穏やかな日々
それから、維月は特に変わる事もなく、時々誰かの顔を見て思い出すことはあるものの、大きく変化はないままに、月日が過ぎて行った。
炎嘉や焔、志心や箔炎は、時々に月の宮を訪ねているようだったが、維心は単身で月の宮を訪れることはなかった。
翠明も、噂を聞いて行きたいと訴える綾を連れて、時々月の宮へと訪れる。
維月は、綾の顔を見た時、「綾様?」と名前を呼んだ。
そのことで、綾は涙を流して維月に抱き着き、しばらく涙にくれていたようだ。
綾にも、維月の記憶の事情は知らされていたので、維月が龍王妃であった事実は、思い出すまで知らせぬようにと言われていた。
綾は、その対面を果たしてから、毎日のように維月に文を送って来て、維月はそれに返事を書いていた。
その文字は、間違いなく維心に教えられた通りの美しい文字で、維月の中には、間違いなくいろいろな知識が眠っているはずだったが、全くそれが出て来る様子はなかった。
まるで、思い出す事を拒否しているように、綺麗さっぱり龍王妃であった事実は、その頭から消えている。
それなのに、そこで学んだ事は皆、きちんと覚えていてこなすのだ。
維月いわく、どうしてだか分からないが、やり方が分かる、のだそうだ。
そんなわけで、回りは気を揉んでいるが、維月は楽し気に、毎日を過ごしていた。
何しろ、話す相手には困らないし、十六夜とはあちこち遊びに行けるし、ルシウスとも城に作ったという、露天風呂へ遊びに行くついでに会って、よく話している。
維月にしたら、あちこちに仲が良い友達が居て、とても楽しい毎日、といった感じだった。
そんな毎日を過ごしているうちに、年末がやって来た。
蒼は、久しぶりにこの、月の宮で正月を過ごすように、宮を解放しようと決めていた。
焔も物凄く楽しみにしているし、維月の記憶が回復していないからと、今更開催しないというわけにもいかない。
何より、記憶の問題はあっても、維月はとても元気だった。
もしかしたら、前の維月よりも、もっと元気そうに見えた。
十六夜は、記憶がないお蔭で、変な柵もなくなって毎日楽そうだから、もうこのままでいいかもと思っていると言っているぐらいだった。
蒼としても、他の宮に世話を掛けるぐらいなら、ここで開催した方が気楽でいいのだが、それでも娯楽だ。
何をしようかと思うのだ。
双六も、羽子板もめんこも、毎年やってもう、飽きて来ている。
もうこうなったら、しりとりとかカルタとかジェンガとかしか、無いような気もして来ていた。
蒼は、維月に言っても仕方がないと思いつつも、人世の記憶は他の誰より鮮明なので、聞いてみることにして、十六夜と二人の部屋へと訪ねた。
二人は、部屋で並んで座って庭を見ながら話していたが、蒼が入って来たのに気付くと、振り返った。
「あら蒼。」維月は、人の頃の母のように言った。「どうしたの。何か聞きたい時の顔ね。」
蒼は、もうとっくに忘れていたは母親の顔の維月に、言った。
「…そうなんだよ。お正月なんだけどね。ここでみんな上位の王達が集まって、遊んで過ごすんだけど、何をしようかなって。変わった事が好きだからさ、前は双六とかメンコとか、羽子板とかしてたんだけど、飽きて来たしなあ。何かない?」
十六夜が、言った。
「なんか香合わせがどうの言ってたし、ここにも綾が事前に一緒に合わせようって維月に文くれてたけど。他にってことか?」
蒼は、頷く。
「香合わせだけじゃ三日もたないじゃないか。だから、他に何かないかなって。母さんいろいろ知ってるんじゃない?人世の記憶は鮮明なんだろ?」
維月は、顔をしかめた。
「それはめっちゃ鮮明だけど、あなた昔から何でも私に丸投げよね。お正月の遊びだなんて、後は凧上げとか駒回しぐらいしか私も知らないわ。他って言うと…福笑いとか?」
十六夜は、言った。
「うーん、もっと何か頭使うやつのが良いぞ。人世のゲームなら、別に正月限定でなくても良いんじゃねぇか?」
維月は、考え込んだ。
