霧の異常
十六夜は、それを維心にも報告した。
維心は、居間で座ってそれを聞いたが、眉を寄せた。
「…おかしな気とな。碧黎がそのように申すのなら、急いだ方が良いのではないのか。主にも闇にもどうにもならなくなったら、我らは手だてを失う。」
十六夜は、答えた。
《その通りだ。とりあえず、島には陰の月が居るから問題ないが、他の大陸に振り分けることになった。ルシウスと話し合って、まずは二人ずつ3ヵ所に振り分ける。匡儀の所と、ディオンの所、それからユージーンの所だ。そこから、また慣れて来たら手薄な所に分けて行こうってことになったんでぇ。それぞれの神には、先にオレが話をしてから、ルシウスから正式に書状が送られたところ。どこも、それで世界の霧が安定するならと、あいつらの居場所を整えてくれるみてぇだ。霧達も、ルシウスは心配していたが、役に立ちたいとむしろ喜んでいるらしい。あれこれ今、突貫で力の使い方のおさらいをしてる。》
維心は、ため息をついた。
「やっと落ち着いたと思うておったのに。やはり七人居るということは、意味があったのだの。間に合えば良いが…その霧は、そんなに面倒なのか?」
十六夜は、頷いた。
《そうなんだよ。一応ルシウスの言うことは聞くんだが、その時だけって言うか。これまでみたいに、一度命じたら無心に守る感じじゃねぇ。そういうのは、オレが気取って消すが、またすぐに生まれるからよ。油断がならねぇ感じだな。》
維心は、考え込む顔をした。
「…次の会合で、皆にも一応報告しておこうぞ。我らにはどうしようもないがな。」
十六夜の声は答えた。
《こっちで何とかするよ。オレ達の仕事だからな。じゃ、すまねぇがオレは忙しいからよ。それだけ言いたかったから。またな。》
言いたいことだけ言って、すぐにそっぽを向くのはいつものことだ。
維心は呆れながらも、とりあえず先に炎嘉に話しておこう、と思っていたのだった。
闇達は、真面目に励んでそれぞれの場所へと順に旅立って行った。
とはいえ、ルシウスには全部見ようと思えば見えるので、そこまで案じてはいない。
どこの神殿でも、二十年前にはあれだけ闇を疎んじていたのに、今は神殿を上げての歓迎ぶりで、案じるほどでもなかったのだ。
それと言うのも、維月が事前にそれは美しく装い、闇達の紹介をかねて各神殿を訪問していたからだ。
陰の月の気をこれでもかと纏い、その姿には神だけでなく天使達も一瞬で魅力された。
その維月が、闇は我が子のようなものであり、あれらを送り出すのは案じて仕方がないので、どうかよろしくお世話をして欲しいと涙ながらにしおらしく頼んだので、皆が心を打たれて一気に歓迎ムードになったらしい。
それまでは、闇を側近くにと眉を潜める天使も居たようだったので、やはり陰の月の力は絶大だった。
その気になれば、何でも思う通りに動かせるのだ。
そして、旅立つ闇達と共にわざわざ神殿まで出掛けて行って、この子達がどんなに良い子なのか、自分がどれ程これらを大切に思っているのか切々と語って来たのだと言う。
その後の宴にも出て、それは愛想良く皆に媚びて来たので、維月の心象を悪くしないためにも、皆は闇達に親切に振る舞っていた。
それを、順に各神殿ずつに行なったので、闇達は一気に旅立つのではなく、順に出て行くことになったのだ。
結局、デロイスとダヴィートはディオンの神殿近く、エンシオとマキシミリアンは匡儀の宮近く、アダルベルトとカルロはユージーンの地上の神殿近くにと、振り分けられていた。
これは、面倒な霧の発生地点が前の不干渉地域辺りに多いため、デロイスをそちらにした方が良いということと、ユージーンの方はまだ、北の辺りはルシウスにも近いので、監視ができるということで、少し未熟でも大丈夫だろうと年若い子らを振り分け、残った所を少しできるエンシオに行かせることになったからだった。
とりあえず、定期的に維月が月から声を掛ける事で闇達のフォローを続けて、神や天使達の闇に対する心象を維持しながら、進めることになった。
《カルロ。アダルベルト。そちらはどう?》
二人は、空を見上げた。
「維月様?我は元気であります!」
