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異変が

日も傾いて来ている頃、和やかに話していると、ふと焔がむっくりと起き上がった。

あれから、かれこれ数時間は寝ていたのではないだろうか。

漸は、吐いてからもう酒は無理だと飲んでいなかったので、素面でむっつりと焔を見た。

「…何ぞ。やっと起きたか。」

焔は、回りを見た。

「…何だ、炎嘉、維心、来たのか。」

「数時間前にの。」炎嘉は、呆れて言った。「飲み過ぎなのだ、焔。昨夜寝ておらぬと?それはよう寝れるであろうな、こんな土の上でも。」

焔は、ボリボリと頭を掻いた。

「誠によう寝たわ。スッキリしたし、またいくらでも飲めそうぞ。」

漸が、思わず口を押さえる。

どうやら、思い出してまた込み上げて来たようだった。

「無理ぞ。やめておけ焔。来年の正月は、蒼がこちらへ招いてくれるそうだし。酒はそこそこにせぬか。」

志心が言う。

焔は、パッと明るい顔をした。

「誠か!あれからあまりこちらに来れぬし、退屈で仕方がなかったゆえなあ。ならばそれを楽しみに、また励むか。」

炎嘉が、頷いた。

「そうそう、体を壊してはまた、そんな集まりもできぬからの。」

そんなことを話していると、ふと、蒼が顔を上げた。

そして、みるみる表情を固くすると、空をじっと見上げた。

隣りの箔炎が、言った。

「…どうした?何かあるか。」

蒼は、顔色を青くして言った。

「…大変だ!」と、立ち上がった。「デロイスとダヴィートが!」

「え?」

皆がわけが分からず蒼を見上げている。

蒼は、言った。

「いきなり維月が月から元不干渉地域に飛び降りてって、十六夜がその後を追ってったんです!なんか、二人が闇に食われるとか何とか…詳しい事がわからない!」

「ええ?!」

闇だって?!

闇の王は、ルシウスなのではないか。

なのに闇が闇に食われるとはどういうことだ。

そこへ、碧黎がパッと現れた。

「蒼、主も行け!一度月に戻っておれ、力を下ろさねばならぬやも知れぬ!十六夜が地下へ降りるゆえ、主は地上を!」

蒼は、わけが分からなかったが、頷いた。

「はい!」

そして、光に戻ると月へと打ち上がって行った。

維心が、残ってそれを見送る碧黎に言った。

「どういうことぞ?!何があったのだ。」

碧黎は、維心を見た。

「…まずいことになりそうぞ。だが主らにできることはない。最悪維月もまずいが、十六夜とルシウスが死ぬ気で守るゆえ大丈夫だろうと思いたい。我も地下から突き上げる。とにかく主らはここに居れ。」

そうして、地中へと光になって戻って行った。

残された王達は、どうすることもできずに、ただ呆然とそれを見送るしかなかった。


ハッと我に返った、渡が言った。

「…待て。」と、皆を見た。「月の眷族が皆、あっちへ行っておるという事よな?!それほど重大事なのではないのか!」

炎嘉が、言った。

「重大事ぞ。碧黎が出て来ておるぐらいであるからの。だが、何もできぬ。」炎嘉は、息をついた。「碧黎が言うておった通りに。あれらに任せるよりない。我らが、そもそんな遠くまであれらのように一瞬で行けるはずもないし、行ったところで足手まといぞ。」

