↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
33/40

現行犯で逮捕されますか?

 突如としてテントの登頂部が圧し潰された太鼓のような轟音と共に吹き飛んだ。


 布が裂ける乾いた音、支柱が折れる鈍い軋み、金具が弾ける甲高い音が、一瞬のうちに重なって空気を震わせる。その衝撃は凄まじく少し離れた場所にいた俺たちのところにまで、砕けた木片と鉄の鋲が届いた。


 すぐさま振り返り、状況を確認した。


 倒れきらずに辛うじて踏みとどまった天井布の切れ目。風が吸い込まれる暗い裂け目の間から巨大な影が姿を覗かせる。


 月の縁に黒い三日月のような翼の断面がかかり、うねる尾が闇を切った。


 見定めた誰かが呟く。あるいは叫ぶ。


「エビル・ワイヴァーンだ……!」


 上に隠れていたのか。ということは、アレに騎乗しているのが例の竜騎士か。


 月光と薄い雲間を背にして乗り手のシルエットが鞍上で低く体を伏せるのが見える。ワイヴァーンの翼膜は光を飲み込み、正しく深夜に現れた悪魔のような出で立ちだった。


 …しくじったな。


 天井は高さを言い訳に黙視程度の確認しかしていない。いま思えば、アジトを隠していたのと同じ認識阻害の魔術が施されていたのだろう。なぜ無駄に天井を高くしていたのか、そこにもっと疑問を持つべきだった。


 反省はともかく、俺たちは完全に虚を突かれてしまった。


 歴戦の猛者たちはすぐさま警戒体制を取ったが、経験の浅い騎士や兵士たちは竦み上がったり、尻餅をついたりして統制が半壊している。松明がひとつ転がり、火の粉が土に散った。

 

 更にその上エビル・ワイヴァーンに乗り慣れた騎士に夜襲を許すとなると……最悪以外の言葉が思い付かない。上から来る影は理屈より早く本能を萎縮させる。


 あるいは虚を突けたことに満足して撤退してくれたりしないだろうか……そんな甘い願望はもちろん叶わない。鞍上の影が一度だけ手綱をしごき、こちら目掛けて深く沈み込む。


 こうなっては逃亡は愚策。当然、それを理解している者たちはとっさに護衛にスイッチを切り替えた。声が重なり人間の輪がお嬢様たちを包む。


「所属は関係ねえ! 全員で囲って守れ!」

「とにかく上に注力しろ!」

「炎や光の魔法が使える者は、辺りを照らせ! 影を消せ!」


 流石の号令が響き渡る。まるで合同で訓練したことがあるかのような連携だ。盾の角度が揃い、槍の穂先が星座のように揃う。


 しかしそんな連携を嘲笑うかのようにエビル・ワイヴァーンは容易く俺たちに近づいてくる。あれほどの翼でありながら動きは小回りが利き過ぎる。夜の黒に溶けて、次に現れる位置の予測が半拍ずれる。


 ここまで敏捷な飛行生物との戦闘はほとんど経験がないはず。ましてや騎士の手によって操縦されていれば、なおのこと危険極まりない。鞍上の重心の移し替えに合わせ、翼がまるで四肢のように回頭する。


「クソ野郎がっ! てめえだけは生かして帰さねえぞ!?」


 俺を睨み付けた騎士は暗がりの中でも分かる歪んだ口元で吠え、手綱を引いて再び上空へと消えた。冷たい風が一枚、頭上を剝いでいく。


 するとそれに乗じて数個の煙幕弾を落としていく。黒い球が地面に触れると黒い煙が弾けた。しかもこの煙幕は……!


「気を付けろ! 魔封じ用の煙幕だっ!」


 こいつは文字通り、魔法に耐性を持つ煙幕だ。魔力そのものを吸い込むから、光で照らすことも風で吹き飛ばすこともできない代物。


 自然の風が晴らしてくれるを待つ他ない。


 やはりエビル・ワイヴァーンを使った夜戦には敵に一日の長がある。視界が潰れ、方向感覚を失い、鼻も鈍る。


 何もかもが絶望的な状況。 


 だが……俺には一つだけ光明が見えていた。


 さっきの啖呵がハッタリでなければ奴は要人を狙うつもりも、捕らえられた仲間達を取り戻したいわけでもない。


 単なる腹いせに俺だけを狙い撃ちにするつもりだ。


 確実に俺に刃を向けるというのなら……戦いようはある。


 どうせ見えないのだからと目を閉じて神経を肌や耳の感覚に宛がう。足裏が拾う微かな地面の振動、煙の揺らぎ、空気が切り裂かれる前触れの風圧。夜の闇と煙幕を掻き分けて来た奴の殺気を――掴んだ!


