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第9回

「一分刻みにしてあるが、当然、行動中は書けない。判断の起点となった時点からゴフン後に記帳することになる。だからゴフン後に一度、行動を停止しないといけない。本来はもう一名、補助者がいればいいんだが、そんな訳にもいかないからな…まあ、双子なら話は別だが…。さて、記帳の内容だが、起点の前のゴフン、即ち、書き始めるときはジュップン前なんだが、その時点からの心理をイップン刻みで思い出して記録していく。ここまでは、いいかい?」

「はあ、なんとか…。行動の記録でんな?」

「大して難しいことじゃないんだ。冷静な気持でいれば大丈夫さ」

「それはそうなんでっけどね、タイミングよく記録紙を持ってればええんですが、観察の瞬間がいつ現れるか分からんし…。まあ、現実の僕らの世界は結構、動きが早いですよってな」

「だから、今後はいつも持って行動することにしよう。細かく折って、ポケットにでも入れて…、それに筆記用具も一本…」

「ひとつひとつの物事に注意深うせえ、っちゅうこってすな?」

「そうなんだが、余り意識しすぎても観察にならんのだなあ、これが…。観察を記録するってことだけは忘れちゃいかんが、過剰に意識が走ると、本来、持ち合わせていた人格の判断力が崩れるってことになる。だから難しいんだよ」

 私はその道の達人のように決めつけて言う。だが悟君は首を縦に振って(うなず)き、いっこう(あらが)う様子はなかった。そこへタイミングよく、塩山が現れた。私が誘っていたからだが、もう少し遅れるだろうと予想していたが、思った以上に早かった。塩山と悟君は面識があるものの、深い仲という程の付き合いではない。

「このたび加入させて貰うことになりました。宜しくお願いします」

「はい、こちらこそ宜しゅうに…。そやけど、この前お出会いして研究の話をしたとこやのに、もうアホな気にならはりましたんか?」

「ハハハ…私もアホですから」

「こりゃいい。三人ともアホバカで、研究も進むってぇもんだ」と、私は二人の間を取り(つくろ)った。

「ひとつ、私から提案があるのですが…」と、塩山が急に切り出した。

「なんでしょう?」と私は落ち着いて言ったが、内心では、塩山が何を言い出すかが気掛かりであった。

「自らの行動した後に生まれる結果というもの、この観察は意味があると思いますよ。人間には、潜在した個性があり、また、“こだわり”を持つ人もります。それぞれで違う咄嗟(とっさ)の判断、そして生じる結果の差異、そうして、それらが堆積して生じる運命の変遷の変化。ある意味、人間の叙事詩です…人生のね。でも、観察の起点に戻って、別の判断をした後の結果を得るのは不可能です。時間を逆戻しはできん訳ですからね。と、いうことは、結果の比較は出来ないということです」

「それはまあ、そうですけどね…。それで塩山さんの提案は?」

「あっ、そうでした。だから、三人が同じ内容に関して、というか、同じ対象に対して観察する。当然ながら、結果は三人三様となって現れます。それを持ち寄って研究するってのは?」

「もつと簡単に言うとくれ。よう分からしまへんよって…。分かりやすう頼んます」悟君は理解が出来ないらしく、ジラつく。

「例えばですねぇ。そう・・・身近な出来事で考えますと、……駅のホームに駆け込んだとします。ところが乗ろうとする電車はもう出てしまって、その遠退く姿だけが見える。そして、ただ立ち尽くします。次の電車には二時間ほどある。これは私の旅先で最近あったことなんですがね。ブラリ旅で、旅券じゃなくって、行き当たりばったりの旅で失敗した実例なんですがね……。お二人なら、その後はどうされますか? 時間はたっぷりとあるプラットホームにいる貴方達なんです。選択肢としては、一端、駅を出る。或いは駅のベンチでユッタリと次の電車の到着を待つ。食事をとる。まあ、いろいろなパターンが生じる訳です。これは旅先での話なんで、もっと身近な話では、例えばレストランで食事でもしようと車を飛ばします。車から降りてハイテンションで店へ近づくと臨時休業の看板、さてそこで、お二人なら、どうされます?」と、塩山は私や悟君の顔を交互に見て畳み掛ける。

「僕なら、正夫はんの言わはった行動を起こす前のゴフンに着目して…、つまり、食いにいこうと家を出る前ですわな。一応、その店へ電話を入れまんな」と、悟君の自慢顔がある。

                                                   続

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