表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

閑話 竜人の女騎士ヘレナ・ブレナン 前編

申し訳ないですが

思ってたより文字数が増えて一万を越えそうなので前編、後編にわけました


後編はいつもの夜中の午前2:00ごろに投稿する予定

 緑が生い繁る森の中。樹木の間に身を隠したまま、葉々の隙間から前方の河原を眺める。

 そこにいるのは薄汚れた衣服を身に纏う十人ほどのヒューマン族。髭面の凶暴そうな顔付きの男たちだ。車座に座りおもいおもいに飯を掻き込んでいる姿が目に入った。

 木漏れ日に目をしかめつつ空をと見上げれば、ちょうど太陽が中天に差し掛かる所だ。


 昼飯の時間ね。見張りを立てるでもなく、周囲に警戒するわけでもなく完全に油断しているわね。辺境伯家を舐めきった様子が頭にくるけど、でも今はかえって好都合。


 声を出さず周囲に目を向けると、茂みに身を伏せる武装した獣人部隊の精鋭たち二十人の姿がちらほら見える。

 頼もしい私の部下たち。そばにいる副官のグラハムは、緊張のためか頭部から生える尖った耳をピクピクと動かしている。狼人族の出身らしく獰猛(どうもう)な笑みを浮かべ、まだかまだかと催促するかのようにこちらを(うかが)っていた。

 その姿に私は苦笑を浮かべ、力強く頷き返す。すると、すぐさまグラハムが笑みを浮かべたまま右手をあげて合図を出す。と、かさりと葉擦れの音を鳴らして潜んでいた茂みから部下の兵士たちが一斉に立ち上がる。と同時に、構えていたクロスボウから矢が放たれた。


殲滅(せんめつ)せよ!」

 

 斉射の結果を見るまでもなく、私は号令と共に駆け出した。

 

「ヘレナ様に続けー!」


 後ろからグラハムや部下たちの怒号も聞こえてくる。

 私にとっては、この瞬間が一番心地良い。

 別に、私は騎士団などでたまに見かける、頭まで筋肉が詰まってるかのような戦闘馬鹿というわけではない……と思う。

 今おこなっている盗賊の討伐など、私たち辺境伯家の突撃遊撃隊にとっては容易(たやす)いことだと思われるが、そこは訓練とは違う実戦での斬り合いだ。何があるかわからないので、そこは必ず安心安全とはいかないだろう。はずみで怪我や場合によっては命を落とすこともあるかもしれない。そんな実戦の中で感じる、私は生きてるという実感がたまらないのだ。


「古き炎の大精霊よ! 我に強靭な肉体を宿せ!」

「古き疾風の大精霊よ! 我に迅雷の如き速度を宿せ!」


 私は北方山脈の竜人の里から流れてきた女戦士。竜人特有の火と風の二属性持ちであり、戦いの高揚から自然と火と風の属性を解放する。

 攻撃力の強化と速度強化によって距離を詰めると、背負った大剣を一気に抜き放ち、賊の男の横を駆け抜け様に首をはねる。

 賊の男の頭が驚いたように目を見開いたまま転がり落ち、そのあとに男の体に何本かの矢がトトトと突き刺さる。


 矢柄を追い抜くとは……私も久しぶりの実戦に、少し気負いすぎて速度を上げ過ぎたようね。


 賊たちは、矢の斉射と私が突っ込んだことで大混乱だ。

 そのまま振り返りざまに、横にいた男に向けて大剣を横なぎに振り抜こうとするが……。


 ん? 賊にしては意外と素早い?


 横にいた男は素早く立ち上がると、信じられないことに速度強化している私の動きに合わせて、剣を抜いて防御する動きを見せたのだ。


 まさか無詠唱でブーストして速度を上げた?


 驚きの色を隠せなかったが……。


 でも無駄! 竜人戦士を見くびらないでね!


「ぬおおぉぉ!」


 私の持つ大剣は代々受け継がれた魔剣。気合いと共に魔力を注ぐとほのかに赤く輝く。

 大剣と剣がぶつかり互いの動きが止まったのは一瞬。そのあとには、瞬く間に剣を断ち切り相手の首をも飛ばす。

 ドッと倒れる男の体をちらりと眺めると、明らかに鍛え抜かれた体。


 こいつら……ただの賊じゃない!


