第九十六話 選べる道
ラーレンの町の中を調べます。
宿を取ってすぐ、セレスたちは領主邸へ向かった。
依頼状の差出人である領主は、初老の男だった。だが、話を切り出す前から、その顔には隠しきれない疲労が滲んでいた。
「よく来てくれた。だが、正直に言うと、期待はしていなかった」
「どういう意味だ」
「この町は今、表向きは私が治めているが、実質は『守備隊』が仕切っている」
領主は、声を落とした。
「三月前、突然現れた連中だ。『治安維持のため』と称して、街道の管理から、税の徴収まで、次第に権限を広げていった。今では、私が出す命令にも、あちらの承認がいる」
「――さっき、街道で遭遇した」
「ならば、話が早い。彼らの本当の目的は、私にも分からない。ただ、町の外に出る許可も、以前より厳しくなっている」
アルトが、地図を広げた。
「調査依頼の中身は」
「守備隊の正体と、目的を突き止めてほしい。今のままでは、町の実権が完全に奪われる」
◇
その日の午後、聞き込みのため、一行は手分けして町を回った。
ノアは、市場の外れで、一人の少女に出会った。十歳ほどだろうか。籠を抱え、決められた道順をなぞるように、同じ経路を何度も往復している。
「――こんにちは」
声をかけると、少女はびくりと肩を震わせた。
「勝手に列を離れたら、駄目なの。決められた仕事以外、しちゃいけないから」
「誰が決めたの、それ」
「守備隊さん。町のみんな、仕事を割り振られてる。ちゃんとやれば、食べ物がもらえる」
少女は、それが当たり前だというように答えた。だが、その目には、当たり前とは思えない疲れが見えた。
「――やりたいことは、無いの」
「分からない。考えたこと、あんまり無いから」
少女は、そう言って、また決められた道を歩いていった。
ノアは、しばらくその背中を見送っていた。
◇
同じ頃、ミュゼは町の診療所を訪ねていた。
「怪我人が多いですね」
老いた治療師は、疲れた顔で頷いた。
「守備隊が来てから、『割り当て』に逆らって痛めつけられる者が増えた。表向きは秩序が保たれてるように見えるが……中身は、恐怖で縛ってるだけだよ」
「治療は、自由に受けられるんですか」
「今のところはね。だが、いつまで持つか」
ミュゼは、持参した薬を分けながら、頭の中で今日聞いた話を整理していた。
一方、町の外周では、イリスとレイフィアが、守備隊の巡回路を観察していた。
「――交代の間隔が、規則的すぎる」
「訓練された部隊、ってことね。数はざっと二十、いえ、もっといるかもしれない」
レイフィアが、地図の隅にそっと印をつける。
「これ、街道の連中と同じ紋章よ。間違いなく同じ組織」
「厄介ね」
イリスは、短くそう言って、巡回の切れ目を目に焼き付けた。
◇
夜、宿の食堂で、全員が集まり、それぞれが見聞きしたことを持ち寄った。ミュゼの診療所の話、イリスとレイフィアが掴んだ巡回の規則性。断片が少しずつ、守備隊の輪郭を描き出していく。
一通り報告を終えたところで、ノアは今日見たことを、ぽつりぽつりと話した。
「――あの子、私と似てるなって、思いました」
「型を、押し付けられてるってことか」
「はい。決められた道を、決められた通りに歩くこと。それが当たり前だと思い込まされてること」
ノアは、自分の手を見つめた。
「私も昔、そうでした。与えられた役目をこなすことが、生きることだと思ってました」
「今は違うのか」
「今は……分かりません。でも」
ノアは、顔を上げた。
「あの子に、道を選べるって教えてあげたいと思いました。それができるのは、たぶん、同じことを経験した人間だけだから」
リンが、静かに口を挟んだ。
「――ノア、それ」
「うん」
「私も、同じこと考えてた。誰かに、そう言ってもらえたら、もっと早く前を向けた気がする」
ガロンが、腕を組んで二人を見比べた。
「お前ら、思ったより似た者同士だな」
「知ってます」
ノアは、小さく笑ってから、続けた。
「この依頼が終わったら、少し考えたいことがあります。まだ、はっきりとは言えませんが」
「――旅立つ話か」
セレスの問いに、ノアは頷いた。
「まだ全部は決めてません。でも、いつか、あの子みたいな子たちに、道の選び方を教えられる人間になりたい。それが、私が『降りた』先に見つけたいものかもしれません」
その場が、しんと静まった。だが、誰も、それを止めようとはしなかった。
「――いい目標だ」
アルトが、静かに言った。
「決まったら、いつでも言え。俺たちにできることはする」
「ありがとうございます」
ノアは、木彫りの鳥を、そっと握りしめた。
リンは、その様子を、少し眩しそうに見ていた。
「――いいな、ノアは」
「何が」
「行き先を、自分で選べること。私は、まだ」
リンは、自分の手首に触れた。黒い線の名残は、この町に着いてから、心なしか色を濃くしていた。
「まだ、選べる立場じゃない気がする」
「――そんなことない」
ノアが、リンの手を、そっと握った。
「私が選べるようになったのは、誰かがずっと隣にいてくれたから。リンにも、それがある」
リンは、しばらく黙ってから、小さく頷いた。
「……うん」
その夜、二人はしばらく、同じ部屋で言葉少なに過ごした。何かが解決したわけではなかったが、少なくとも、一人きりではなかった。
窓の外では、ラーレンの夜が、監視の目に晒されたまま、静かに更けていった。
第九十六話「選べる道」をお読みいただき、ありがとうございます。
ラーレンの町の異常な統制ぶりと、ノアの心の変化を重ねて書きました。守備隊の正体はまだ謎のままですが、ノアの旅立ちの方向性が、今回で少しはっきりしたと思います。
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