嬉しそうな声で、カルロは答えた。
アダルベルトも言った。
「我も!我も元気です。そちらはどうですか?皆がどうしておるのか案じておって。でも、最近ルシウスに教えてもらった霧から見る方法が、より遠くまで見えるようになって参りました。ユージーン殿が、いろいろコツを教えてくださったんです。」
ルシウスとデロイス以外の闇達は、まだどうしても維月に敬語になってしまう。
維月は、もう咎めるのも可哀そうなので、そこには触れずに言った。
《まあ。良い子ね、いろいろ励んでおるのね。面倒な霧は大丈夫?》
カルロが答えた。
「はい、今のところは。我らでも対応可能なほどしかありませぬし、問題ありませぬ。ルシウスも、いつも見ておってくれるのが分かるから。とても心強いのです。」
維月は、案じていた事を聞いた。
《ユージーン様はとても良い神であられるから、案じておりませぬけれど、天使たちはどう?何か、あなた方に嫌な事を言う者など居ませぬか。》
アダルベルトが答えた。
「いいえ。皆、とても親切にしてくれて、いつも気にかけてくれております。なので、我らも霧からあれらを助けてやるようにしています。」
指一本で霧を憑けないようにできるものね。
維月は、満足して言った。
《良かったこと。ならば、何かあったらいつでも月に向かって申すのよ。すぐに降りて参りますから。》
二人は、頷いた。
「はい、維月様。こちらでは、維月様の事を皆が月の女神と申しておって、崇めております。我らも誇らしい。」
維月は、苦笑した。
陰の月の気に晒されたせいなんだけどね。
《そう。でも、私が愛しておるのはあなた達ですから。では、またね。》
「はい、また。」
二人が嬉しそうにキャッキャとはしゃいでいるのを見ながら、次はデロイスとダヴィートが居る、ディオンの神殿近くに作られた、地下の城へと視線をやった。
《デロイス?ダヴィート?どうしておるの?》
デロイスの声が答えた。
《維月か。すまぬ、今少し面倒な事になっておって。》
維月は、え、と目を凝らした。
《どこに居るの?大丈夫?ルシウスに申しますか。》
デロイスは、答えた。
《我は地下に。ダヴィートが一人で対応しきれぬ面倒な霧が発生しておってな。我が参って何とかしのいでおるが、確かに手強いので、ルシウスにはさっき申して力を放ってもらった。だが、誠にこちらは、その昔より霧が少ないのに性質が悪くなっておるように見える。この少ないのに濃い厄介な霧の、出所がどうにも掴めぬのだ。》
維月は、眉を寄せた。
《…困ったわね。確かにその辺りの人は、信心深い人が多くなっておるはずなのに。何が悪いのかしら。》
デロイスは、ため息をついた。
《それは我にも分からぬのだ。ルシウスも、調べてみると言うてくれておるし、そのうちに報告しようぞ。今はこれまで。すまぬな、やたらとあちこちいきなりに霧が発生しておって。》
維月は、頷いた。
《邪魔をしてごめんなさいね。》
維月は、デロイスとの会話をやめた。
これ以上、邪魔をしてしまってはと思ったからだ。
こうして見ていると、やはりいつもデロイスの居る辺りの、元は不干渉地域の場所が面倒な事になっている。
維月は、北を見た。
《ルシウス。デロイスだけで大丈夫かしら。ダヴィートは力が少ないし。》
ルシウスが答えた。
《我の次に力があって技術に勝るのはデロイスであるから、あれに無理ならダヴィートは無理なのは分かっておるので、他より今は、我はあちらを見ておるゆえ問題ない。他は安穏としておるようなのに、あの場所だけが少し、面倒なのだ。十六夜と我が手を焼いておるのもそこぞ。》
維月は、じっと地上を見つめた。
確かに、霧の発生は少ないのに、やたらと面倒そうな霧が発生していて、しかもあまり見ないタイプの霧だ。
狡猾にも感じる…意思を持つと消されることを知っているかのように、そう気取られないようにしているようにも見えて来る。
それが、何を意味するのかも分からなかった。
《…見て来るわ。》
維月が言うと、ルシウスは慌てて言った。
《ならば我も行く。我に合わせよ。共に地上に実体化を。》
そうして、二人は力を合わせて不干渉地域へと降りて行ったのだった。