 その頃には部下たちも私に続いて切り込み乱戦が始まる。


「気をつけろ! 賊にしては意外とやるぞ!」


 部下たちに声をかけるが、「はい!」と返事は気合い十分だが、どこか薄笑いを浮かべたような気配も漂う。副官のグラハムにいたっては笑い声さえあげてガツガツと斬り合ってる。


 この戦闘狂どもめ!


 まぁ、私もそれほど心配しているわけではないが。

 私が数年かけて鍛え上げた精鋭部隊。辺境伯家の突撃遊撃隊とは、戦時において真っ先に相手へと突撃する切り込み隊だ。しかも人数が倍以上いるのだ。負けるはずがない。

 しかし、少々油断があるようにも見える。


 帰ったら厳しい鍛錬をまた与えねばいけないようね。


 元々が、私は腕試しのため里を飛び出し流離(さすら)っていた放浪の女戦士。しかし旅の途中で竜人族特有の大病、竜因子の気が多い者ほど罹患(りかん)するといわれる赤斑(せきはん)病を(わずら)って命を落としかけた。どうにか辺境伯の領都まで辿り着いたものの、そこで力尽きたのだ。

 そこを救ってくれたのが辺境伯のオーザック卿だった。オーザック卿は「助けて恩を売っておけば、あとあと得することもあるかと思ってね」と今では笑い話のように言うが、そんなことはない。助かるかどうかもわからない状態なのに、王都から大金を払って高位の治療術士を呼び寄せ治してくれたのだ。私にとっては頭も下がる思い。

 その恩に報いるため()われるまま騎士爵を授与され突撃遊撃隊の隊長まで拝命した。その上で部隊員を鍛えている。

 今では王国内だけでなく近隣諸国にまで聞こえた精鋭部隊でもあるのだ。

 今回の任務は盗賊相手の山狩り。近隣の村々の被害も大きく命を落とした住民も多い。だから最初から捕縛でなく討滅であり、私たち突撃遊撃隊の訓練も兼ねた出動だった。


 すでに盗賊たちの周囲を取り囲み、乱戦もこちらが有利に進んでいる。

 あとは部下たちの戦いを見守るだけで良いかと思っていたのだが……そこにグラハムの鋭い声が飛び込んでくる。


「ヘレナ様! 対岸に敵の増援です!」

「なにっ!」


 グラハムの声に反応して対岸へと目を向ける。


「あれは……まさか魔法部隊か!」


 対岸にいるのは弓を構える者が二十人に、ローブを着た杖を構える者が十人。それ以外にも、守るように槍を持つ者が十人ほど周りを固めているのが見えた。


 えぇ……どう見ても賊とかのレベルじゃないわよ。


 魔法使いはどこの領地でも貴重な存在。


 それが十人もって……どっからどう見ても遠距離を主にした部隊、軍隊じゃないの!

 

 その魔法使いたちが杖の先端をこちらに向けている。


 まずい……。


 山狩りをしているのだ。ここにいるのが突撃遊撃隊の全てではない。

 

「グラハム! 呼び笛を鳴らして、すぐに近くの部隊に伝令を!」


 それだけ言い残すと、私はさらに魔力を体にめぐらす。

 

 楽な山狩りだと思ってたけど、もしかして他国の工作部隊の罠にかけられたのは私たちの方なの?