「そうねぇ…。犯人隠匿系ゲームは?人狼ゲームとか、マーダーミステリーとか。」
やっぱりそっちを思い付くんだな。
蒼は苦笑しながら、頷いた。
「マダミスはやったことあるんだ。でも、みんな疲れちゃって。大がかりになるだろ?人狼ゲームするかあ。1ゲーム二時間掛からないぐらいだろうし。」
維月は、首を傾げた。
「何人来るの?」
蒼は、答えた。
「オレ入れて15人。維心様、炎嘉様、志心様、漸、箔炎様、焔、オレ、駿、高彰、渡、翠明、塔矢、仁弥、公明、樹伊。」
維月は、頷いた。
「それだけ居たら、やりがいありそうね。人狼三人ぐらいかな。役職考えて入れたらおもしろいかもよ。別に道具は要らないし。カードぐらいかしら。」
蒼は、頷いた。
「だね。それは作らせるか、人世に買いにいかせるから大丈夫だよ。じゃあ、人狼ゲームにするかあ。妃達には観戦してもらって。」
維月は、十六夜を見た。
「十六夜は行かないの?その集まりには。」
十六夜は、首を振った。
「オレは別に。参加したことねぇな。一回琴弾くのにだけ参加したことある。お前も一緒だったんだぞ?」
維月は、あら、と目を丸くした。
「そうなの?そんなに気の張りそうな場所で弾いたなんて過去の私を褒めてあげたいわ。なんでかわからないけど、琴も弾けるもんね。綾様が来た時に、弾いてみたらできて驚いたの。綾様とも…どうしてお友達だったのか、未だに思い出せなくて。綾様は、名前を覚えていてくださっただけで良いとか仰るけど、悪くて。とても仲が良かったことは覚えてるのに。他は全くよ。」
十六夜は、言った。
「まあ、思い出せるだけで良いんじゃねぇの?炎嘉達とはよく話してるじゃねぇか。」
維月は、ため息をついた。
「お忙しいのにわざわざ訪ねてくださっておるのに、全く思い出せなくてそちらも気にしてるのよ。お責めにならないし。余計に気を遣ってしまうわ。」
まあ、あっちはそれで楽しいみたいだし良いけどな。
十六夜は思ったが、何も言わなかった。
蒼が、鎌を掛けてみた。
「でも…そういえば維心様はいらっしゃらないよね。」
維月は、苦笑した。
「あの方が来られるなんて、最初から思っていないわ。お忙しいかただし、そもそも女嫌いなんでしょう?」
やっぱりそれ止まりか。
蒼は思ったが、答えた。
「別にちょっと人見知りなだけでそこまで女嫌いでもないんだよ。炎嘉様みたいじゃないだけ。」
維月は、ふーんと頷いた。
「そうなんだ。でも、私なんてひっくり返っても無理なかただから、あちらが話し掛けて来られないと話せないわ。あんなに威厳のあるかた居る?緊張しちゃって無理よ。だからお正月は、十六夜が出ないなら私も行かないわ。部屋でお節食べてゆっくりしてる。」
そうなるよね。
蒼が思って十六夜を見ると、十六夜が急いで言った。
「あ、いやオレ、今年は行こうかな。」
維月が、え、と十六夜を見た。
「え。あなた行くの?あの中に?」
全部王なんだけど。
と、維月の目が言っている。
十六夜は、機嫌を悪くしたように維月を見た。
「オレだってあいつらと同列だぞ。世話してやってるのによ。お前、オレを何だと思ってるんだよ。」
維月は、慌てて言った。
「違うわ、別に下に見てるんじゃないのよ。じゃあ、行く?だったら私も着物縫わなきゃ。早く言ってよね、準備があるのよ。早く闇達のを仕上げてあなたと私の分も縫わなきゃ。お父様のを、先に縫っておいて良かったわ。」
蒼は、言った。
「じゃあ人数に入れとくね。十六夜が来るなら、オレはゲームマスターしようかなあ。」
十六夜が、慌てたように言った。
「え、オレ人狼ゲーム無理だぞ!全部顔に出るから!」
維月が、それを聞いて笑った。
「確かにね。十六夜には無理だわ。フフフ。想像したら笑えちゃう。」
笑う維月に、蒼は人の頃が懐かしかった。
…有、転生するとか言ってたのになあ。
蒼は、黄泉であった最後の、姉の有の姿を思い出して、少し寂しくなっていたのだった。




