

何にしろ、扱いやすいのは間違いない。

十六夜は、相変わらずしっかり自分の手を握っている維月に、ため息をついたのだった。


城へと到着すると、あっさりと中へと入れた。

サイラスの結界の中だが、月にはそもそも結界は関係ない。

破る必要もなく、サイラスの領地の真ん中にある、地下の闇の城と呼ばれる場所へと入って行った。

すると、中からダヴィートが飛び出して来た。

「維月様!」と、維月に抱き付いた。「維月様、我らを庇ってくださったと聞きました!もう大丈夫なのですか。」

維月は、え、と目を丸くした。

十六夜が、急いで言った。

「ダヴィート、ショックかも知れねぇが、維月はその時に記憶が混乱しちまってな。多分…分からねぇんだよ。」

ダヴィートは、え、と慌てて離れた。

「え、誠に?」

維月は、急いでダヴィートの頭を撫でた。

「あの、大丈夫よ。平気。あなたのことは可愛らしいと感じるし、きっとどこかで覚えているのよ。ただ、まだ出て来ないの。」

ダヴィートは、寂しげに頷く。

そこへ、低い声が割り込んだ。

「…無理を申すでないぞ、ダヴィート。」と、ルシウスが歩いて来た。「闇にいくらか持っていかれたのだ。何がどうなったのか、我でも分かっておらぬ。」

維月は、顔を上げた。

そして、ルシウスを見て口を押さえた。

「え、ルシウス!」

ルシウスもだが、十六夜も驚いた顔をした。

「…覚えておるのか?」

ルシウスが言うと、維月は頷いた。

「覚えてるわ。顔を見たら名前が出て来たの。私達、親しかったわね?」

ルシウスは、頷く。

「その通りぞ。どう親しかったかは、覚えておるのか?」

維月は、顔をしかめた。

そして、十六夜を気にするように言った。

「…恋人同士…?ではないわね?」

ルシウスは、苦笑した。

維月は、どこかで覚えているのだが、詳しい記憶がないのだ。

十六夜が、言った。

「そうだなあ、恋人ではなかったみたいだが、近かったのかも知れねぇな。」

維月は、驚いた顔をした。

「え、あなた怒らないの?」

十六夜は、苦笑した。

「なんだよ、お前、とっくにオレが居ても他の男に嫁に行ったりしてたっての。オレとは兄妹って感じだったんだぞ?ほら、そもそも月の眷属って体の関係は気にしねぇからさ。」

維月は、驚いたまま言った。

「まあ、そうなの。嫁にって、じゃあ私の夫がルシウスだったってこと?」

十六夜は、顔をしかめた。

「うーん、それは違う。お前らには肉体関係はなかった。キスはしてたけどな。」

維月は、ますます混乱した顔をした。

「え、私そんなにあちこち付き合ってたの?嫁に行ったりって、離婚して?ちょっと…価値観違い過ぎて理解できない。」

自分のことだけど。

維月が頭を抱えると、ルシウスが言った。

「落ち着くのだ。我ら、そもそも主が陰の月であるから複雑な関係なのよ。我は闇なのだぞ?我らは本来、主従関係なのだ。」

維月は、それには言った。

「まあ!主従関係なんて思わないわ!それは分かるわ、私あなたの主人だなんて思っていなかったわ!」と、ダヴィートの頭を撫でた。「この子もかわいいし。まるで自分の子供のように思っていたみたいよ。」

そうかもしれない。

ルシウスは、苦笑した。

「良い、では奥へ。茶でも入れよう。十六夜が来たゆえ霧が存在できぬで散っておるから、デロイスが入れる。準備しておったわ。参ろう。」

「デロイス…。」

維月は、その名を頭の中で検索しているようだ。

十六夜は、そんな維月を見ながら、ルシウスとダヴィートについて闇の城の中を歩いて行ったのだった。


「そうか、記憶がな。」デロイスは、茶を皆に出しながら言った。「仕方がないことよ。あの闇は面倒だった。我も、まさか回りにわざと分散して存在しておるなど思いもしなかったので、いきなり集まり出した時は慌てた。ダヴィートはいち早く己では無理だと籠って玉になっておったから、我もそれに倣ったのだ。あれは良い判断だった。取り込まれたら、相手の力になってしまうゆえな。」

ダヴィートは、頷いた。

「もう、玉になるしかないと思うて。きっと誰かが起こしてくれるし、力になるよりマシだと思うた。」

ルシウスが、頷いた。

「良い判断だった。ああすることで外からは余程踏ん張らねば破ることは出来ぬ。闇になるほどの力を持つ命が、全てを掛けて作った殻を破ることはその辺の闇には出来ぬから。我にはできるが…あの時、主らが中にいるゆえあやつを消すこともできぬでな。十六夜が表面を削ってくれたので、そこから破れたが遅れたら維月がまずかった。誠に月とは和解しておくべきよ。」

十六夜は、息をついた。

「こっちこそだ。お前が居ないと維月を助けるためにあれこれ大変だったし、間に合ったかどうかもわからねぇ。マジでホッとしてるよ。」

維月は、わからないながらも言った。

「良かった。私、ホントに覚えていないみたいなんだけど、なんだか必死に十六夜とルシウスを、呼んでた気がするわ。記憶が混乱してからのことは…とにかく、十六夜を探さなきゃってそればかりだった。十六夜だけが、私を助け出せるって分かってたみたい。」

十六夜は、答えた。

「それはそうだろ。オレ達生まれてこの方ずっと一緒だし、お前って困ったらいっつもオレ。親父に怒られてもオレ。なんかやっちまって隠したい時もオレだろ。だから、そんな時はやっぱりオレなんだよな。」

維月は、恥ずかしげに言った。

「もう、バラさないで。恥ずかしいから。」

ルシウスが、クックと笑った。

「誠に十六夜とは一心同体なのだな。羨ましい限りよ。」

維月は、え、と顔を赤くする。

十六夜は、それを見て慌てて言った。

「維月、お前ルシウスに惚れたのか?お前、綺麗な男が好きなのは昔から変わらねぇよなあ。でも、そんなこと言ってるとみんな綺麗なんだしあっちこっち大変だぞ?中身をしっかり見て選べ。あんまり人数多いとオレも大変だから、二人ぐらいまでで頼む。」

維月は、もう!と十六夜の肩を叩いた。

「もうやめて!違うの、なんで二人も同時になんて話になってるのよ、私はそんなにお気軽に誰かと恋人同士になったりしないわ!知ってるくせに!」

十六夜は、言った。

「知ってるから言ってるの。お前の記憶が混乱してるから分かってねぇんだって。陰の月だからいろいろあったの。まあ…そのうち、思い出すかもしれねぇけどな。」

ルシウスが、頷いた。

「良い。主が主であればそれで。思い出すのも出さぬのも、それも恐らく定められたことぞ。世に、偶然などないのだからの。」

偶然がない…。

十六夜は、言われてみたらそうだった、と思った。

ということは、維月が記憶を失ったのも、闇が出現したのも、全てはこのためだったのだろうか。

だが、そうだとすると、維月は何のために記憶を失ったんだろう…?

十六夜は、まだ恥ずかしそうに顔を赤くしている維月を見ながら、考え込んだのだった。

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