その頃
維月は、元不干渉地域を睨んでいた。
何度降りても、あの辺りの霧は全く正体を現さない感じだ。
そう、どうしても意思を感じるのだが、その意思がどこから来ているのかわからない。
霧達は、質の良い霧に混じって、何やら意思を持つ霧がありそうなのに見えない、そんな感じだった。
何しろ霧なので細かいし、一つ一つ確認する事もできないのだ。
維月は、ため息をついた。
《…困ったわ。ほんとにわからないの。降りて見てもわからない。ルシウスとうろうろして回るんだけど、私にもルシウスにも全くわからない感じ。こんなの初めてよ。》
十六夜は、答えた。
《もう根こそぎ消すかって一回やって見たけどよぉ、地下にもあるし。オレの力は地下まで届かないからな。ルシウスもやってるけど、霧ってのはすり抜けてくから一粒残らずってのは物理的に無理だ。》
維月は、むっつり言った。
《霧に物理もなにもないでしょ。不気味過ぎて、目が離せないから困ってしまうわ。》
そこに、ルシウスの声が割り込んだ。
《…気になったのだが。》
維月は、そちらに意識を向けた。
《え、なに?》
ルシウスは続けた。
《碧黎は、必要だからそこに生まれたと言うておったな。我ら七人が。》
十六夜が頷く。
《言ってたな。それがどうした。》
ルシウスは答えた。
《そも、我らは七人ではない。生まれたのは、全部で九体。》
え、と二人は口を押さえた。
《…どういうことでぇ。他に居るのか?》
ルシウスは、言った。
《今は居らぬ。最後に生まれた八の闇と九の闇は、粗野で愚かで性質が悪く、他の闇に迷惑ばかり掛けておった。八の闇はエンシオが育てていた質の良い霧で作った人形を消した事で罰して消し、九の闇は我の言い付けを聞かずにディオンの天使から島の天使に人形に乗り移らせようとして失敗し、主に消された。気配が伝わって居場所が知れるゆえ消した。あの時、見付かったら戻れと命じておったのだ。》
あの時の闇か。
十六夜は、維心と共に消したそれのことを思い出した。
維月は、言った。
《…つまり、そんな闇達でも必要だったのだとあなたは言うの?》
ルシウスは、答えた。
《分からぬ。だが、生まれていたのは事実ぞ。いくら教えても、全く改善する様子もなかったし、デロイスも教育に困っていた。我もあまりにも目に余るので、何度も叱責して弾き飛ばしたりしておったが無理だった。ゆえ、最後には消したのだ。他の闇達とは、似ても似つかぬ性質であってな。》
ということは、まだ二体居たのだ。
十六夜は、考え込む顔になった。
《…てぇことは、もしかしたらそれか?それが原因でこんなことになってるのか?それが産み出されようとしてて。》
維月は言った。
《わからないわ。そもそも、闇が生まれる様子でもないのよ。闇になったらルシウスがどうにでもできるのに、ならないから。でも、あの少ないのに濃い感じは何?あれだけの濃さがあったら、とっくに集まって闇になるでしょう。なのに、集まる様子はないのよ。》
ルシウスが、言った。
《…まるで、わざと集まらぬようにしておるように?》
維月は、ハッとした。
確かにそうだ。
もしかして…。
《…もしかして、闇…?》十六夜が、維月を見る。維月は続けた。《闇になってるけど、気取られないように霧のふりをしてるんじゃ…?霧の状態でも、力は蓄えられるわ。だって、それが本来の姿なんだもの。霧になってあちこちに分散していたら、あなたに消されてもまだ残る。霧の状態だと地下の隅に逃れていても気取られないし、ルシウスだって逃すことがある。仮に粗方消されたとしても、残るのよ!そしてまた力を蓄えたら済むことだから!》
そうかも知れない。
三人は、悟った。
恐らくあそこに闇が居る。
だが、気取られないように霧の状態で、虎視眈々と機会を窺っているのだろう。
《…なんてこった、じゃあ気をつけないとやばい!》十六夜は言った。《ダヴィートとデロイスだ!あいつら知らずに近付いて、それが一気に取り込みに掛かったら取り込まれるぞ!》
維月は、地上に向かって必死に言った。
《デロイス!ダヴィート聴こえる?!闇が居るわ、そこら辺に分散して力を蓄えようと狙ってる!気を付けて!》
その頃、デロイスとダヴィートは、元不干渉地域の辺りを見回っては霧を消したり忙しくしていた。
ここらの霧は、濃いのに少ない。
まるで、他の霧を別の濃い霧が飲み込んでいるようだった。
意思はないはずなのに、力を放つと霧は逃げるような動きをする。
だからといって、闇になるような様子もなかった。
集まって闇になろうとしてもおかしくないのに、集まる様子は全くなかった。
ため息をついていると、ダヴィートが言った。
「この辺りは十六夜に任せて、我らは地下に行くか、デロイス?外はきりがないし。月に一気に消してもらう方が早い。」
デロイスは頷いた。
「そうだの。地上はやはり十六夜に任せた方が良いわ。」
二人は頷き合って、勝手知ったる元不干渉地域の地下へと潜って行った。
そこは、何も変わらなかった。
今では考えられないが、こんな岩しかない場所で、皆で数千年も生きていたのだ。
あの頃は人型ではなかったし、こんな所でも何も不自由は感じなかった。
ほんの数十年前の事なのに、何やら懐かしい気さえした。
かつての棲み処へ降りて行くと、そこには何やら濃い霧が充満していた。
やはり、自分達が潜んで居た場所なので、闇の気配が強く残っていて、そのせいだろうと思われた。
「この辺りが一番強いか。」デロイスは、手を上げた。「ここを掃除したら、いくらかマシになりそうよ。」
ダヴィートも頷いて、同じように手を上げた時、急に回りの霧が蠢いた。
「…?!」
二人は、構えた。
この気配…。
「…闇か?!」デロイスは、声を上げようとした。「ルシ…、」
その時、二人は何かにがっつりと抱え込まれる感覚がした。
周囲の霧全体が、一斉に覆い被さって来た感じだ。
…まずい…意思を持っておる…!!
それとも、闇なのか。
デロイスが思いながらも気が遠くなって来ていると、そこに維月の声が響いた。
《デロイス!ダヴィート聴こえる?!闇が居るわ、そこら辺に分散して力を蓄えようと狙ってる!気を付けて!》
…やはり闇か…!!
取り込まれてはならぬ。
デロイスは、必死に己を守ろうと力を放った。
ダヴィートも、目の前で本性に戻って真ん丸の黒い塊になり、殻に籠ろうとしている。
殻の中に籠るのは、相手の一部にされないための手段だが、そうすると誰かに起こしてもらわなければ、その殻から出て来ることは叶わなかった。
しかしデロイスは、それしかないかと最後に必死に念を放った。
《闇が居る…!我らは籠る!》
そこで、デロイスは何も分からなくなった。
維月にもルシウスにも、その声は届いた。
だが、十六夜には聴こえなかった。
《…ああ!》維月は、月から出た。《デロイスとダヴィートが…!》
維月は、地上へ向かって急降下して行く。
十六夜が、叫んだ。
《維月!?》と、ルシウスに言った。《ルシウス!維月が!》
《分かっておる!》ルシウスの声が慌てたように答えた。《二人が闇に食われようとしておるのだ!》
《ええ?!》
十六夜も、慌てて維月の後を追った。
だが、維月はもう地上に到達して地下へと潜り込んで行くところだった。
…くそ…!もっと早く気付いてたら…!!
十六夜は後悔しながら、必死に地上を目指した。