維心も黙り込みながら空を見上げる。

蒼の気配だけが残る空では、恐らく地上がよく見えているはずだった。

志心が、言った。

「だが、状況だけでも教えてくれたら良いのに。その余裕もないか。」

箔炎が、言った。

「我らに教えたところでなのだろう。余裕ができたら蒼が教えてくれるだろうぞ。今は、我らはおとなしくそれを待っているしかない。」

どちらにしろ、島は問題ないのだろう。

自分達に、宮へ帰れと碧黎は言わなかったからだ。

元不干渉地域でのことなので、あちらが大変だがこちらには波及しようがないのだろう。

それにしても、月が地球規模で細かく見るようになったので、自分達は平和だが、月は大変なのだと、改めて思った。


維月は、必死にデロイスとダヴィートの居るはずの場所へと降りて行った。

十六夜が、遥か後ろを追って来ているのを感じるが、それどころではない。

あの二人が、急な事に抵抗することもできずに、籠る事を選択したのは、感じ取れたのだ。

何とかしなければ、あの二人は玉になったまま、永久に元に戻ることもできず、眠り続ける事になってしまうのだ。

維月が降りて行くと、暗闇の中だがその真っ黒の中に、更に濃い場所があるのが、維月には見えた。

真っ赤になった陰の月の目でそれを目を凝らしてみていると、回りの全てから声がした。

《…おおおお…陰の月。陰の月の気がする…!!陰の月か…?》

維月は、その声に怖気が走った。

いくら闇寄りの性質でも、生理的に合わないものというのがあるのだ。

「…我に挨拶もなく話しかけて参るなど、何と無礼な!我の闇達を返さぬか。」

周囲の声は、言った。

《これはあなた様の飼い闇でありましたか。ほうほう》まるで、こちらを馬鹿にするような言い方だ。《あなた様は多くの闇を飼っておるのですな。あの大きな闇も然り。》

維月は答えた。

「お前に我の収集物に対して文句を言う権利などないわ。美しい陽の型を好むゆえぞ。醜いお前に分かるものか。」

その声は、言った。

《そのように強気に出ておられるのも今の内ぞ。ここには、あの大きな闇も来ることはできぬ。我がどれほどの犠牲を払ってこの空間を作ったものか。多くの霧をこれに費やした。主がここへ入った今、殻を作った。もう、ここは我の中も同然ぞ。あれは我を消そうと思うたら主と玉になった闇二体を、諸共消さねばならぬ。我を叩き割る必要があるからの。主はまんまと、我の術に嵌まったのだ。》

罠だったのか。

維月は、思った。

よく考えたら、ルシウスはいつも、共に行かねばと言って傍に居た。

だが、今回は二人が必死に自分を守って玉になったのを気取ったので、何とかしなければと必死になってしまったのだ。

「…我の片割れに対してもそうだと?」

それには、闇は少し、嫌そうな気を発した。

《…陽の月か。もちろんあれには我を消せるが、闇二体も諸共ぞ。手だてなどないわ。》と、身を震わせた。《…こんな地下に…!!鬱陶しい!》

維月が、ハッとして上を見ると、遥か上から光が少し、見えた。

恐らくあれは、十六夜だ。

この闇は殻と言っていたので、多くの霧を使って、これを構築するだけの力を作ったのだと思われた。

本来なら、これを破るのはかなり難しいのだが、十六夜の光は、闇関係だけはつき抜ける。

だからこそ、その光が見えているのだと思われた。

「十六夜!」維月は叫んだ。「十六夜、私はここ!闇の殻の中に籠められたの!デロイスとダヴィートもここに居るの!」

すると、その光がスッと維月の方を向いた。

闇が、慌てたように言った。

《黙れ!あれを中に誘導するな!》

維月は、何かの力に弾き飛ばされて、脇へと転がった。

二十年前に、ここに住んでいた闇達が、床を整えていたそのままだったので、角に当たって怪我をすることはなかったが、しこたま腰を打ち付けて、維月は顔をしかめた。

「いたっ…!」

ついた手に、何かが触れる。

ハッとして見ると、二個のそこそこ大きな玉が、そこに転がっていた。

「デロイス?」維月は、それを拾った。「ダヴィート!」

維月は、急いでその二つを自分の懐に入れた。

どうしても、これだけは守らなければならない。

十六夜が光を下ろしたら、守れるのは自分しか居ないのだ。

《維月!》

維月は、二人を抱きしめて囲い込んで叫んだ。

「十六夜!十六夜、私はここよ!ここへ来て!光を下ろして!」

十六夜の声が答えた。

《だがお前、デロイス達は!》

「私が守るから!」維月は叫び返した。「この子達は私が!」

すると、十六夜の光が見える辺りもだが、回り全体が何やら、ミシミシという音を立ててきしんでいるのが分かった。

《ぐうううう…!!》

闇が、呻いている。

どうやら、ルシウスが殻を割ってしまおうと回りに圧力をかけているようだった。

「ルシウス…!!」

維月が言う。

恐らく、消滅させたいが、自分達が殻の中に一緒に籠められているので、それができないのだ。

…十六夜の光の所へ行こう。

維月は、浮き上がった。

そして、グングンと上がって行くと、突然にその維月を、何かの力が横から掴んだ。

《お前だけは逃さぬ…!!》

「…我がお前に共感せねば、取り込むことなどできぬわ!愚か者!」

維月は叫ぶ。

だが、ルシウスの声が言った。

《維月!籠れ!これに入られるぞ!!》

維月は、ハッとした。

途端に、目の前が真っ暗になって行くのが分かった。

…十六夜!

維月は、最後の瞬間に十六夜の力を呼んだ。

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