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反動

平穏な毎日に、皆がすっかり呆け切って、焔などは毎日暇だ暇だと言い出すほどの世の中になって喜ばしい限りだったが、ルシウスは十六夜と、困っていることがあった。

霧が、おかしな動きをするようになっている。

しかも、意思を持つ霧が多く存在し始めるようになり、ルシウスが気取って解体しても、またさっさと別の場所で形を成して来る始末に陥っていた。

十六夜が居るので浄化してとりあえずは今は、追いついていたが、これが追い付かなくなって来たらと思うと、安穏とはしていられなかった。

ルシウスが、言った。

《地の意見を聞きたい。》ルシウスは十六夜を見上げて言った。《碧黎はどうしておる?》

十六夜が答えた。

《ちょっと待て、聞いてみる。言えることなら言うだろうけど、言えなかったら答えねぇだろうがな。》と、十六夜は続けた。《親父。ちょっと聞きてぇことがある。》

すると、碧黎の声が割り込んだ。

《見ておった。分かっておる、我も調べておったのだ。思うに、これは歪みぞ。》

ルシウスは、言った。

《歪み?》

碧黎の声は続けた。

《そう、歪み。何事もなるべくして自然に起こっておることであるから、それを無理やりに消したり解体したりしようとしたら、あちこち歪みが生じてあり得ない動きをする。闇が生じるための意思のある霧が生まれた時点で、無理に解体しておることが積み重なって、霧が何やら変な気を発しておるように感じるのだ。これが、この二十年問題なかったが、どうも霧の質に影響を与え始めているようぞ。性質が良い霧が多くなっておったが、ルシウスの目が離れたらすぐに意思を持ち始めたり、面倒な事が起こるようになっておっただろう?》

ルシウスは、頷いたようだった。

《その通りよ。あちこち同時に見張っておらねばならぬし、面倒だなと思うておった。十六夜が、見ておってさっさと消してくれるので、それで何とかしのげておると思うておったが、やはりマズいのか。》

碧黎の声は、答えた。

《…マズいの。今までは何とかなった。だが、これからはもっと間近でしっかり見ておかねばならぬ。闇が一所に留まって、そこから世界を見るのは難しい。主は、この地に点々と拠点を持って存在せねばならぬのだ。》

十六夜は、言った。

《そんなジプシーみたいなこと。ヨーロッパに居る時にアメリカでなんかあったらすぐに対応できねぇし、逆も然りだ。ルシウスがあちこちしたからってどうにかなるわけじゃねぇだろう。オレみたいに、上から見てたらいいんだが。》

碧黎は、息をついた。

《…それよ。》

十六夜は、え、と驚いた声を出した。

《え、ルシウスを月にでも上げるのか。》

碧黎は呆れたように言った。

《違う。我も考えた。なぜにあちこちこんなことになるのかと。だが、よう考えたら闇ぞ。主は始祖だが、他に何人居るのだ。》

ルシウスは、答えた。

《六人。》と答えてから、ハッとした。《え、まさかあれらに?》

碧黎は、頷く。

《その通りよ。全ては偶然ではなく必然でそこにある。主らが育てて来た闇達は、全員必要であるから生まれ出て来たのだ。主一人では、こうなって来るからなのだ。》

ルシウスは、戸惑った。

《だが…あれらはまだ子供であって、力の使い方も我ほどには。》

碧黎は、案じているのだなと苦笑したが、言った。

《ならば、今から教えるのだ。すぐに。そうでなければ、あれらは生まれた意味がない。あれらは主と同じように、別に居を構えてそこで地上の霧を治める任を負っておる。困った時は、主に指示を仰ぐし、主も手助けできる。抑えきれぬようになって、勝手にあれこれ霧が動き出したら、十六夜でも全世界では難しくなるゆえ。そうならぬために、今のうちに手を打っておかねば。そも、それらは今何をやっておるのだ。何か責務を持って生きておるか?》

言われて、ルシウスは困った。

確かに、あれらは毎日サイラスの城へ出掛けて行って、神との生活を楽しんでいるだけだ。

だが、やっと神に慣れて来たばかりのあれらを、いきなり一人で放り出すなどあまりにも哀れな気がする。

《…一人きりであちこち配置するのは、今少し慣れてから。最初は、あれらを三つに分けて二人ずつを配置し、慣れて参ったら分けて行く、という形でどうか。何しろまだ子供で、デロイスぐらいしか今、単身で何とかできる命が居ない。》

碧黎は、頷いたようだった。

《それで良い。始めは無理のないように。とにかくは、主らがつらいのは分かっておるから。だが、どんな命も遊んでおるだけではならぬのよ。責務を負って生まれておる。今、それを成す時なのだ。》

