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女神の勘違いで女の子に転生した俺、ギルドで測定不能と言われたけど普通に無双してました  作者: 夜華カナタ
第五章 鎖の少女、選ぶ

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第百二十六話 受ける手

今度は、ちゃんと呼びます。

 出発の前の夜、セレスは宿の裏庭に一人で出た。


 鉱山町の夜は、昼間の騒がしさが嘘のように静かだった。山から吹き下ろす風が冷たい。見上げると、煙の切れ間に星がいくつか光っていた。


(……怖くても、呼べって言われたんだよな)


 北の塔の穀物庫で、女神はそう言った。今度は、ちゃんと呼んで。怖くても、と。


 怖かった。紋様が戻らないと言われたら。もう二度と仲間と繋がれないと言われたら。それを聞くのが、何より怖かった。


 だから、呼ぶことにした。


「――出てこい」


 視界が、ふっと白く滲んだ。


『――セレス!』


 真っ白な空間に、女神が駆け寄ってきた。いつもの気の抜けた登場の仕方ではなかった。息を切らして、セレスの両腕を掴む。


『よかった、呼んでくれた……! 昨日の夜から、ずっと待ってたんだから。呼ばなかったらどうしようって』


「……悪い。一日、かかった」


『一日なら、上出来だよ。前は何十日もかかったもん』


 女神は、ほっとしたように笑ってから、セレスの左腕を取った。腕輪をずらし、灰色になった紋様を、指先でそっとなぞる。


 その顔から、笑みが消えた。


『……ひどいね。根元から、外へ伸びる手を、全部断たれてる』


「戻るのか」


 一番聞きたくて、一番聞くのが怖かったことを、セレスは真っ先に口にした。


 女神は、少し黙った。それから、まっすぐにセレスを見た。


『戻るよ』


 セレスの肩から、力が抜けた。


『でも、すぐにじゃない。それと、今までと同じやり方じゃ、戻らない』


「……どういうことだ」


『根っこは、無事なの』


 女神は、灰色の紋様の、さらに奥を指さすようにした。


『あの子が断ったのは、根から外へ伸びる手のほう。根そのものは、断てない。……あの子にも、誰にも』


「なんで、断てないんだ」


『それは――』


 女神は、言いかけて、口をつぐんだ。


『……ごめん。前に、次はもう少し言えるって言ったよね。だから、少しだけ言う。あなたとあの子は、同じところから枝分かれしてるの。根っこが同じだから、あの子の断つ力は、あなたの根には届かない。自分の根を断つようなものだから』


 セレスは、息を呑んだ。


 ロッサ村の夜。坑道の奥。リンの黒い線の下に見えた、白くて細い光。自分のと同じだと感じた、あれ。


「どこで、分かれたんだ」


『それは、まだ言えない。……本当に、ごめん』


 女神は、申し訳なさそうに目を伏せた。セレスは、それ以上は聞かなかった。少しだけでも言ってくれたことが、前よりずっと前に進んでいる気がした。


 ◇


「じゃあ、どうやったら戻る」


『それなんだけどね』


 女神は、セレスの前に座り込んだ。セレスも、つられて腰を下ろす。


『あなたの力って、ずっと、あなたのほうから手を伸ばすものだったでしょう。仲間に糸を伸ばして、借りて、束ねて』


「ああ」


『その伸ばす手が、今はない。だから、逆をやるの』


「逆?」


『仲間のほうから、あなたに手を伸ばしてもらう。あなたは、それを受け取る。……受ける口は、まだ残ってるから』


 受ける口。


 北の塔の丘で、白い髪の男は言った。私には、あなたの力を受ける口がありません、と。リンは、伸びてくる手を、届く前に断ってきた。


 そして自分は。


「……俺は、ずっと伸ばす側だったな」


『うん。誰にでも手を伸ばす。それが、あなたのいいところ』


 女神は、少しだけ寂しそうに笑った。


『でも、伸ばしてばっかりだと、受け取るのが下手になるの』


 セレスは、何も言い返せなかった。


 昨日、ミュゼは言った。今度は私たちが、セレスさんのほうに手を伸ばしますから、と。あの時、頼む、と口にするまで、ずいぶん時間がかかった。


『受け取って。仲間の手を。そうしたら、根っこがもう一回、外へ手を伸ばし直す。前とは、ちょっと違う形になるかもしれないけど』


「……分かった」


『それとね』


 女神は、セレスの胸のあたりを、指でとん、と突いた。


『一本、残ってるでしょう』


「……ああ。リンのほうへ伸びてる」


『それ、あなたが伸ばしてる糸じゃないよ』


 セレスは、顔を上げた。


『あなたの伸ばす手は、全部断たれた。だから、その一本は、あなたのじゃない。……向こうから、伸びてきてるの』


「向こうから……」


『あの子の手。断つ子が、断たずに残した。自分のほうから繋いだ、たった一本』


 女神の声が、少しだけ震えていた。


『あの子が、自分から手を伸ばしたの。たぶん、生まれて初めて』


 胸の奥の糸が、かすかに温かくなった気がした。


 坑道の奥で、リンの指が、床の上を指一本ぶんだけ滑った。あの続きだったのだ。誰にも見えないところで、あいつは、手を伸ばしていた。


(……ちゃんと、届いてるぞ)


 声には出さなかった。出さなくても、伝わる気がした。


『今度は、ちゃんと呼んでくれてありがとう』


 白い光が薄れ始める中で、女神が言った。


『次も、怖くても呼んでね。……あと、仲間の手、ちゃんと握るんだよ。照れてないで』


「照れてない」


『照れてるよ。顔、赤いもん』


 言い返す前に、白い空間は消えていた。


 ◇


 翌朝、一行は鉱山町を発った。


 北への街道は、山あいを縫うように続いていた。荷物を背負い直したところで、ミュゼが、当たり前のようにセレスの右手を取った。


「……何だ」


「手を伸ばしますって、言いましたから」


 ミュゼは、にこにこと笑っていた。小さな手が、セレスの手をぎゅっと握る。


 断たれて以来、まだ感覚の鈍い右手だった。それでも、温かさだけは、分かった。


 腕輪の下で、何かが、ちり、と動いた。


 ずらして見ると、灰色の紋様の端に、ほんの針の先ほどの、白い点が灯っていた。


「……あ」


「どうしました?」


「いや。……何でもない」


 セレスは、ミュゼの手を、握り返した。


「ちょっと、いつまで手つないでるのよ」


 後ろから、イリスの声が飛んできた。


「イリスさんも、反対側つなぎます?」


「つながないわよ」


「じゃあ、私が両方つなぎますね」


「そういう意味じゃないわ」


 ガロンが、声を殺して笑っていた。アルトは地図から目を上げずに、口の端だけを上げている。レイフィアは、呆れたように肩をすくめた。


 胸の奥の一本の糸は、北を向いたままだった。その先にいるあいつの手は、まだ、少しも離れていなかった。

第百二十六話「受ける手」をお読みいただき、ありがとうございます。


 ずっと手を伸ばす側だったセレスが、今度は受け取る側に。そして、残った一本の糸は、リンのほうから伸びてきた手でした。リン敵対化編の前半は、ここで一区切りです。次回から、北へ。よろしければ、ブックマーク・評価で応援していただけると励みになります。

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