 ここでもし大きな被害が出たらオーザック辺境伯に合わせる顔がないわよ。

 こうなったら全力全開よ。


「最強種の竜人族を()めるなぁ! 武技『縮地』!」


 対岸といってもそれほど大きな水路の河ではない。この程度の距離なら越えられるはず。

 

「間に合えぇ!」


 縮地は魔力ブーストと竜気(ドラゴニックオーラ)を融合させた私の奥義のひとつ。ある程度までの距離を縮めて飛び越えることができるのだ。


 でも数瞬で河を越え魔法使いたちまでの距離を詰めたものの、すでに杖の先端部から炎弾が飛び出すところだった。


「させるかあぁ! 武技『竜気爆炎斬』』!」


 構わず魔剣を振り抜き地面に叩きつけると、どーんと爆音を鳴らして巨大な炎を周囲に撒き散らす。そして、私を中心にした大きなクレーターが出来上がっていた。

 これが私の最強奥義。

 魔法使いの放った炎弾も消滅させて、それどころか敵の遠距離部隊そのものを吹き飛ばしていた。

 後方の対岸からは部下たちの歓声が聞こえてくる。


「さすがヘレナ様!」

「ヘレナ隊長、素敵です」

「ヘレナ、愛してます!」


 最後の声は誰だ。

 帰ったら厳しい鍛錬をさらに追加してやるからな。




 敵の制圧自体は問題なくすぐに終わったけど、さすがに全力での最強奥義は疲れた。

 魔力はポーションで補給できるが、竜気(ドラゴニックオーラ)は無理。自然回復に任せるしかない。

 だから山狩りしていた部隊を少し集めちょっと休憩。

 その間に領都にも報告を送り、何組か斥候も出して周囲を探らせている。

 

「やはり他国が潜入させた部隊でしょうか」

「だろうね、魔法使い十人で、さすがに賊とかありえないよ」


 対面に座るグラハムの首を傾げながらの質問に、私が答えていると、後ろからも声がかかる。


「全員ヒューマン族のようなので、アーガイル帝国が一番怪しいですね。もし帝国であるなら、盗賊に偽装した上で情報収集を兼ねての破壊活動、威力偵察の(たぐ)いかと」


 振り返ると、別働隊を率いていた参謀のスーリンが立っていた。


「遅くなって申し訳ありません」


 と頭を下げるスーリンは、狐人族出身らしくニヒルでクールな男。スーリン率いる別働隊は、少し離れた場所で探索していたので集まるのが遅くなったようだ。


「あぁ、ここから離れてたから構わないよ。それに制圧自体もそれほど時間はかからなかったから」


 スーリン参謀が、ちらりとすぐ側にあるクレーターに目を向けた。

 

 ちょっと恥ずかしい。やり過ぎた感があるのもわかってるよ、ホントにね。

 本来だったら、参謀としては何人か捕虜を確保して、いろいろと情報も聞き出したかったのだろうけど、重症者が数人いるだけで今は尋問もままならない状態……全力奥義はやり過ぎだったね。


 私は苦笑を浮かべつつ言葉を続ける。


「アーガイル帝国かぁ……あそこはヒューマン至上主義の国だけど……」


 だから私もあちこち流離(さすら)っていた時も、アーガイルだけは避けていた。だけど、帝国は隣国でなく間にひとつ国を挟んでいる。直接こちらと絡むはずもないと思うんだけど。


「隣国でもない帝国が、ここまでの破壊活動をするかな」


 私が疑問を口にすると、スーリンが少し表情を(ゆが)めて、また答えてくれる。


「帝国は、獣人が主体となるわたしたちのアレス王国を、対外的に邪教の集団と認定し国としての主権を一切認めていません。近年、帝国内では魔法技術の進歩も(いちじる)しいとも聞きます。王国の隣国と密かに同盟を結び、王国に対して大掛かりな作戦を計画しているのかも知れませんね」

「えっ……その計画の対象が辺境伯領ってことなの」

「ま、わたしの勝手な想像なので確かなことは分かりませんが、辺境伯領が他国の不穏な陰謀に巻き込まれているのは確実だと思われます」


 スーリンが恐ろしいことを口にして、私は唖然(あぜん)となり、副官のグラハムは顔を真っ赤にしてグルグルと(うな)り、「アーガイル帝国だとぉ! 許さん!」と怒鳴り声をあげていた。


 帝国はグラハムが一番嫌ってる国だからね、無理もない。

 アーガイル帝国では獣人は全て奴隷へと落とされるらしく、私を含めアレス王国全体でも、そのことが許せなく認めてもいない。気性の激しいグラハムに至っては今にも帝国に突撃しそうな勢いだ。