「なっ!?」


 刹那の間に目が合うと竜騎士は悲鳴にも似た声を出した。


 驚いてくれたお陰で奴の手元が狂った。これなら防御は必要ない。剣を振り抜くだけで話は済む。


 肩の間接の稼働する目一杯まで腕を振り抜く。


 十分な手応えが切っ先から伝わってくる。


 数秒待ってから地面に体を打ち付ける音と、「ぐえっ」と漏れた息が聞こえた。


 ◇


 やがて天然の風で煙幕が流されると、俺と兵士たち、そしてその間に横たわる竜騎士の姿が露になった。黒い煤が薄れ、風景の輪郭が戻ってくる。


 空を見れば乗り手を失ったエビル・ワイヴァーンが混乱した様子で、森の向こうへ消えて行くのが見える。少なくとも脅威は去ったと判断して良さそうだ。まだ、夜は冷たい。


「れ、レギオン。大丈夫か!?」

「ああ、問題ない。そっちは?」

「問題あるわけないだろ。全部お前が片付けてくれたんだから」

「なら良かった」


 その場の全員が最悪の事態にならずに済んだと胸を撫で下ろしている。剣先が下がり、盾が少しだけ傾く。


 中には緊張が解けて笑い合う者もいた。


 しかしそんな中にあってメサク殿が眉間に皺寄せた渋い顔をしていた。馬上で僅かに顎を引く、その仕草ひとつで場の空気が締まる。正直、部下だった頃のことを思い出して、俺も緊張してしまった。背中が勝手に正される。


「だが……少し不味いことになったな」

「え?」

「先程耳に聞こえてきたのだが、お主の討伐者としての許可証は期限が切れているのだろう?」

「……ええ。そうですね」

「左様か……ならば殺人の現行犯としてお主を逮捕しなくてはならない」

「!」


 メサク殿の言葉に飛び上がって反応したのは、他でもないVIPのお嬢様たちだった。火の光で瞳が大きく見開かれ、声が一斉に重なる。


 全員が毅然としつつも、慌てた様子でメサク殿の言葉を否定する。


「お待ちなさい。今のは明らかに正当防衛です」

「そうだぜ! 先生は返り討ちにしただけだ!」

「私たちをお守りくださったのですよ!? それを…」

「規則を破るわけには行きません。まして修道院兵団とギルドの目撃者も多いのです」


 尤もな理由を前に、反論を述べることはできなかったようで、三人は頼るような視線を向ける。目の端に湿り気が宿る。助けを求める視線は、重い。


 しかし頼りの綱のテンポラもグレーターも言葉が出せず、苦虫を噛み潰したような顔をするばかりだ。舌打ちが喉の奥で消える。


 俺は弁明をしようと試みた。しかし勢いに飲まれて声を飲み込んでしまう。喉に小石が詰まったみたいになり最初の一音が出ない。


「あの~」

「申し訳ありません、ノワール様。私も気持ちは同じですが、メサク・ラフト殿に利があります」

「…だな。けど事態が事態だ。元々は許可証所持者って事も加味して、情状酌量はあるんだろ?」

「無論だ。しかしその判定を下すのは我らではなく裁判所。規則に則り連行するが、我らも最善を尽くして減刑を申し入れる」

「…し、証言が必要ならオレを呼んでくれ。いつでも大丈夫だから」

「私もです。教会も今の事件に関しては、全面的にレギオン先生を擁護いたします」

「メサク! せめて最善の待遇で先生をお送りしなさい」

「はっ」


 どんどんどんどん盛り上がっていく。


 どうしよう…すごく言い辛いけど、言わないわけにもいかず、俺は皆が勘違いしていることを正した。


「あの~申し訳ないんですけど、殺してませんよ?」

「分かった。裁判官にも可能な限りの忖度を……何?」

「ですので、あの竜騎士は死んでません」

「「「「「は?」」」」」


 本当にその場にいた俺以外の全員が、魂の抜けたような顔と声になった。目が点になるって、こういうことを言うのだろう。俺が何を言っているのか理解するのに数秒を要した程だ。


「手綱を斬っただけです。落竜の影響で骨は折れてるでしょうけど」


 そして、いち早く我に返ったメサク殿が命じる。


「お、おい! 息があるか確かめろ」

「…はっ」


 すると一番近くにいた騎士が、よろめきながらも駆け寄り、横たわる竜騎士の脈を取った。指先に神経を集める、その顔が徐々に変わる。


 時が止まったような静寂を挟み、それこそ信じられないような表情で告げる。


「み、脈があるので生きています…」

「っ……」

「そりゃライセンスがないのに殺しはしませんよ……ぁ、いやいや、持っていても殺しは最終手段ですし」


 ◇


 騎士も兵士も冒険者も、今度こそ空いた口が塞がらなかった。松明の火の爆ぜる音だけが間を埋める。


「あのエビル・ワイヴァーンの空襲を…」

「しかも闇夜と煙幕の中の奇襲をかわしたばかりか…」

「騎手を殺さずに一撃で生け捕りだと…」


 エビル・ワイヴァーンの爪牙と竜騎士の槍を避ける技量。

 攻撃を当てる場所、タイミング、地面に落下する衝撃の計算。

 それらを夜間の奇襲にも関わらず、たったの一撃で。


 ……。


 その場の誰しもが無意識のうちに、自分がレギオンの立場であったらどうだったかを夢想する。しかし想像の行き着く先は、全員が似たり寄ったりの結末だ。逆立ちしても、無傷かつ不殺でこの局面を切り抜けられるビジョンが浮かばない。足がすくみ、視界が狭まり、次の一手が遅れる。そういう自分の像が、否応なしに脳裏に出る。


 話には聞いていたが、これがレギオン・ランドロスという男なのか。


 皆が夢か現実か分からない様子で、飄々と佇む魔導者学校の指導員の男を見ていた。俺はただ、柄の汗を拭い、息を整え、いつもの調子で立っているふりをした。胸の内でだけ、ようやく遅れてきた震えが、小さく一度震えた。

読んで頂きありがとうございます。


感想、レビュー、評価、ブックマークなどしてもらえると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。