十六夜の声が、言った。

《…だな。あいつらは、お前に任せて遊べたんだから良かったんだと思おう。オレもお前も、生まれてから誰にも教わらずにボーっとして、それなのに責務だけはなんかやってたじゃねぇか。丁寧に育ててもらえただけでもラッキーだ。》

ルシウスの声は、呆れたように言った。

《我はデロイスが居ったゆえ。主ほど悪くはなかったぞ。》

碧黎が割り込んだ。

《何を言うておるのだ。今生、維月と二人大切に育てたわ。前世だろうが、それは。》

碧黎にしたら、十六夜を放置して自分と同じで育つだろうと、放って置いた期間は後悔しているらしかった。

だからこそ、今生新たに生まれた自分達の事は、それは可愛がって神のように育ててくれた。

十六夜は、苦笑した。

《そうだな。まあ、今生は感謝してるさ。じゃ、ルシウス、みんなに話して特訓開始だな。維月にも話しておくか?》

ルシウスは、答えた。

《頼む。我は、こちらであれらに事情を話しておくゆえ。》

そうして、ルシウスとのリンクは切れた。

十六夜は、月の宮に居る維月の下へと、降りて行ったのだった。


維月は、部屋でせっせと縫物をしていた。

十六夜が入って行くと、目を擦ってこちらを見て、微笑んだ。

「あ、十六夜。お仕事終わった?」

十六夜は頷いて、言った。

「なんだ、またいっぱい縫ってるなあ。闇達か?」

維月は、笑って頷いた。

「ええ。そろそろ衣替えの季節だものね。あの子達は、サイラス様のお城に行くのに、着物が良いって言うんだもの。ルシウスも、できたら着物が良いって言うから。全部私が縫ってあげてるのよ?蒼が布をくれるからね。」

十六夜は、頷いた。

「もう秋だもんなあ。」と、維月の前に座った。「あのさ、話しとかなきゃならねぇことができてよ。」

維月は、手を止めて十六夜を見た。

「なあに?何かあったの?」

十六夜は、首を振った。

「いや、あったっていうか、ずっと何だがな。ここんとこ、霧の制御はずっとルシウスがやってて、オレが消してって繰り返してたんだが、最近の霧はなんか、おかしな動きをするんでぇ。ルシウスが解体しても、すぐにまた意思を持ったり。オレがそれを結局消して、何とかしてたがあんまり続くから、どういうことか親父に聞いた。」

維月は、じっと十六夜を見た。

「お父様は、なんと?」

十六夜は、答えた。

「歪みだってさ。ほんとなら発生してたはずの意思を持つ霧を、不自然に消すことを繰り返してるから、その歪みがそうやって出て来てるらしい。だが、ルシウスはサイラスの領地に居るし、北の端だ。あいつ一人で全部は無理。」

維月は、顔をしかめた。

「でも、仕方ないじゃないの。」と、口を押えた。「まさか…あの子達を地上に振り分けるとか?」

十六夜は、頷いた。

「そうなんだよ。親父はそう言うんだ。無駄な命なんか一個もないし、意味があるから闇は七人居る。今は、ルシウスだけが機能してる状態だが、本来あいつらはルシウスの補佐役なんでぇ。」

維月は、手元の着物を見た。

これを、楽しみにしていたまだ子供の闇達の顔が脳裏に浮かぶ。

「…いきなり一人きりは無理よ。あの子達はまだ、ルシウスほど力を使えないわ。たった一人でなんて…私は反対よ。」

十六夜は、言った。

「ルシウスも言ってたよ。だが、必要なのは分かってる。何しろ、そのうち手に負えなくなるのはオレにもルシウスにも、何となく分かって来てるんだ。不気味な感じでな。だったら、今のうちに手を打っておかないと、大変な事になる。だから、最初は二人ずつ振り分けて行って機能させて、慣れて来たら一人ずつって感じにしたいと言っていた。親父は、そのために七人居るんだって言ってたぞ。」

維月は、ため息をついた。

確かに、何の役にも立たない命などないと碧黎はずっと言っていたし、役に立たないなら黄泉へ行く。

もう一度、別のもう少し軽い責務でそれなりの場所に生まれて、そこからやり直すためだ。

闇達には、学びを進めてもらいたかった。

「…分かったわ。」維月は、言った。「ルシウスに任せるけど、あの子達がつらくないように。私が何かできることがあったら言って欲しいわ。傍の神達に面倒を掛ける事になるなら、それらとの交渉は私がやるわ。あの子達をきちんと大切に扱って欲しいから。」

十六夜は、頷いた。

「神達のお前も見る目を見たから分かるよ。お前が頼んだ方が効果的だわな。」

維月は、新たな地へと送り出される闇達のために、また母親の気持ちで一生懸命着物を縫ったのだった。

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