 しばらくそんな話をしていると、斥候に出していた部隊から伝令が来たようだった。



「失礼します」


 やってきた伝令兵は少し青い顔していた。


 ん? どうしたの。


 少し疑問に思ったが、まずは情報が先かと伝令兵を促す。

 

「では報告をお願いします」

「はい、敵の痕跡を見つけ辿ることに成功し、敵の拠点と思われる場所を発見しました」

「おぉ、それは良かった。で、その場所の位置は?」

「……それが……その〜……敵の規模はまだ掴めていませんが…………場所については……その〜……」


 伝令兵の口調が急にしどろもどろになった。


「おい、はっきりせんか!」


 イライラしたグラハムが怒鳴り声をあげると、伝令兵が意を決したかのように場所を告げる。


「はい、場所は……中腹にある禁忌(タブー)の洞窟であります」

「えっ……」


 答えを聞いてグラハムも急に押し黙る。代わりに話を繋いだのはスーリンだった。


「まさか封印の祠のある洞窟の事か……」

「……はい」


 スーリンまでもが眉をしかめて渋い表情を浮かべる。


「え〜と、その禁忌(タブー)の洞窟とか封印の祠とかって何?」

 

 私はこの地より幾つもの国を越えた先にある、北方山脈の竜人の里が出身地なのでよくわからなかった。

 だから疑問を口にした。答えてくれはのはまたスーリン。あの戦闘狂のグラハムでさえ沈痛な表情のまま押し黙るのに驚く。


「ヘレナ様は知らないようですね……神話時代の話はご存知ですか」

「あぁ、あれか、千年以上前に大悪魔によって世界は一度滅びかけたとかの話か。里の長老から何度も聞かさたよ」

「そうそれです、一部の国では邪神の化身とも言われる大悪魔パラケの封じられている場所こそが、封印の祠のある洞窟なのです」

「えっ、この地に封印って……本当なの、聞いたことないよ」

「あまり(おおやけ)の話ではありませんので」

「でもあくまで神話でしょう。本当に大悪魔が封じられてるなんて、あるわけないわよ」

「ヘレナ様のお生まれになった所ではそうなのでしょうが、このアレス王国では信じられています。実際、五年に一度、教会の聖職者が訪れ封印継続のための儀式も行なっています。それ以外では立ち入り禁止となっていますが、大昔からも悪魔からの呪を恐れて今は近寄る者すらいない禁忌(タブー)の地となっていました。過去には信じていない者が洞窟内で魔法を使って、魔力が反転逆流して大怪我や命を落とす者もいたとも伝わっていますね」

「えっ、本当に……」


 私は何度も聞いた事のある神話時代の話なんて信じていない。ただの子供騙しの話。聞き分けのない子供を言い聞かせるための作り話だと思っていた。わがままな子供に「言うこときかないと、大悪魔パラケがやってくるよー」ってな具合にね。

 まぁ、私も幼い頃には里の長老のおばば様によく言われた口だけどね。

 だいたいが神話なんて、空飛ぶ城砦(じょうさい)が天罰の光で都市を吹き飛ばしたとか、動物や魔獣が引かなくても自動で走る荷車が世界中で走り回ってたとか、荒唐無稽(こうとうむけい)な話が多い。大悪魔のパラケにしてもそうだ。物理や魔法も効かず大魔法で攻撃しようとしても、はね返されて反対にこちらが滅ばされるとか有り得ないでしょう。もし本当だとしても、そんな無敵大悪魔を誰が封印できたんだよって話だよね。

 それに実際、帝国かどうかわからないけれど、どっかの国の部隊が拠点にしてるわけだし……。


「えぇーと、とにかく他国の部隊がその洞窟を拠点にして活動してるなら、このままほっとくわけにもいかないでしょう。すぐにも調査して制圧しないと」


 というわけで一度、その洞窟まで確認しに行くことにした。

 みんな渋々という感じだったけど。

 グラハムなんていつもの威勢はどこへやら、耳も尻尾も垂れ下がりちょっと(おび)えていたかも。

 おーい、帰っておいで脳筋グラハムさーんって感じだよ、まったく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